Kotterの名著『Leading Change』を、共同著者のRathgeberがペンギンの扮装をして劇にして演じたことから、本書のアイディアが生まれたという

「この会社、ヤバいかも」- 今勤めている会社に対してそう感じたとき、あなたは次にどういう行動に出るだろう。見ないフリをして働き続けるのか、転職活動を開始するのか、はたまた正義感に駆られて内部告発するのか、それとも、組織を変革するべく仲間を集い、立ち上がるのか。

本書はそんな状況に置かれた"ペンギン"たちが織り成す壮大(!)なドラマである。

南極はケープワシントン近くのとある氷山でコロニーを営む268羽のペンギンたち。彼らはずっと昔からこの氷山の上で暮らしてきた。ここで生まれ、育ち、つがいとなり、子を産み、育て、そして老いて死んでゆく - それはあまりにも当然のことで、この氷山以外に彼らの生きる場所など、これまでも、そしてこれからもあろうはずがなかった。一羽の好奇心旺盛なペンギン"Fred"が驚愕の事実 -"Our Iceberg Is Melting!(我々の氷山が溶けはじめている!)"に気づくまでは。

氷山の真下にはすでに大きな穴が空いていた。もうすぐ厳冬期がやってくる。気温が下がり、この穴の中の、空気をいっぱいに含んだ水が凍ってしまったら…まちがいなく氷山は粉々に砕けてしまうだろう。そうなったらコロニーは全滅だ - このときFredはまだ一人で悩んでいる。この危機感を共有している仲間は誰もいない。さあどうする、Fred!?

ここから先は、本書の著者であるJohn P. Kotterのベストセラー『Leading Change(邦題: 企業変革力)』に出てくる"変革のための8カ条(The Eight Step Process of Successful Change)"通りに物語が展開する。抵抗勢力に邪魔されたり、ペンギンたちのモチベーションが下がったり、さまざまな困難がFredたちに襲いかかるが、変革の重要性に目覚めたペンギンたちは無事、危機を乗り越え、新たな氷山にたどり着くのだ。

  1. 危機意識をもつ(Create a Sense of Urgency)
  2. ガイド役となるチームを編成する(Pull Together the Guiding Team)
  3. 変革のためのビジョンと戦略を立てる(Develop the Change Vision and Strategy)
  4. ビジョンを周知徹底する(Communicate for Understanding and Buy In)
  5. 自発的な協力を促す(Empower the Others to Act)
  6. 短期的な成果を出す(Produce Short-Term Win)
  7. 間を空けずさらに成果を上げていく(Don't Let Up)
  8. 新しい文化(価値観)を創造する(Create a New Culture)

Fredは事実を正しく見る目をもっているだけでなく、プレゼン能力にも優れている

賢明なLouis、強いパワーをもつAlice、コミュニケーション能力に長けたBuddy、知識が豊富なthe Professor、そしてFred…得意なスキルがそれぞれ異なる5羽が集まった!

古い伝統や価値観を捨て、新しい文化を創るには未知の不安がつきまとう。「今のままでいいじゃない、変わる必要なんかない」という抵抗勢力は必ず存在する。それでも、危機を乗り切るには変革を進めるしかないとリーダーが気づいたのであれば、あとは正しいステップを踏むことで必ず危機を脱することができる。

おそらく、事の大小に差はあっても、企業であればどこかに不健康な部分 - 溶けかけた氷山にできた穴にあたる部分を抱えているはずだ。それがごくごく小さければ、表面的には何も問題なく過ごしていくことができるだろう。だが、ほおっておけばやがて自らを破滅に追いやる腫瘍、いつ爆発するかもしれない爆弾に変わるかもしれない。悲劇的な結末を迎えないためにリーダーは、そして一般社員たちはどう行動すべきなのか、このわずか148ページの本にはそのハウツーがぎっしりと詰まっている。リーダー論、人材育成/管理、あるいはプレゼンテーションに関しても参考になる記述が多い。

組織の一員であるなら、自分自身、あるいは上司や同僚、部下を、登場するペンギンたちに重ね合わせてみるとおもしろい。また、不祥事が表沙汰になった企業をこの物語に照らし合わせてみると、彼らが信じていた"我が社 = 溶けない氷山"は実は幻想でしかなかったことに気づく。「ほおっておいてもふさがる穴」は存在しないのだ。襲いかかってくる危機に目をつぶったところで、何の処置もしなければ、結果はおのずと決まってくる。

著者のKotterはハーバードビジネススクールの教授であり、組織行動論の大家としてすでに名を成している。だが彼が過去の名声や権威だけの人ではないことが、本書を読むとよくわかる。現時点で本書の日本語版は出版されていないが、高校生程度の英語力があればほとんど辞書を引くことなく読めてしまう。難しい内容を、子どもにもわかるようにやさしく、わかりやすく解説することは誰にでもできるワザではない。何より"ペンギン"という、誰からも愛される動物を主役にしたことで、読者はすんなりと物語に感情移入することができる。Peter Muellerによるペンギンのイラストが本書を美しく彩っており、とくに物語の最後、2羽のひなが朝日をみつめている姿は、

The Former-Head-Penguin was particularly amazed at what even the youngsters were doing to help the colony. And for that, he loved them all the more.

(前リーダーのLouisはとりわけ、ひなたちでさえコロニーを助けようとしていることに深く感嘆した。そして、それがゆえに、彼はよりいっそう彼らを愛した)

と、次の世代に未来を託す老ペンギンの思いと重なり、ほとんど神々しいまでに美しい。余談だが、本書の出版後、Kotterのあだ名は"Penguin Guy"になったという。

ペンギンにできることなら、人間ならもっとスマートにできるはず - Kotterは本書にそんなメッセージを込めている。さて、あなたが立っているicebergは今、どんな状態ですか?

Our Iceberg Is Melting - Changing and Succeeding Under Any Conditions

John Kotter / Holger Rathgeber 著
St. Martin's Press / 14.95ドル / 2006年6月発行
ISBN-10: 0312368526 ISBN-13: 978-0312368524

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