「Photoshop world conference & expo 2007~勝者の鉄則~」に合わせて来日したトーマス・ノール氏とジョン・ノール氏にインタビューの機会を得ることができた。兄トーマス氏はAdobe Photoshopの生みの親であり、現在もAdobe SystemsにおいてCamera RawやPhotoshopの開発に携わっている。一方、弟ジョン氏は、スター・ウォーズシリーズなどで有名な特撮工房ILM(インダストリアル・ライト・アンド・マジック)でビジュアルエフェクト・スーパーバイザーとして多くの作品を手がけ、2006年には第79回アカデミー賞視覚効果賞を受賞している。この才能豊かな兄弟がイベントのセッションでは、ラッセル・ブラウン氏にのせられてノリノリの雰囲気であったが、このインタビュー時には非常に落ち着いた「マスター」としての風格を醸し出していた。Photoshop開発当時の話から、ビジュアルエフェクト・スーパーバイザーとしてジョン氏の活動などを中心に話を聞いた。

Photoshop開発当時を振り返って

--最初にお二人の最近の動向に関して教えてください。

トーマス氏:私は、この5年ぐらいは、PhotoshopのCamera Rawのプラグインを開発してきました。これが、Adobe Photoshop Lightroomのベースにもなっています。そのため、このLightroomの中で行われている画像処理は、Camera Rawが使っているコードとまったく同じものです。

ジョン氏:私が最近関わった作品は、「パイレーツ・オブ・カリビアン『ワールド・エンド』」です。その前は「スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐」、その前は「パイレーツ・オブ・カリビアン『デッドマンズ・チェスト』」、その前は……さかのぼると切りがないんですけどね(笑)。

ILMに所属するビジュアルエフェクト・スーパーバイザーのジョン・ノール氏

Adobe Photoshopの生みの親であるAdobe Systems Camera Raw & Photoshop エンジニアリングのトーマス・ノール氏

--まずは、イベントで紹介した「KNOLL software」や「Display」とアバウトボックスに書かれていたソフトに関しての説明をお願いしたいのですが…。

トーマス氏:これはノール・ソフトウェア・オブ・アバウトボックスというものですが、Photoshopのいくつかのバージョンで使われていたオルタナティブ・ボックスになっており、オプションキーを押しながらアバウトを表示させるとこれが出てくるようになっていました。「KNOLL software」というのが、Photoshopを開発するにあたり、弟と立ち上げた会社の名前です。会社を起こすのなら名刺も必要だろうということで、弟がデザインしてこういう感じになりました。

ジョン氏:実はこのロゴのデザインをしてくれた方は、ジョン・ベル氏といいまして、現在は映画などを手がけているプロダクション・デザイナーです。

トーマス氏:もしかすると今でもこのデザインがアバウト・ボックスに残っているかもしれませんね(笑)。二番目の「Display」が、Photoshopの原型に近いバージョンのものです。まだ、機能的には非常に限定的で「ファイルメニューから画像を開いて表示する」ぐらいしかできないものでした。なにせ1988年ぐらいの話ですので、非常に限られた機能しかありませんでした。

「KNOLL software」と「Display」と書かれたアバウトボックス

--当時のパーソナルコンピュータの表示環境というのは、やっと24bitで画像を表示できるかもしれないというぐらいの時代でしたが、そのような環境のなかで、このような画像加工ツールを作ろうと思った動機はなんだったのですか?

トーマス氏:そもそも、Photoshopの開発は24bitのビデオボードが出る前から始めていました。さかのぼってみると、ディスプレイが白黒二階調の時からPhotoshopの開発は進められていたのです。当然のことながらグレイの階調も表示されないわけで、それをなんとかしようというものでした。でも、グレイを表示しようとするとピクセルを半分をオン半分をオフにしてようやくグレイ階調が出せるという状況でした。カラーイメージもモニタは白黒なので、そこに表示されたパターンが何色であるかを推測できればなんとか扱えるという時代だったのです。ただし、プログラムの中のデータ構造とディスプレイに表示されるイメージのデータ構造は最初から分けてありました。当時、24bitのフルカラービデオボードは存在していましたが、高価で一般的なものではなく、持っているユーザーは非常に限られていました。しかし、将来的には普及するだろうと思っていました。

--そのような情況の中で、Photoshopのような画像加工ソフトを開発しようとしたのは、かなりのチャレンジだったように感じますが。

トーマス氏:確かに早すぎたかもしれませんが、タイミングとしては非常に良かったと思っています。ちょうどPhotoshopの開発が完了するぐらいのタイミングで24bitのビデオカードが普及し始め、画像を取り込むためのフラットベッドスキャナなども一般のユーザーが購入できるような価格帯でリリースされるようになりました。また、DTP用の他のソフトも出始めた頃でした。

--Photoshopを開発していたときに映画などの製作に使われるような時代が来ると想像していましたか?

トーマス氏:ソフトを開発するときには、現状の環境で可能なことだけではなく、将来的な環境の進化を踏まえたうえで開発を行いますので、たぶんそうなるだろうという予測はしていました。ただ、今でもムーアの法則が続いているということを考えると驚きです。Photoshopに関していえば、ひとつのソフトが20年間進化し続けている間に計算できないぐらいのハードウェアの進化があったわけですから。人々は、これから先はムーアの法則は続かないと考えているようですが、私は多分ムーアの法則はこれからも続いていくと思っています。

Adobe Photoshop最新版バージョン10.0.1のアバウト画面の先頭には「Thomas Knoll」の名前が書かれている