【レポート】

なぜ捕まるのか? とまらない犯行予告と逮捕劇に見る"ネットは匿名"の誤解

    小向太郎  [2008/07/02]

    日本中を震撼させた秋葉原殺傷事件では、ネットを使った犯行の実況中継まがいの書き込みがなされていた。こんな事をしていたのに犯人が事前には捕まらなかったのは「ネットが匿名だからだ」と思った人も多いであろう。この真似をして、いたずらのつもりで「ネット犯行予告」を行う者が相次いでいる。

    ネットは匿名? それとも簡単に追跡可能?

    俗にネットは匿名であるといわれることが多い。確かに、ネット上で公開されている個人のWebページやブログ、掲示板での書き込みを見ても、日本では特に本人の実名が記載されていないことが多い。匿名性を信じて掲示板などに不用意に書込をする人も後を絶たない。

    その一方で、ワンクリック詐欺などでは「IPアドレス(またはドメイン、IDなど)が分かっているぞ」と脅されて、お金を払ってしまう人がいる。こうした情報が分かると、相手が自分のこと(住所氏名など)を知っているのではないかと不安になるからである。

    そもそも、Webページや掲示板にアクセスしたときに、それらのサイトを管理している人は、誰がアクセスしてきたのか分かるのか。そうした疑問を持ったことはないだろうか?

    インターネットでWebの閲覧や掲示板などへの書き込みをしたときに、相手側にどのような情報が伝わるのか? 自分がこのサイトを見ているということは相手に分からないと思うが、もしかしたら分かってしまうのかも知れないと、漠然とした不安を持っている人が多いのではないだろうか。

    全世界一元的に集中管理されている「IPアドレス」

    技術的な視点から見ると、PCでWebページを閲覧するという行為は、インターネットにある特定のサーバに対して、特定のPCに向けて情報を転送せよというコマンドを出すことにほかならない。従って、どのPCに対して情報を送ってほしいのかを伝えなければ、インターネットでの情報のやり取りはそもそも不可能である。インターネットでサイトにアクセスした場合には、必ずこちらのPCを識別するための情報が、相手側のサーバに送信されている。

    インターネットに接続しているコンピュータには、コンピュータごとにユニークなIPアドレスが振られている。IPアドレスとは、インターネットの通信手順であるTCP/IPにおいて、各端末(コンピュータ)を識別するためにつけられる番号である。

    このIPアドレスは全世界一元的に集中管理されている。これらに重複があると情報のやりとりに支障が生じるためである。例えば、日本では社団法人の日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)が国内のIPアドレス管理を行っている。通常の利用者がインターネットに接続する場合には、接続を提供するISPなどが、JPNICから指定事業者経由で取得しているIPアドレスを割り当てられている場合が多い。

    IPアドレスの割り当て情報は「通信の秘密」で保護

    各ISPなどがどのようなIPアドレスを管理しているのかは、そのIPアドレスを割り当てた機関が把握している。そして、各ISPなどは自分の管理するIPアドレスを自らの利用者に割り当てており、どの利用者がどのIPアドレスを利用したかを把握している。

    つまり、どの利用者がどのIPアドレスを利用してインターネットにアクセスをしているかということは、これらをたどっていけば把握可能である。また、携帯電話からサイトにアクセスしている場合には、利用回線を特定できるIDが送信される。このIDから契約者を特定するための情報は、携帯電話会社が管理している。

    アクセスと利用者を結びつけるこれらの情報は、一般に公開されているわけではない。どのIPアドレスをいつ誰に割り当てたかという情報は、通信の秘密として保護される場合も多い。プライバシーや通信の秘密を保護する観点から、ISPなどの事業者は一般に情報の開示に慎重である。

    従って、IPアドレスが把握されたからといって、直ちにそのIPアドレスを利用している利用者が特定できるわけではない。正当な理由がなければ開示されないし、あからさまなネット詐欺師に利用者の個人情報を教える事業者はもちろんいない。そういう意味では、一応、「匿名」であるとも言える(詳細については、拙著『情報法入門 デジタル・ネットワークの法律(NTT出版、2008年)』を参照していただきたい)。

    犯罪者は捜査機関に追い詰められる

    しかし、犯罪捜査の対象となる情報や、他人の権利を侵害するような情報を書き込めば、所定の手続によって、捜査機関や被害者がその発信者を突き止めることができる。冒頭に挙げた「犯行予告」についても、次々と逮捕者が出ていることは、ニュースで報じられている通りである。

    やや匿名性の高いケースとして、ネットカフェや公衆無線LANのなかには、ユーザの本人確認をしないでネットの利用を許しているところがある。そうした場所からインターネットへの接続が行われた場合には、特定のIPアドレスからアクセスしたユーザが誰なのかという情報が、そもそも記録として残っていないと言うこともある。

    しかし、本格的な捜査が行われれば、捜査機関が発信者本人にたどり着く事ができる場合は多い。

    インターネットが「匿名」だというのは、発信者などの情報が簡単には分からないという限りにおいていえることである。通常の場合には、自分が望まなければ相手に自分が誰だか知られることはない。いつでも追跡・監視されているのではないかと心配するには及ばない。

    しかし、犯罪を行えば逮捕されるし、人を誹謗中傷すれば損害賠償を請求されることもある。ネットの世界は、あくまで条件付きの「匿名」なのである。


    執筆者プロフィール
    小向 太郎(こむかい たろう)
    情報通信総合研究所 法制度研究グループ部長、上席主任研究員。日本大学・東洋大学大学非常勤講師、東京大学特任研究員。博士(法学)。主な著書に『情報法入門 デジタル・ネットワークの法律』(NTT出版、2008年)、『デジタル・フォレンジック事典』(共著、日科技連出版社、2006年)、『ユビキタスで作る情報社会基盤』(共著、東京大学出版会、2006年)、『インターネット社会と法(第2版)』(共著、新世社、2006年)、『サイバーセキュリティの法と政策』(共著、NTT出版、2004年)、『発信電話番号表示とプライバシー』(共著、NTT出版、1998年)がある。

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