2003年にLos Angeles Times誌に、英国軍の軍人がイラク市民に対して避難を促すようなジェスチャーをしている写真が掲載された。「市民を守る英国軍人」というイメージがよく現れていたが、後に写真が合成だったことが明らかになり、作成したカメラマンが解雇された。一見しただけでは合成とは分からない出来映えで、しかも説得力があっただけに、読者から強く批判される出来事となった。

百聞は一見にしかずで、ニュースやブログなどの読者は写真がより真実を伝えると信じている。だが実際には、簡単に修正や複製を行えるデジタル画像には多くの秘密が隠されている──それがHacker Factor SolutionsのNeal Krawetz氏の講演のテーマだ。同氏は昨年のBlack Hat Briefingsで、悪意のあるプログラムに使われている言葉や文字の選び方から作者を分析した。他のスピーカーとは全く異なるユニークな視点の講演を行うことで人気だ。

Hacker Factor SolutionsのNeal Krawetz氏

わずかなレタッチで変わる写真の印象

修正といっても露出や明るさを変える程度ならば、より見やすくなるだけで、事実を変えるようなものではないと思える。ところが、わずかなレタッチでも写真の印象ががらりと変わり、それを意図的に行えば、写真を見る人が受ける印象も操作できるという。

例えばO.J.シンプソンが逮捕された時に、警察署で撮影された顔写真がいくつかの雑誌の表紙を飾ったが、NewsweekとTIMEの表紙は同じ写真を使っていても全く異なる印象になった。Newsweekは全体的に明るい写真で、逮捕された容疑者という雰囲気。一方TIMEは、全体的に暗く、その中からO.J.Simpsonの顔が浮かび上がるような写真で、いかにも犯罪者という雰囲気だった。Krawetz氏によると、米国のある全米紙では、選挙戦について報じる際に支援する候補を明るく、好意を抱いていない候補を暗くした写真を掲載する傾向があるそうだ。

報道とは違う例として、Andrea Bertaccini氏の「A Buzz Life」も取り上げられた。これはNASAの写真をベースに、3ds MaxとPhotoshopで作られたCGで、2006年のCG Choice Awardを獲得した。非常にフォトリアリスティックで、これをEdwin "Buzz" Aldrin氏の月面歩行の写真だと信じる人も多いだろう。

左がNASAの写真、右がBertaccini氏の作品

A Buzz LifeをNASAのオリジナルの写真に比べると、宇宙服のパーツが異なる。Krawetz氏が調べたところ、トム・ハンクスが製作にかかわった2005年のIMAX映画「Walking on the Moon 3D」の宇宙服と同じだった。ポジションなど基本的なモデルはNASAの写真をベースにし、宇宙服はIMAX映画のデザインをモデル化したと思われる。ただBertaccini氏の作品がリアルなだけに、本物だと思われれば、誤った宇宙服の資料となる危険性もある。

データロスに現れる修正の跡

では、どのようにして写真の修正を見破るか。まずメタデータを確認する。使用されたカメラや設定、日付などは調査を行う上での基本情報になるという。その上で量子化テーブルが分かれば、アプリケーションやカメラのものと比較することで修正の有無が明らかになる。逆に言うと、ニュース媒体などがオリジナルの写真の掲載を証明したい場合は、量子化テーブルの埋め込みを勧めていた。

実際には量子化テーブルが分かるケースは少ない。そこでKrawetz氏はクオリティの違いをチェックする。JPEGは圧縮を繰り返すごとに品質が低下するため、Principal Components Analysis (PCA: 主成分分析)を行うことで、再保存によるクオリティの変化を確認できる。またエラー・レベルの分析によって修正が加えられた場所を特定できる。JPEGは保存を繰り返すごとにエラーが多くなるため、95%程度で再保存し、オリジナルとのエラーレートを比較すれば、エラーが増加した位置で合成などが行われた部分が分かる。さらに品質が同じ場合であっても、ウェーブレットを確認することで、拡大・縮小や深度の違いを見分けられるそうだ。

Krawetz氏は、アルカイダの副官アイマン・アル・ザワヒリの写真を例に上記のテクニックを説明した。

USA Todayに掲載されたアルカイダの副官アイマン・ザワヒリの写真 エラー・レベルを分析すると、ザワヒリがアウトラインされ、サブタイトルやロゴが加えられたのが分かる
メッセージ・ビデオからの写真。場所を特定されないために背景が変えられているのは明らか エラー・レートの違いで、背景を含めて細かなコラージュが行われているのが分かる
PCAによって、異なったクオリティの写真がミックスされているのが分かる ウェーブレットによって6つのレイヤーを確認できる。イメージはそれぞれに異なった信号パターンを持つ