21世紀、人類の文明は地球環境問題、資源エネルギー問題、人口問題などに直面している。我々は、これらの諸問題を解決する鍵をどこに見い出せばよいのだろうか。自然科学者であり、かつ宇宙的視点から文明を論じる東京大学大学院の松井孝典教授にお話をうかがった。

東京大学大学院の松井孝典教授。TV出演も多数されており、ご存知の方も多いだろう

――先生がこれまでに取り組まれてきた問題、そして現在取り組んでおられる問題というのは、どのくらいの範囲に及ぶのでしょうか?

「科学的な研究としては、太陽系の成り立ちなど自然科学者としてやっている研究です。一方で、審議会等で発言を求められて社会に提言したりもする。全部含めると、いわゆる自然科学から文明論に至るまで、ものすごく幅広くなってしまいます」

――自然科学者としてのお立場と、文明を論じるお立場とは……。

「分けて話さないと一般には理解できないんだけれども、僕からみれば、宇宙から地球とか人類とか生命をみるとね、みんな一緒くたなわけです。みんな根っこはつながってて、そういう意味では、宇宙、地球、生命、文明、人類、全部テーマといえるわけですよ」

――そこで、まずポイントを絞ってうかがいたいのですが、遠い宇宙の彼方の話はひとまずおくとして、差し当たり地球の隣の惑星・火星に生命が存在するか、あるいは少なくともかつて存在したか、という可能性についてはどうお考えでしょう。

「僕は、いると思ってます。調べ方がまだ十分じゃないから見つかってないだけで。もうひとつは、我々の生物学の限界ね。学問として、生物学がまだ未熟だということ。というのは、物理学や化学は、この宇宙で成立することが確かめられているわけです」

――宇宙のどこでも、同じ法則が当てはまる……。

「どこへ行っても、こういう現象が起こるだろう、因果関係としてはこうだろうと予測ができる。ところが生物学は、地球上でしか成立しないわけです。我々が現在知ってる生き物は、地球上の生物だけだから。生物学が地球と異なる環境でも適応できるだけの普遍性をもっているか、チェックできないわけ」

――なるほど。

「だから、宇宙の生命を議論しようとするのなら、宇宙というスケールで"生命とは何ぞや"、という定義をし直した上でその起源や進化を議論するというのなら、それはそれで可能だと思いますけどね。だけど、生物学はまだそこまでいってないわけです。"地球生物学"なわけ」

――そうなりますね。

「しかも、主としてこの地球上の、ありきたりの環境下での生命を対象としていて、極限的な環境下での生き物を調べているわけではない。だから、"地球生物学"としても、まだ普遍性をもってない」

――はい。

「その生物学をもとに火星で生命を探したときに、"見つかるか"っていわれたら、それはどうか分かりませんけどね。だから見つかるとしても、かなり偶然に見つかるんでしょうね」

――私たちの知っているそれとは大きく異なるにせよ、何らかの生命が生存可能だとすると、火星の環境に手を加えることによって将来、人類が移住できる可能性が出てくるのでしょうか?

「それは、すごくあると思います。本気になれば、火星に地球と似た環境はいくらでも作れる。70年代から、いろんなレポートが出てるくらいです。問題は、それだけの富を我々の文明が生み出せるか、ということですね」

――火星に手が届くまで、私たちの文明がもつのかどうか、という点に左右されるのではないでしょうか?

「文明が続くのかどうか、という問題も含めてね。僕は、"文明のパラドックス"という言い方をしてるけれども……」

――と、おっしゃいますと……。

「あるレベルまで文明が発展すると、その文明の存続基盤そのものが揺らいでくるわけです。どうしてかというとね、その文明が存在する天体の上での物質循環とかエネルギーの流れの極限に近いところまで使うようになるから。システムとしてみるとね」

――私たちの文明で言えば、そのシステムは、何になるのでしょう?

「今の地球で言えば、わたしは、"人間圏"という言葉を使っているけれども、地球システムのサブシステムですね。人間圏そのものが安定でなくなるという、ある意味必然的な宿命があるわけです」