ブームの社会科見学がついに写真集に

小島健一の3冊めの著書となる写真集『見学に行ってきた。』

「社会科見学」が今ブームだ。小中学生が学校から行く本来のそれではなく、大人たちが趣味として、あるいは見聞を広めようと行く「大人の社会科見学」である。ネットからそのブームを巻き起こしたのが、小島健一氏。社会科見学のガイド本『社会科見学に行こう』、『ニッポン地下観光ガイド』(共にアスペクト刊)に続き、今回ついに写真集『見学に行ってきた。』(マーブルトロン刊)が発売された。

写真集発売を記念して、18日から20日までの3日間、東京・渋谷の多目的スペース「ロフトワークGround」で、写真展「小島健一展」が開催された。会場には、『見学に行ってきた。』に収録された作品だけでなく、ページ数の都合で未収録となった作品約40点も展示された。場内に足を踏み入れると、A全やA2に大きく引き伸ばされた工場や廃墟といった写真が目に飛び込み、一気に"小島健一ワールド"に引き込まれる。

渋谷・道玄坂上にある会場のロフトワークGroundは白いおしゃれなスペースだ

会場には小島健一がエプソンMAXARTで自らプリントした作品が展示された

写真集は、小島がこの4年間に撮りためた約5万点に及ぶ写真の中から60枚を選び、すべて見開きで掲載した。表紙に使われた写真も本来は横位置の右側部分。まるでSF映画かアニメのワンシーンかと思う不思議な建造物は、新日鐵・君津製鉄所の熱風炉だという。1,200度以上の高温に温めた空気を高炉に送風する設備だ。小さく写った人間の姿に、その壮大さを思い知らされる、まさに社会科見学を象徴する一枚といえよう。

小島がもっとも気に入っているという写真が、入口を入った正面に展示されていた。柱が建ち並ぶ広大な空間は、古代神殿の大広間かと見まごう。実際は、小島が住んでいる埼玉県春日部市を走る国道の地下50mにある「首都圏外郭放水路」の調圧水槽。市内の小川の水を集め、江戸川に放水することで氾濫を防ぐ。何気なく暮らしている街の足の下に、こんな異界が広がっているとは。見ているだけでもワクワクしてくる。

「首都圏外郭放水路」(c)Kenichi Kojima

「加速器」(c)Kenichi Kojima

こうした建設現場というものは、小島に言わせると日に日に成長して姿を変えていくのが面白いという。工事の進行に合わせて変化する現場風景、機材の入れ替わり。まるで子どもが成長していく姿を見ているようだと小島は語る。その成長ぶりを確かめるのが楽しくて、同じ現場に何度も足を運ぶそうだ。

工場や建設現場といった社会科見学らしい人工物の写真ばかりかと思うと、木や花、生きものをとらえた作品が唐突に何枚か混じる。人工物と自然のせめぎ合いが、写真集のテーマのひとつだと小島は言う。無機質な「工場」の隣りに、屋久島で撮影された「がじゅまる」の樹と真赤な「曼珠沙華」の写真が展示されていた。人間が一気に自然を破壊して人工物を作りあげても、自然が徐々にそれを押し戻していく姿に、小島は魅せられるという。

「がじゅまる」(c)Kenichi Kojima

ソイクリアインクで印刷された写真集の刷り出し

ネットで社会科見学の魅力を発信する小島

見学団体「社会科見学に行こう」も主宰する小島健一

見る者に不思議なイマジネーションを与える小島健一の写真だが、元々写真家だったわけではない。社会科見学を始めた当初は、ふつうの小さなデジカメで撮影していたほどだった。せっかくこんな珍しい風景だから、きれいに撮れるようにと一眼レフを買ったのは、社会科見学を始めてしばらくしてからのことだという。

そもそも小島健一が「社会科見学」の虜となったのは、2004年4月のこと。東京の日比谷共同溝を見学したときだった。見慣れた街の地下にこんな巨大なトンネルがあったとは! 小島は衝撃を受けるとともに、そのスケールに圧倒され、非日常感にワクワクさせられた。この楽しさをもっと多くの人にも知ってもらいたいと、小島は6月に当時サービスが始まったばかりのmixiにコミュニティ「見学に行こう! 」を立ち上げた。

小島自身が「社会科見学」で感じた魅力は、ネットを通じて多くの人々を魅了した。mixiのコミュニティ「見学に行こう! 」は、たちまち多くの会員を集め、今では6,000名もの会員を擁する巨大コミュニティに成長している。翌2005年8月、小島は、ウェブサイト「見学に行こう!」を開設して、見学団体「見学に行こう!」を立ち上げた。また、ブログ「見学に行ってきた」では、社会科見学のレポートや写真を発表している。このブログは「日本ブログ大賞2005」写真レポート部門で大賞を受賞している。

こうしたネットでの活動が注目を集め、小島は次々とメディアに紹介され、著書を出版することになる。まさにネットが生んだクリエーターと呼ぶにふさわしい。写真集まで出版されている現在でも、社会科見学での魅力的な写真やレポートの数々は、ブログ内で閲覧することができる。小島健一や社会科見学の魅力を知りたかったら、ぜひブログを見ることをお薦めする。

「首都高・山手トンネル」(c)Kenichi Kojima

最終日には展覧会場でトークセッションが開かれた

5万点の写真から厳選された60点

写真展の最終日には、トークセッションが開かれた。小島健一を中心に、今回の写真集の出版元であるマーブルトロンの中西大輔部長と、編集を担当したエディター石橋淑美さんの3人が、写真集『見学に行ってきた。』出版の裏話を語るというもの。会場には、30人ほどの熱心なファンが駆けつけて、トークに聞き入った。

トークセッションでは30名近いファンが熱心に聞き入った

開口一番、小島健一から出たのは、この写真集がわずか1カ月という驚くほど短期間で作られたというエピソードだった。今年2月7日に写真集を出しませんかと初顔合わせしたその場で出版が決まり、そのちょうど1カ月後の3月7日が印刷所への写真入稿だったという。その間に、4年間で撮りためた約5万点の作品から、収録する60点を選ぶ作業が行なわれた。

「1点1秒見ても5万秒かかるんですよ」と小島は苦笑したが、見るだけでも約14時間だ。1週間で選んで渡しますと答えたのが、いかに無謀だったか、実際の選別作業で思い知らされたらしい。結局、全作品5万点からまず1,000点を抜き出し、それを100点、70点と絞っていって、最後の60点を決定したという。プリントしたものを床にずらりと並べて選んだそうだ。

写真選別に当たっては、いわゆる奇景奇観だけでなく、面白いものも加えて、"小島健一らしさ"を出そうと努めたとのこと。たとえば、「豚の丸焼き」は、そんな"らしさ"が表れた一枚だ。無機質な工場や廃墟、工事現場だけでなく、生きものや植物の写真が織り込まれることにより、写真集全体が"小島健一ワールド"をより鮮明に浮き彫りにしている。おそらくそこには、「生と死」を見つめる小島の視線が貫かれているからだろう。

収録された写真の中でもっとも反響が大きかったのが「鯨の解体」の写真だという。「びっくりした! 」、「やられた」など、さまざまな反応があったそうだ。この写真は、年間26頭に限って捕鯨が許されている南房総の和田港で撮影されたもの。スッパリと切られた鯨の断面、生々しい鯨の肉。辺りに充満する血の匂いが漂ってきそうな迫力で、見る者に衝撃を与える。この写真集を評価する際の大きなポイントとなる一枚だと、中西部長は語った。

「鯨の写真はいい意味でも悪い意味でもポイント」とマーブルトロンの中西部長

『見学に行ってきた。』を担当したマーブルトロンのエディター石橋さん

小島は軽妙なトークは聞く人を引き込む

もっとも反響があった鯨解体の写真。(c)Kenichi Kojima

小島健一の温もりのある確かな目

話は、作品ごとの撮影こぼれ話から本作りの裏側まで、軽妙なおしゃべりがくりひろげられ、1時間におよんだ。客席は感心したり、笑いに包まれたり、小島の話に引き込まれる。そうした話を聞けば聞くほど、小島の社会科見学に対する熱い思いが伝わってきた。トークイベントが始まる前、作品を前に小島はこうつぶやいた。「こうしたすごい物を造っている人々がいることを伝えたい」。

無機質な被写体もどこか人間的な温もりを感じさせる。(c)Kenichi Kojima

小島健一の被写体は、特殊で無機質なものが多い。しかし、作品を見るとき感じる何とも言えない温もりは、この言葉にもある小島自身の温かい人間性によるものだろう。グロテスクで奇怪な産業遺産でさえ、小島のファインダーを通すと見る人にどこか人間的な愛らしさすら感じさせる作品に仕上がる。この写真集は、新たな目を持った素晴らしい写真家の登場を告げている。

この作品展は20日で終了したが、展示された作品は引き続き24日から始まる「ぴろり、展」でも鑑賞できる。「ぴろり、」は小島健一のネット上のハンドルネームだ。「小島健一展」では写真家としての側面を楽しめたが、「ぴろり、展」では写真家以外の側面も表現した展覧会になるという。最終日の27日には、ゲームデザイナー柴尾英令さんをゲストに招き「大見学ナイト2」も開催される。「小島健一展」を見た方も再度楽しめる展覧会となっている。

展覧会名 ぴろり、展
会期 2008年4月24日(木)~27日(日)
会場 Salon by marbletron(東京・高円寺)
開館時間 12:00~20:00
入場料 無料
プロフィール
小島健一氏
1976年埼玉県春日部市生まれ。日比谷共同溝を見てその魅力にとりつかれ、mixiに「社>会科見学に行こう! 」コミュニティを開設。社会科見学団体「社会科見学に行こう」主宰>。社会科見学ブームの火付け役となった。写真家として活動するほかに執筆、イベント>>やロケーションのコーディネートなども手掛ける。著書に『社会科見学に行こう! 』、『ニッポン地下観光ガイド』、『見学に行ってきた。』など。