総務省の「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」で、議論が進められている「情報通信法(仮称)」。同研究会の中間取りまとめ案に対してすでに開かれた3度の公開ヒアリングでは、通信業界、放送業界、日本経済団体連合会(以下、経団連)などから批判的な意見が相次いだ。通信・放送の融合が長年叫ばれているにも関わらず、中間取りまとめ案に反対する意見が多いのはなぜか。通信・放送法制やメディア事情に詳しい、静岡大学情報学部准教授の赤尾晃一氏に話を聞いた。

「中間取りまとめ案に反対が多いのは、企業の既得権益の制限につながる可能性があるのと、コンテンツ規制への批判が原因」と語る赤尾晃一氏

――中間取りまとめ案には各業界から大きな批判が相次いでいますが、なぜなのでしょうか?

法律がレイヤー型になり、インフラやコンテンツ、プラットフォームで区分けされることで垂直統合型の事業モデルが否定される方向になると、これまでの既得権が相当制限されることになるからです。具体的に言えば、NTTやNHK、地上波放送局などは、失うものが一番大きいかもしれません。レイヤー型法制の理念を突き詰めると、あくまで極端な例ですが、NTTがいわゆる「0種事業」(※)に制限されたり、NHKの活動が伝送サービスの提供のみに制限され番組製作を行えなくなったりする可能性も否定できません。そうすれば、これまでの事業の解体を迫られることになるため、反対しているのではないでしょうか。

※:伝送設備をサービス事業者に貸し出すことだけを行う通信事業の通称。この場合、通話その他のサービスは、0種事業者から伝送設備を借りたサービス事業者によって消費者に提供される。

一方のKDDIやソフトバンクグループですが、彼らは新法制で失うものが少なく、むしろ権利が拡大する立場と言え、賛成している部分が多いのは自然でしょう。

経団連が反対しているのは、中間取りまとめ案のどこが企業の競争を自由にし、営業活動を自由にするのかが明確でなく、これまで規制の対象ではなかったプラットフォームやコンテンツが規制の対象とされるなど、全体的にはむしろ規制が強化されるのではないかということで、反対しているのだと思います。また、取りまとめ案自体が、完全に練り上げられたものではないことも、反対意見が多くなっている原因といえます。

放送事業の垂直統合解体に成功したドイツ

――そうした反対を乗り越えて、レイヤー型にするメリットはあるのでしょうか?

大きなメリットがあると思います。「ハード」であるインフラと「ソフト」であるコンテンツの分離は国際的な潮流で、例えば、EU指令のもとでレイヤー型を採用したドイツの例があります。ドイツでは、放送事業をレイヤーごとに分割し、伝送設備にあたる部分はドイツテレコム、伝送サービス(プラットフォーム)にあたる部分は放送事業者が担い、放送事業者は時間帯ごとに放送枠をコンテンツ事業者に販売するという形をとっています。

これは、伝送設備、伝送サービス、コンテンツ制作のすべてを放送事業者が垂直統合型で行っている日本とは大きく異なる仕組みです。ドイツのようになれば、下請け的な位置づけだった日本のコンテンツ制作事業者がさらに創意工夫する余地ができ、さまざまなビジネスチャンスが生まれることになります。今回の中間取りまとめ案において使われているプラットフォームの意味とは異なりますが、この伝送サービスの部分こそ放送事業におけるプラットフォームと位置づけることができます。

こうすれば、放送事業者はプラットフォームの役割のみ担い、番組はさまざまな事業者から調達が可能になります。これは私見ですが、例えばNHKが全国ネットワークの放送サービスというプラットフォーム事業に特化することで、従来NHKが自前で担っていた鉄塔や中継設備が外部の伝送インフラ事業者に開放され、コンテンツも外部に任せることで、結果として受信料が安くなるかもしれません。

ただ、今回の取りまとめ案が、ドイツのように放送事業をレイヤーごとに本気で分割する方針を示しているかは疑問です。そもそも、放送・通信に関する法制度の抜本的な再編は、アナログテレビ放送が終了するとされる2011年よりもっと前に行わなければならなかったのです。今から2011年までに、放送事業のレイヤーごとの分割といったドラスティックなビジネスプロセスの改革を行うのは、なかなか難しいのではないでしょうか。そうした抜本的な改革に触れていないせいで、パブリックコメントや公開ヒアリングにおいては問題点が見えやすいコンテンツ規制の部分に議論が集中しているのだと思います。