海外で高い評価を得ているデジタル・アーティスト、Satoshi Matsuyama(以下、松山敏)氏。カメラすら持ったことのなかった彼がアートに目覚めたのは、新婚旅行の際に立ち寄ったハワイでの雄大な景観に出会った時だった。「それから無性にデジタルカメラがほしくなって、次にPhotoshopを購入。そこから創作意欲に駆り立てられるかのように、最初の作品を2~3日で作り上げてしまいました」

アートに駆り立てられた理由。それを松山氏は「エレメント」と表現する。「たとえばマイルス・デイビス(※)のサウンドが僕を夢中にさせるのは、サウンドの向こうにあるカラーを感じさせるから。分かりやすく言うと、音楽のとりこになる核となる部分で僕はそれを『エレメント』と呼んでいます。僕の使命はキャンバスの向こう側にあるエレメントを表現すること」

※マイルス・デイビス=ジャズ界をリードした名トランペッター。アルバム『カインド・オブ・ブルー』などで知られる。ジャズだけではなく、フュージョン、ヒップポップ等にも多大な影響を与えたとされる

松山氏が今ハワイで最も素晴らしいとする景色はカウアイ島にある。「人種や国籍、言語を超えて世界中から観光客が集まるカウアイ島は、イギリスやアジア、アフリカなど地球上のすばらしい景観が1カ所にぎゅっと集まったようなところ。まるでショーケースの中を覗いているみたいな気分になる。行くたびに刺激を受け創作意欲を沸きたてられる」と目を輝かせる。ショーケースのような自然はいわば「世界の共通言語だ」と松山氏は力を込める。

何かを表現したいというものに出会ったとき、何を選ぶだろう。カメラであったり、油絵だったり、時に映像かもしれない。多様にある表現手段の中で松山氏はデジタルカメラとPhotoshopを選んだ。「黒人音楽に憧れたローリング・ストーンズがロックに走ったのと同じように、僕はPhotoshopとデジタルカメラで表現しようと思った」と話す松山氏は「視野というのは ある程度限られています。人間の目で見える光の範囲も然り。ですが、Photoshopで分解するとたくさんの色が隠れていることが分かります。それを強調することで、見え隠れしていたものがくっきりと浮かび上がってきて、分かりやすくなる」と説明する。

2008年の新作『Days In The Magic Hour』は、ハナウマ・ベイに浮かぶ太陽と月が描かれている。「大きな太陽が地平線に隠れた後の「明るさ」と「暗さ」の絶妙なバランスがちょうど取れた夕方は、人生の目的が明らかになる瞬間だと思います。今すべきこと、生きている目的が明らかに見える時間帯。僕はちょうど50歳だから、人生の夕暮れ時に差し掛かっています。でも50歳になってからますますパワーがみなぎってきた。それは、自分の生きる目的がより鮮明になったからだと思う」。ちなみに新作はinstyle(鎌倉市材木座6-1-2)というギャラリーに展示されている。

『Days In The Magic Hour』

作品を作りたいというパワーの源泉はどこから来るのだろうか。「自分の中にあるものを表現するとなると、すぐ創作意欲は枯れてしまうと思う。でもハワイの自然、それを創り上げた創造主の圧倒的なパワーを前にすると『こういうものを作りたい』という気持ちが無くなることはない」。今後やりたいことについて聞くと「そうですね、サーフィンなど体で体験したことを作品にしてみたいな。サーフィンはやったことないんですけどね」と目を輝かせる。

彼が作品を通して伝えたいことについて聞くと、答えはひとつだと松山氏。「それは地球と人間を作った創造主の動機、目的を理解すること。そうすればその目的に調和した生き方ができる。そして少しでもメッセージを声に出して発言すること」

たとえばこんな諺があるという。「中国で蝶が飛ぶとカリブ海でハリケーンが発生する。ロバート・レッドフォードが『ハバナ』という映画で言う台詞ですが、自然も人間もつながっていることを伝えたい。そうすれば、環境汚染や戦争などグローバリスティックな問題ももっと身近に感じることができるし、そうすれば何か行動を起こすことができると思います。また、私たちの世代だけでは地球の状況を修正することは難しいけど、私たちが次世代の子供たちにそういうことを教えることが大事。長い年月をかけて地球全体がよくなっていくことを願ってやみません」

松山氏の作品には、ピカソも愛用していたハーネミューレの紙が使用されている。「ハーネミューレの紙だと作品が400年も持つといわれています。僕の作品がリビングに飾られて、そこで生まれ育つ子供がやがて子供を産み、そうやって代々受け継がれていくことで、自分の作品に込められたメッセージを伝えたい。100年先の自分の作品を媒体としてメッセージ残すこと子供たちの心に届けたい……」今回東京で行われた展覧会のタイトル「"Aloha Heaven" 変わりゆく自然を ~アートとして100年後の子供たちに~」にもそんなメッセージが込められている。

作品の中には黄金比がいたるところに用いられている。貝殻など自然のなかに息づく黄金比は「人間の心の中に認識する能力が潜在的に宿っているからしっくりくると思うんです」

「あらゆる努力とテクニック、パワー表現力用いてひとつのエレメントを表現する責任がある」と松山氏。現在は日本国内で精力的に展覧会を開催。今後はまた海外で個展などを開く予定だ。「みんなハッピーになるために生まれたと思う。こんなすばらしい星に生まれたのだから、人間もずっと楽しく暮らせる方法がなにかあるはず」。松山氏の作品は国境も時間も飛び越え、私たちにストレート&シンプルにメッセージを伝え続ける。