【レポート】

光源氏も1000歳になりました? 東日本最大規模の源氏物語展の全貌に迫る

    野田英夫  [2008/05/21]

    絶対見逃すな! 6日間だけ特別出品国宝「紫式部日記絵巻」

    紫式部図(部分) 伝狩野孝信筆 [桃山時代/石山寺蔵]

    2008年は『源氏物語』が歴史上に登場して1000年目。その根拠について、横浜美術館の柏木智雄次席学芸員は次のように解説した。「作者とされる紫式部の『紫式部日記』の中に『源氏物語』がすでにある程度まとまって書かれており、宮中で読まれていたことを示す記述が数カ所見つかっています。その日付が寛弘5年(西暦1008年)、つまり今から1000年前のことだったのです」。

    同展では『源氏物語』を絵画化したいわゆる「源氏絵」の系譜を中心に、近現代まで1000年にわたって辿る。国宝7件、重要文化財10件、重要美術品1件の計18件を含む豪華絢爛さだ。源氏物語千年紀に関する企画展は、京都を中心に展開されているが、東日本では最大規模の展覧会になる。

    展覧会は、プロローグを含めた3章からなる4つのセクションで構成。第一章は「王朝文化の華…源氏物語の世界」。プロローグでは、国宝「紫式部日記絵巻」五島本第三段の絵・詞が展示される。『源氏物語』の作者とされる紫式部が平安時代に書き残した日記を、約250年後の鎌倉時代前期に絵巻物にした作品だ。絵は藤原信実、詞は後京極良経の作と伝えられるが定かではない。展示は、オープニングから6日間のみに限られるが、所蔵する五島美術館でも毎年秋に1週間ほど公開されるだけの貴重な作品であるから、今回の展示は見逃せない。さらに、桃山時代に狩野孝信が描いた「紫式部図」(石山寺蔵)も出品される。

    国宝 紫式部日記絵巻 五島本第三段 絵 [鎌倉時代 / 五島美術館蔵]

    国宝 紫式部日記絵巻 五島本第三段 詞 [鎌倉時代 / 五島美術館蔵]

    "光源氏"が生きた時代の息吹を伝えてくれる品々も展示

    第一章ではまず「王朝人の生活と教養」と題し、紫式部が『源氏物語』を書いた当時の王朝人が、どのような教養や宗教観を持ち、文学的な営みをしていたかを示す史料や美術品が展示される。平安時代の"三蹟"の一人・藤原行成の筆と伝わる国宝「倭漢抄(近衛本和漢朗詠集)」(陽明文庫蔵)、9月13日まで展示される「亀山切 古今和歌集」(平安時代/書芸文化院蔵)、10月3日以降出品される平安時代中期の装飾経である重要文化財「紺紙金銀泥法華経」(浄土寺蔵)などがある。

    亀山切 古今和歌集 [平安時代/書芸文化院蔵]

    国宝 和漢抄(近衛本和漢朗詠集)(部分) 伝藤原行成筆 [平安時代 / 陽明文庫蔵]

    重要文化財 紺紙金銀泥法華経[平安時代(奥書:天暦3年) / 浄土寺蔵]

    中でも注目は、国宝「金銀鍍宝相華文経箱」(延暦寺蔵)。これは、藤原道長の長女で紫式部が仕えた中宮・彰子が、比叡山横川の妙法堂に収めた経箱。金銀に彩られた華麗にして繊細優美な作りは、まさに『源氏物語』が描かれた平安王朝の華麗さを彷彿とさせる工芸品である。そして、箱の中央には見事な「法蓮華経」の文字が書かれている。"光源氏"や紫式部が、まさに生きた時代の息吹を伝えてくれることだろう。

    国宝 金銀鍍宝相華文経箱[平安時代/延暦寺蔵]

    そして筆者が着目したのは、"古写本"。『源氏物語』は作者とされる紫式部の原本はなく、筆写により1000年受け継がれてきたというのだ。その筆写の過程で写し違いや誤字脱字がおこり、『源氏物語』にはさまざまな異本、さらにはその校訂本が生まれた。今日我々が目にすることができる『源氏物語』は、こうした異本、校訂本といった古写本なのである。今回の展覧会には青表紙本系、河内本系、別本系に大別される3系統から、3つの代表的な古写本が展示されるという。

    重要文化財 源氏物語(別本系)(部分)[鎌倉時代 / 陽明文庫蔵]

    華やかな源氏絵の世界が展開

    第二章は「源氏絵の系譜」。ここでは中世から近世初期までの源氏絵が展示される。源氏絵とは、『源氏物語』を絵画化したもの。物語の成立からほどなくして制作されるようになったという。平安時代から大規模に源氏絵制作が行なわれ、『源氏物語』が貴族の古典的教養になった鎌倉・室町期には、土佐派や狩野派などの絵師によりさまざまなバリエーションが生み出された。昔の高貴な人々は、こうした源氏絵を見ながら、従者などに源氏物語を朗読させて鑑賞したものだそうだ。今で言えばさしずめ"ホームシアター"といったところか。

    このコーナーでは、室町時代に描かれた土佐光信の筆と伝えられる「源氏物語図屏風(浮舟)」(今治市河野美術館蔵)や、江戸時代に狩野養信が描いた重要文化財「源氏物語図(若葉・紅葉賀)」といった、華麗な源氏絵が展示される。また、源氏物語に挿絵として墨で描かれた鎌倉時代の貴重な作例である重要文化財「源氏物語 浮舟帖」(大和文華館蔵)も見逃せない。

    重要文化財 源氏物語図(若葉・紅葉賀)(左隻)狩野養信筆 [江戸時代 / 法然寺像]

    和漢故事人物図巻(浮舟) 岩佐又兵衛筆 (江戸時代 / 福井県立美術館蔵)

    源氏物語扇面散屏風(部分) [室町時代 / 浄土寺蔵]

    源氏物語図屏風(浮舟) 伝土佐光信筆 [室町時代 / 今治市河野美術館蔵]

    重要文化財 源氏物語浮舟帖 [鎌倉時代 / 大和文華館蔵]

    さらに江戸時代に入ると、印刷技術の飛躍的な向上も手伝って、『源氏物語』は幅広く一般庶民の間にまで広まっていく。それにともない、雅俗両様のおびただしい数の源氏絵が描かれた。中央だけでなく、地方の御用絵師たちも競って源氏絵を描いたというのだからすごい。同時にまた調度品などの工芸品の意匠としても、『源氏物語』は広まりを見せる。泰平な世の中が、人々の王朝文化への憧れを募らせたのであろう。

    必見は、国宝 初音調度のうち「胡蝶蒔絵挟箱」(徳川美術館蔵)。初音調度は、三代将軍徳川家光の娘、千代姫の婚礼調度。『源氏物語』の初音の帖をテーマとしていることから、この名がある。多様な技法を駆使して描かれた伝統的な王朝美は、近世大名婚礼調度の最高峰と賞される名品。千代姫は数え三歳(!)で二代光友に嫁入りしたが、作者の御用蒔絵師・幸阿弥長重は、千代姫誕生の年に将軍家から注文を受け、製造を開始したとされている。

    国宝 初音調度のうち胡蝶蒔絵挟箱(一対のうち)[江戸時代 / 徳川美術館蔵]

    現代も愛され続ける『源氏物語』

    第三章は「生き続ける『源氏物語』」。明治以降『源氏物語』は多くの現代語訳が試みられた。与謝野晶子、谷崎潤一郎、近年では円地文子、田邊聖子、瀬戸内寂聴……。また橋本治は意訳小説『窯変源氏物語』を発表したし、大和和紀による漫画『あさきゆめみし』は、瀬戸内寂聴が「大和和紀は20世紀の紫式部」と絶賛したほど高い評価を得ている。また、明治期からすでに始まっていた外国語訳の幅広さにも驚かされる。同展の監修者の一人である藤本孝一龍谷大学客員教授によれば、すでに20言語で翻訳され、インドだけでも7種類の言語の『源氏物語』があるという。

    このコーナーには、こうしたさまざまな『源氏物語』の出版物が展示されるほか、本展顧問である瀬戸内寂聴氏が出版した瀬戸内寂聞訳『源氏物語』の自筆原稿と、石踊達哉の装画「源氏物語絵詞」も展示されることになっている。前述の藤本教授は「国境を越え、時代を超えて、今でも人間は同じなんだと感動できる物語を、1000年前に紫式部という一人の人間の構想によって、100万字のことばで表現されたことは、なんとすごいことか」と意義を強調した。

    その他、『源氏物語』にさまざまなインスピレーションを与えられた画家による作品も紹介。安田靫彦の「紅葉賀」(丸栄堂蔵)や、下村観山「女三の宮」(横浜美術館蔵)、松岡映丘「宇治の宮の姫君たち」(姫路市立美術館蔵)、堂本印象の「源氏物語絵巻」模写といった大家たちの作品が並ぶ。

    女三の宮 下村観山筆 [昭和2年(1927) / 横浜美術館蔵]

    宇治の宮の姫君たち(右隻) 松岡映丘筆 [大正元年(1912) / 姫路市立美術館蔵]

    さまざまな関連イベントも同時開催

    展覧会の最後のコーナーでは「源氏絵を未来へ伝える」と題され、「源氏物語絵巻」の"平成の復元模写プロジェクト"を中心に紹介している。徳川美術館と五島美術館は、1999年から先端の科学技術を駆使し、現代の画家たちが「源氏物語絵巻」を復元模写するという事業に取り組んできた。これにより、「源氏物語絵巻」が制作された当初の姿が再現。こうして『源氏物語』は、さらに未来へと受け継がれていくのだ。

    記者会見後、報道関係者により美術館正面で朝顔の種まきがおこなわれた

    コンテンポラリーアートに軸足を置いている横浜美術館が、なぜ今回『源氏物語』を取り上げるかについて、雪山行二館長はこう述べた。「1000年受け継がれてきた『源氏物語』は、日本のみならず、人類全体の貴重な財産のひとつ。そうした普遍的価値があるものの展覧会を、国際都市横浜で開催することは意味があると思います。また、昨今のミャンマーと中国・四川省での大災害、地球温暖化やCO2の問題を思うとき、1000年文化を伝えることの重みをこの展覧会を機会に考えなくてほしい」と。

    なお、本展にはさまざまな関連イベントが用意されている。『源氏物語』に登場する「ゆうかほ」(第四帖)と「あさかほ」(第二十帖)になぞらえて、美術館正面に朝顔と夕顔の花を咲かせる「朝顔夕顔物語」。種と記名プレートを100円で買うと、募金と合わせてミャンマーと四川省に寄付される。本展顧問の瀬戸内寂聴講演会、横浜能楽堂では歌人の馬場あき子氏とアナウンサー加賀美幸子氏が誘う「源氏物語~それぞれの恋心」全5回シリーズ、また同時期に横浜トリエンナーレも開催されるほか、多彩なイベントが予定されている。この秋は、横浜で『源氏物語』の世界を堪能してはいかがだろう。

    展覧会名 特別展「源氏物語の1000年─あこがれの王朝ロマン─
    会期 2008年8月30日(土)~11月3日(月・祝)
    会場 横浜美術館(横浜市・みなとみらい)
    開館時間 10:00~18:00(金は20:00まで・入館は17:30まで)
    休館日 毎週木曜日
    主催 横浜美術館 NHK NHKプロモーション
    顧問 瀬戸内寂聴
    観覧料(当日) 一般=1,300円 大・高校生=700円 中学生以下は無料

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