検索エンジン「サグール」の開発や産経新聞の双方向ニュースサイト「iza!」の構築を手がけた「チームラボ」。技術開発型ベンチャーの同社を率いるのが、社長の猪子寿之氏だ。東京大学工学部卒業、同大学大学院に進んだという学歴を持つ猪子氏だが、インタビューにざっくばらんに答える様子は、偏差値エリートというより、むしろ幕末の志士を思わせるおおらかさと情熱、タダ者ではない雰囲気を漂わせていた。ネットが本格的に普及し始めて10年。今注目を集めるネット企業トップにインターネットとの出会いなどについて、話を聞いた。

テレビの大ニュースより、身近な人の悩みのほうが大切

――猪子社長がインターネットを関わるようになったきっかけを教えてください。

「中学生くらいから、テレビや新聞などの大手メディアに対して違和感を感じていた」と語る猪子氏

中学生くらいから、テレビや新聞などの大手メディアに対して違和感を感じていたんですよ。ある一部の人だけが情報を選択して、編集してブロードキャストする、そうした行為があまり好きになれなかった。そうした理由からテレビや新聞が嫌いで、見たり読んだりしていると、頭がおかしくなるんじゃないかと思ったこともありました。

メディア側が"客観的"だとして送ってくるニュースに、現実感は持てなかった。こんなことを言うと不謹慎かもしれませんが、全然自分の知らない国で誰かがたくさん死んだことよりも、自分の友達がつまらないことで悩んでいることのほうが、ずっと重要に感じられた。

本来、情報というものは主観的で、感情というものは身体的なものだと思っていて、テレビを観ていると、マスメディアのいう"客観性"と自分の持つ"身体性"が分離してしまうような気分になりました。

メディアで東京の情報を知っても現実感なんかない、徳島で生活するそんな高校生にとって、最高にショックだったのが、大学入学目前(1995年)にNHKで放映されていた「新・電子立国」(※)というテレビ番組でした。

※1995年10月から1996年6月にかけてNHKで放送された全9回のドキュメンタリー番組。1980年代までの日米の半導体の歴史を描いた「電子立国日本の自叙伝」の事実上の続編として企画され、「電子立国~」が主にハードウェア寄りの内容を描いたのに対し、「新・電子立国」ではソフトウェアを主眼に置き、マイクロソフトの設立からMS-DOSの開発に至るまでの流れや、アタリ、任天堂、セガなどによる家庭用ゲーム機を巡る市場競争、一太郎、Lotus 1-2-3などの開発秘話などが描かれた。インタビューでは、ビル・ゲイツ、ポール・アレン、ティム・パターソン、ジム・クラーク、ゲイリー・キルドールなど、重要人物が数多く登場している。

――「電子立国」という番組もありましたよね? 確か日本の半導体産業の強さなどを描いたものだったと思いますが。

そうです。「新・電子立国」の前に放映された「電子立国 日本の自叙伝」はまさに日本が主役で、半導体などの技術が国の経済を支えている様子が分かるものでした。ですが、「新・電子立国」は全然違って、うって変わって米国の話ばっかり。日本の事に触れたのは1話だけだったのではないでしょうか。本当にびっくりしました。

「新・電子立国」では主に、米国における新たな情報化社会と、マイクロソフトなどソフトウェア産業の勃興が描かれていました。すごくドラマチックな作りで、最初に、シリコングラフィックという会社の社長だったジム・クラークが、すごく儲けて成功しているにもかかわらず、「もうハードの時代ではない」といって会社を辞める。それからは何も触れられず、最後の回にまた出てきて、ヒッピーみたいなマーク・アンドリーセンらに「君たちの技術(ブラウザのMosaic)はすごい」と言い、一緒にNetscape Communications(当時はMosaic Communications)を作るんです。

そこで登場したインターネットは最高に自由なメディアであり、誰もが情報を自由に発信でき、その情報を自由に選択できる。しかもほとんどコストゼロで情報を発信できる。「すげぇ」と思いました。「こんなに奇跡的なことが起こっていいのか」と。人類史上かつてない奇跡的な出来事だと思いました。同時に、「すごいハッピー」と感じました。

「ネットは世界をひっくり返す」と直感、ベンチャー起業に関心

チームラボでは、訪問者はゲームのキャラクターを操作して訪問先にアクセスする仕組みとなっている

――「新・電子立国」を観た当時は受験生だったんですよね。

高校時代、当時の企業を時価総額でランキングしてみたのですが、旧国営企業とか、免許制の業界、顧客が国、とか国に関わる企業ばかり。ある大手ゼネコンでは、娘婿になった官僚出身者が3代続けて社長になっていました。じゃあ、いい大学に行って、こうした企業の役員の娘との「逆タマ」を狙うべく、官僚になればいいんじゃないかと思ったんです(笑)。そこで、官僚になるために最も有利な東大を目指そうと。

――冗談に聞こえますが、本当ですか?

元々、中学生の時から、「日本を再生しなきゃ」という特殊な思い込みを持っていて、自由度が極めて高く、しかも経済的に豊かな国を作りたいと思っていたんです。意外に思われるかもしれませんが、国のために貢献したいと思っていました。

政治家だと、民主主義下ではさまざまな既得権益があるため、それに関わる人による投票はぶれてしまう。AとBという対立項があり、明らかにAをなくしてBをとったほうがいいという場合でも、Cという利益に近い人がいれば、Cに票が流れてしまう。ですから政治家は駄目だと。

いろいろ考えていた時に観たのが、「新・電子立国」で、インターネットによって時代が決定的に変わると衝撃を受けました。「いろんなものがひっくり返る」と直感したのです。今よりもっともっと自由で、豊かな社会を作るために、これから来る情報化社会の中において国際競争力を持つ企業を作ればいいんじゃないか、と考えるようになったんです。

――官僚になるより、ベンチャー企業を起こしたほうがいいと思うようになったわけですね?

考えてみれば、「逆タマ」は、幕末の徳川幕府に嫁入りするようなものです(笑)。鉄砲の価格下落という世の中をひっくり返すような出来事により、権力から遠く離れた薩摩、長州に武器が渡った幕末は、インターネットという革新的なツールが登場してあらゆる人々に行き渡った現代によく似ています。

明治維新は、革命を起こそうとした下級武士が、価格下落により鉄砲という武器を手に入れることができた。それを仲立ちしたのが坂本龍馬であり、日本初の株式会社といわれる海援隊の本質は武器商人です。そうして、明治維新は成功した。

今の時代に官僚になるということは、幕末の徳川幕府に嫁入りするようなものだと、思ったんです。インターネットの出現により、明治維新のような変革が起こる。そうなれば、権力から遠いところにいるベンチャー企業のほうにチャンスが生まれるのではないか。

「新・電子立国」に描かれた米国も元々ベンチャー志向が強かったわけではありません。1980年代後半に世界を席巻した日本の経済の強さを分析した結果、その強さの原因は無数の優秀な中小企業群だと判断し、国を背負う意識の強い米国の優秀なエリート層が、次々と中小企業、すなわちベンチャーを起こしたのが実態なんです。