【レビュー】
剃刀を構え、深紅の椅子に深々と腰掛けるジョニー・デップ。映画タイトルの文字は血糊で飾られている。全体はモノクロのように色味がなく、赤色だけが輝いて見える。
2008年の正月映画、『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』のポスターである。ただならぬ表情と一種奇妙な風貌のジョニー・デップ、タイトルにある"悪魔"の文字……これだけで「見たい」と思う人も多いのではないだろうか。
宣伝資料に躍る、見たくなる要素をいくつか挙げてみよう。
テレビCMなどを見ていても気づかないかもしれないが、本作はトニー賞8部門を受賞した傑作ミュージカルをベースにしており、ジョニー・デップをはじめ、ミセス・ラベット役のヘレナ・ボナム=カーターなど主要な出演者が歌を披露するミュージカル映画なのだ。
この最後の一点を聞いてあなたは作品への期待が増しましたか? 逆に見たい気持ちが半減しましたか?
理髪師、ベンジャミン・バーカーは妻と娘との幸せな日々を悪徳判事・ターピンによって打ち砕かれた。無実の罪を着せられ、オーストラリアの地へ15年間投獄されたのだ。脱獄してロンドンのフリート街へ戻ってきた彼はスウィーニー・トッドと名を変え、風貌や内面もまるで別人となっていた。それもすべて復讐を晴らすため。妻は彼が投獄された後、ターピンの魔の手にかかり、精神を病んで毒をあおったと聞かされる。娘はあろうことか、ターピンの養女となり軟禁されていた。
スウィーニー・トッドは仇であるターピンを殺す機会をうかがいながら、剃刀を手に狂気をみなぎらせる。そしていつしか自分自身が悪魔と化し、次々と無関係の人々まであやめていく。
彼を支えるのが、ロンドン一まずいミートパイの店を経営する、大家のミセス・ラベット。彼を愛するあまり殺人の"後処理"を引き受けることになる。共犯者となったおかげで店は繁盛。稼いだ金でスウィーニー・トッドとの新しい生活を夢見る。けれど、スウィーニー・トッドは復讐しか頭になく、彼女の気持ちにはまったく気づかない。共犯関係にある二人の心のすれちがいが、意外な形で物語に終止符を打つ……。
前述の主役、監督に関する要素で、"はずさない"作品だと踏んでいたが、予想を裏切られることはなかった。やはり、このコラボレーションは固い。
映画の冒頭、これがかなりいい。映画ならではの音の迫力と、暗い灰色の画面に流れる血の赤。これが見ている者を興奮させる。とてもテンポがよく、導入部としては最高だと思う。色を極力なくし、沈んだモノクロのような画面で、19世紀末の混沌としたロンドンを表現したところに、"バートン流"を見た思いがした。監督は古い白黒のハリウッド映画のような感じのロンドンにしたい、と美術デザイナーに語っていたそうだ。その意を受け、基本はカラーに白黒がかぶさったような感じにし、グラフィック画のように仕上げたという。
例外は途中に出てくる、ベンジャミン・バーカー時代の回想シーンやミセス・ラベットの描く未来を表す場面。一転して明るい色彩になり、登場人物とともに観客もひとときの休息をとることができる。この変化は、バートンお得意のファンタジーの世界へ、私たちを導いてくれる。とくにラベットが夢想する未来は、色彩だけでなく衣装もかわいらしい。またトッドとラベットの表情のあまりの違いが、悲しくも笑えて、とても印象に残るシーンだ。
ジョニー・デップの演じる、憎しみに追いつめられた理髪師の狂気の沙汰は、観客をぐいぐいとスクリーンに引き寄せる。白い化粧を施した顔とその下に秘められた主人公の悲しみを見て、彼の初期の映画である『シザー・ハンズ』を思い出した。彼にとって初めてのティム・バートン作品だが、あれから18年。若い頃のやんちゃぶりは影を潜め、名実ともにハリウッドでいちばん、いや世界で最も優れた俳優の一人となった。
近頃では『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのジャック・スパロウ、『チャーリーとチョコレート工場』のウィリー・ウォンカなど印象深いメイクの彼を見ることが多く、今回もそのパターン。どこにでもいるような平凡な中年男の役など、コスプレっぽくない役も見てみたいと思うが、硬軟さまざまな役をこなす、彼の変幻自在ぶりはいつ見ても楽しい。
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