作品がわずか30数点しか現存せず、その人生がいまだ多くの謎に包まれている画家、ヨハネス・フェルメール(以下、フェルメール)。独特の技法によって描かれた室内に差し込む太陽の光、何気ない日常から一瞬を切り取った表情……。見る人を惹きつけて止まないフェルメールの作品は、画家の死後も贋作騒動や盗難事件などに巻き込まれながらドラマチックな運命をたどり、世界の注目を集め続けている。

そんなフェルメールの日本初公開作品5点を含む7点を公開する「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」が2日、東京都美術館で開幕した。開催期間は12月14日まで。国内にいながら7点もの作品を一度に見られる展覧会は、おそらくこれが最初で最後と言われている。そこで今回は、同展で公開されるフェルメールの全作品を一挙に紹介しよう。

『マルタとマリアの家のキリスト』ヨハネス・フェルメール 1655年頃 (スコットランド・ナショナル・ギャラリー所蔵)

現存する作品の中でも特に数少ない、フェルメール初期の作品。イタリア絵画やフランドル派の影響が見られるこの作品は、謎の多い画家に対し、「フェルメールがデルフト以外の場所で修業をしていたのではないか」「フランドル地方を訪ねたことがあるのかもしれない」「記録はないが、イタリアへ旅したことがあるのかもしれない」と、数々の示唆を与えている。

フェルメールの他の作品とは作風を異にするため、「これがフェルメールの作品?」と見る人を驚かせるが、この作品が描かれてから約250年後の1901年、ロンドンの画商が所蔵していた際に作品を洗浄し、フェルメールの署名と思われる文字が現れて作者が判明した。当時はあまりの作風の違いに、似た名前の別の画家の作品だと主張する者もいたという。

作品の主題は、聖書「ルカによる福音書」によるもので、キリストが姉妹の家を訪ねたとき、もてなしの支度をする姉マルタが、キリストの話を聞くばかりで手伝いをしない妹マリアについて不平を言い、それをキリストが諭す場面である。

「手紙を書く婦人と召使い」ヨハネス・フェルメール 1670年頃(アイルランド・ナショナル・ギャラリー所蔵)

フェルメールの死の5年前に描かれた作品。婦人が熱心に筆を滑らせている間、召使いは書き終わるのを待たされているのか、後ろで腕を組んで何もせずにただ立っている。窓の外を見る召使いが、はっと何かに気づいたような一瞬の表情を捉えた作品である。 暗い部屋の中で、二人の顔と襟や袖、頭に巻いた布の白さが、窓の光に当たって際立ち、婦人が誰にどんな手紙を書いているのか、この後召使いが手紙を届けに行くのか、この絵に描かれた一瞬の前と後の物語が、光とともに浮かび上がる。

ステンドグラス、床の模様など、他の作品と共通する部分が多く、壁に掛けられた絵は「天文学者」(ルーブル美術館蔵)にも描かれた「モーセの発見」である。

※ヨハネス・フェルメール 《手紙を書く婦人と召使い》 アイルランド・ナショナル・ギャラリー所蔵 National Gallery of Ireland, Sir Alfred and Lady Beit gift, 1987 (Beit Collection). Photo (c) National Gallery of Ireland. This loan is supported by Hata Stichting Foundation.

「ディアナとニンフたち」ヨハネス・フェルメール 1655-1656年頃(マウリッツハイス王立美術館所蔵)

現存するフェルメールの作品の中で、唯一神話をテーマにしたもので、ギリシャ神話の狩りの女神ディアナがニンフたちと休息する場面を描いている。ディアナが出した足をニンフの一人が洗い、他のニンフたちは静寂のなかにひっそりと座り、そこへフェルメールのほかの室内画と同じように左側からの光が顔や体を照している。

ディアナとニンフはこの絵が描かれた当時、人気のあった主題で、同時代の多くの画家が描いている。ディアナを描くとき、弓や矢を持たせたり、特定のエピソードの場面を表すことが当時の主流だったが、フェルメールはディアナに弓や矢を持たせず、ただ目を伏せ、何か考え事をしているかのような陰のある表情を描いている。

「小路(こみち)」ヨハネス・フェルメール 1658-1660年頃(アムステルダム国立美術館所蔵)

道路と建物が描く直線とぽっかりと顔を出す空。時をぴたりと止め、風景を切り抜いたようにも見える静謐な作品だが、よく目をこらすと、そこにはレンガの建物の敷地に女性が一人、ドアの中にも一人。歩道で遊ぶ二人の子どもの姿が描かれ、この街で暮らす人々の生き生きした生活が感じられる。

X線写真によると、フェルメールは最初、左側の通路の戸口に一人の座った女性を描いたが、奥行き感を高めるためか、後にそれを塗りつぶしたという。

この作品が描かれた場所については、いくつかの候補地が上げられているものの、決定的な証拠はなく、いまだに特定されていない。

※ヨハネス・フェルメール ≪小路(こみち)≫ The Little Street アムステルダム国立美術館所蔵 (c)Rijksmuseum, Amsterdam

「ワイングラスを持つ娘」ヨハネス・フェルメール 1659-1660年頃(アントン・ウルリッヒ美術館所蔵)

ステンドグラスから差し込む光に照らされながら、若い女性が口角をあげている。笑っているのか、困っているのか、彼女の心のうちはわからないが、その分、想像力がかきたてられる。媚びるように女性にワインを勧める男との関係は? この後、この女性はこの男になんと言うのか? 女性の見開いた目から、見てはいけない場面を見てしまったような気持ちにさせられるが、絵の中のもう一人の登場人物・奥に座る男性は、「そんなことにはまったく無関心」というポーズをしている。

この作品は、ドイツのブランシュヴァイクのアントン・ウルリッヒ公がアムステルダムの競売で購入したが、1807年、ナポレオン1世がこの作品をパリに持ち去ってしまったという。後に返還され、現在はアントン・ウルリッヒ美術館に所蔵されている。

※ヨハネス・フェルメール 《ワイングラスを持つ娘》 The Girl with the Wineglass アントン・ウルリッヒ美術館所蔵 (c)Herzog Anton Ulrich-Museum, Braunschweig, Kunstmuseum des Landes Niedersachsen

「リュートを調弦する女」ヨハネス・フェルメール 1663-1665年頃(メトロポリタン美術館所蔵)

誰かを待っているのか、何かを思いついたのか、心ここにあらずといった表情でリュートの調弦をしている女。含みのある表情で窓の外に視線を投げた、ほんの一瞬の顔の動きを、窓越しのやわらかい光が照らし、真珠のネックレスとイヤリングが反射している。

フェルメール円熟期の作品で、光と影、壁にかかる地図や床の模様が織りなす強調された直線など独特の技法によって、女性の顔が闇から浮かび上がるように光っている。

床には「ヴィオラ・ダ・ガンバ」という楽器が描かれているが、これは「女性がこれから合奏をする紳士の訪れを待っている」と主張する研究者もいるという。

「ヴァージナルの前に座る若い女」ヨハネス・フェルメール1670年頃(個人蔵)

黄色いショールをかけた女性が、青い椅子に座ってヴァージナル(チェンバロの一種)に手をのせ、こちら側を見ている。窓は描かれていないが、光と影から、窓があることを想像させ、女性の首には真珠が2粒だけ光っている。

長い間、この作品はほとんど知られていなかったが、近年の科学調査によって、フェルメールの作品にしか使われていない顔料を使っていること、フェルメールの手法と完全に一致することなどが明らかになった。

なお、この作品は個人コレクターの所蔵であるため、通常はなかなか見ることができない。

※ヨハネス・フェルメール 《ヴァージナルの前に座る若い女》 個人蔵

デルフトの画家

本展では、フェルメールの作品7点のほかに、ピーテル・デ・ホーホやレンブラントの弟子カレル・ファブリティウスなど、フェルメールと同時代のデルフトを生きた画家の作品も多数展示されている。彼らが描きだす当時の人々の生き生きした日常や街の風景から、17世紀にデルフトで突然現れ、すぐに消えてしまったというデルフト・スタイルの画家の残した足跡の大きさを知ることができる。絵画と街並みの写真を組み合わせた説明や、絵を曲線状のプレートに加工して立体的に見せるものなど、興味深い展示物も多く設置されている。

「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」
観覧料 当日券 一般1,600円、学生1,300円、高校生800円、65歳以上900円
金曜限定ペア得ナイト券 2,500円
※毎週金曜日17:00~、2名で入室の場合のみ有効。
※会場、公式サイトでのみ発売中。
会期 開催中~12月14日(日)
休室日 月曜(月曜が祝日の場合は開室し、翌日休室)
開室時間 9:00~17:00 / 金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)
アクセス JR「上野駅」公園口より徒歩7分、東京メトロ、京成電鉄「上野駅」下車 徒歩10分
主催 東京都美術館 /TBS /朝日新聞社
特別協賛 第一生命保険
協賛 損害保険ジャパン
後援 外務省 /文化庁 /オランダ王国大使館 /アメリカ大使館 /ドイツ連邦共和国大使館 /オーストリア大使館 /BS-i /TBSラジオ /OTTAVA