――現在では、あらかじめ映像を収めたビデオテープや台本を預かって、本番に備えて稽古しておくことができるわけですが、この頃はどのようになさっていたのでしょうか?

「僕がアニメをやった作品の中で、『マッハGoGoGo』だけが前の日に、僕だけリハーサルに行ってたんですよ。そして台本見ながらチェックして、翌日の本番に臨む。多分、前の日にリハーサルをやった役者というのは、後にも先にも僕だけじゃないかと思いますけどね」

――この作品でレギュラー共演なさった方々の中で、もうお亡くなりになられた方がお二人おられますね。おとうさんの三船大介を演じられた大宮悌二さんと、整備を担当しているサブちゃんていう青年を演じられた富山敬さんですが、そのお二人の思い出をうかがえますか。

「そうですね。大宮さんは、仕事を離れたところでも家がご近所だったこともあって、遊びに行かせていただいたこともあるし、すごく可愛がってもらいましたね。それから富山敬さんも、いつも穏やかでニコニコして、彼が怒った顔を見たことがないくらい本当に優しい先輩でした。それにすごい努力家なんですよ。僕は、頑張るということはどういうことなのか、富山さんに教わったような気がしますね。富山さんは当時、河の会(現在は河)という事務所で。覆面レーサーを演じられた愛川欣也さんもそうでしたし、皆さん、河の会の人が多かったんですよ。それで『ああ、声の仕事を優先的にやりたいな』っていうきっかけにもなって。それまで僕は俳協だったんですけれども、俳協を辞めて河の会に入ったんです。そのくらい皆さん、僕の人生に大きな影響を与えてくれた人たちばっかりで。結局、それが今、声だけの仕事をやっている原点のような」

――この作品を演じ終えたときのお話をうかがえますか。

「『マッハ』の最終回を録り終えて、打ち上げで国分寺へ行ったとき、お開きでたまたま僕と吉田竜夫さんの二人だけが先に店を出たんですよ。そのとき竜夫さんが、『森さん、剛のセリフで僕になにか言ってください』っておっしゃるんですよ。それで僕は、『番組は終わったけど、三船剛はこれからもずっと先生の胸の中で走り続けます』って……まあ、そういうようなことをセリフで言ったんです。そしたら、竜夫さんがすごく感激してくださいましてね。いやー、竜夫さんのことをいろいろ話すと、涙が出てきちゃうね(笑)」