リッチメディア、ダイナミックメディア市場におけるアドビのビジョン

7月4日にPremiere Mac版の復活とともに登場するポストプロダクション向けの「Adobe Creative Suite 3 Production Premium」。同社のリッチメディア、ダイナミックメディア市場におけるビジョンと製品戦略をアドビ システムズ ダイナミック メディア部門ディレクターであるサイモン・ヘイハースト氏とマイケル・コールマン氏に訊いた。

ダイナミックメディア ディレクター サイモン・ヘイハースト氏(右)とAfter Effects プロフダクトマネージャー マイケル・コールマン氏(左)

新製品市場戦略ならびにデザイン、Web製品との連携はどのようになっているのかという問いに対しては、ヘイハースト氏は次のように説明している。「現在、世界全体で広告投資とメディア配信手段の大規模なシフトが起こっています。従来のテキストベースの広告から、Flashビデオの台頭によってストリーミングビデオによる広告の普及が推進されているのです。たとえば、米国のケーブル企業上位74社で配信されるブロードバンドメディアフォーマットの統計を見ると、実に76%がFlashのみで配信されています。今では、リッチメディアとビデオの境界があいまいになり、コンテンツ配信手段はかつてないほど豊富になりました。そのため視聴者の関心を引きつけるための激しい競争が繰り広げられているのです」

こうした状況の中、アドビ システムズは毎年35億ドルもの投資をし、ダイナミックメディアを推進するために組織構造も変えた。そしてダイナミックメディアに対するビジョンを「コンテンツの制作、配信、および課金するための完全かつカスタマイズ可能なプラットフォームを提供すること」により「ダイナミックメディアのリーチとインパクトを拡大する」こととし、製品戦略として2つのソリューションを提供することとなった。

その一つがAdobe Creative Suite 3 Production PremiumとAdobe Media Platformである。Adobe Creative Suite 3 Production Premiumとは、クリエーターが自らのビジョンを実現できるようにするもので、クリエイターが直接使用するツールだ。一方Adobe Media Platformとは、メディアパブリッシャを対象としたメディア配信システムを提供するものと位置づけている。

Adobe Media Platformとは、パブリッシャが、(1)できるだけ多くの視聴者に、(2)複数のプラットフォームで、(3)さまざまな課金モデルに対応した、メディアの配信を可能にするため、パブリッシュ、エンコーディング、著作権管理、配信、再生を行うツール、サーバ、サービス、技術から構成されるシステムである。そのコアとなるのがAdobe Media Playerだ。これはAdobeが提供するクロスプラットフォーム、課金対応デスクトップメディアプレーヤで、ブラウザではなく単独のアプリケーションとなっている。

Adobe Media Playerの使用例

ダウンロードとストリーミング再生、オフライン再生、DRM、配信・サブスクリプション管理に対応。また数百万にのぼるチャンネルの中から、見たい番組を見つけられるようテーマ別、ジャンル別、タイプ別、俳優別、チャンネル別など、あらゆる角度からチャンネルを選択できたり、いままで視聴してきた番組データから好きそうなものを選んで表示する機能や友人からの推奨チャンネルを表示する機能もある。

さらにレーティングの導入といったソーシャル機能に加え、ブランディングと広告にも対応。ユーザーはテレビのような体験ができるようになる。これによりオンラインのリーチを拡大し、視聴頻度を高めることで、売上げの増大に寄与する。アドビシステムズ社のミッションとは、「コンテンツのクリエーター、プロデューサー、ブロードキャスターが、この新しい世界のビジネスで成功するためのお手伝いすること」であるという。

アドビが語るビジネスチャンスのポイント

--リッチメディア、ダイナミックメディアに大きなビジネスチャンスがあると訴えていましたね。

ヘイハースト氏 : リッチメディア、ダイナミックメディアは、ここのところ最もエキサイティングな部分だと思っています。1982年時点では、ケーブルTVの存在感はほとんどなかったわけですが、ビジネス的に大きな潜在性があることは分かっていました。それと同じ状況だと思います。業界を見回してみますと、放送事業、DVDをはじめとする光ディスクなどいろいろな選択肢がありますが、ユニークな価値を提供しメディアを大きく変えるのはオンラインとオンデバイスであることは間違いありません。そこに私たちはその市場に一枚噛むのではなくリーダーになろうと思っています。

--今回発表された製品、とりわけAfter Effects CS3やSound Booth CS3などは、いままでリッチメディア、ダイナミックメディアを手がけたことがないクリエーターたちにも身近に感じると思いましたが、使いやすさに重点を置いたのでしょうか

コールマン氏 : もちろんできるだけ使いやすくしようと開発してきました。After Effects CS3では、数百種類のプリセットデータを同梱して出荷します。そのなかには3Dテキスト、シェイプレイヤーという新しい機能のプリセットデータの他、従来の機能のプリセットデータも含まれています。加えてアドビ エクスチェンジにおいてオンラインでさらに数百のプリセットデータを無償で提供します。こうしたプリセットがあると簡単にスタートが切れます。プリセットを作ったプロの方から学んでいき、それに改良を加えていく。プリセットは私たちが提供している最高の教材ではないかと思っています。

--OnLocation CS3は、これまでのアドビ製品には見られなかったまさにアナログの機械そのもののようなユーザーインタフェースですね。これからもこのインタフェースは続いていきますか?

Adobe After Effects CS3

ヘイハースト氏 : あれは大変人気のあるインタフェースです。いくつかの映画学校の理事をしていますが、学生が使い慣れた機器のインタフェースにすることは価値があるという意見がありました。またユーザー体験のプロからは、ひと味違ったものをやったほうが、パワフルだとも言われました。この2つのことがOnLocation CS3のインタフェースに反映されています。

コールマン氏 : ただ、ソフトウェアのインタフェースは物理的な世界に限定されているわけではありません。ノブやダイヤルなど物理的なものを実際に操作するよりも、ソフトウェアのほうが使い勝手のよさを実現する上で自由があります。したがって、将来は違ったものになる可能性がないわけではありません。たとえば、OnLocation CS3のシェアシャットのインタフェースは物理的な世界では不可能なものです。OnLocation CS3ではそのへんのバランスがうまく反映されています。

ビデオカメラの制御が可能なOnLocation CS3は、アナログ的なユーザーインタフェースを備えている。Windows版のみのリリースだが、Boot Campを使えば、インテルMac上でも動作する

--今後どれくらい多くの人がリッチメディア、ダイナミックメディアに関わっていくのか、これがこれからの成功を占う一つの指針になりますか?

ヘイハースト氏 : 私たちの成功のポイントは2つあると思います。一つは、アーティストのニーズに応え、クリエイターの潜在能力を引き出せるような技術革新です。もう一つは、新しく台頭してきている分野に投資していくことです。というのもそこに私たちのユーザーがいるからです。アドビのビデオビジネスは昨年だけでも50%の伸びを示しました。これはProduction Studioがクリエイティブの潜在性を高めたことと、ワークフローの部分で実現されています。今回の新製品においてはさらにワークフローが統合されていますし、クリエイティブの可能性も高めています。またFinalCutユーザーにも非常に人気の高い製品群となっています。そういったところが私たちの成長を牽引してくれるでしょう。 ただ、おそらくビデオのプロのクリエイティブの人たちはそれほど急激には伸びないと思っています。もちろんそうなるとうれしいのですが(笑)新しい業界を作るより新しいメディアを提供するのが重要です。新しいメディアが出てきたときにそれ対するニーズがあり、それに応えない企業はリスクにさらされるからです。

--ところで今回、PremiereのMac版が復活しましたが、いったんMacから撤退されたのはなぜでしょう。

ヘイハースト氏 : ビデオグラファーから完全なプロのアプリケーションになるために、Premiereとして完全なリライトが必要でした。つまり何百万ものコードを書き直す必要がありました。もし両方のプラットフォームをキープしようとするとリリースまでに非常に時間がかかってします。また、ノンリニア編集ではかなりのCPUのチューニングも必要です。インテルとPowerPCという両CPUに対応するのは難しいものでした。そこで経済的な理由から一つのプラットフォームにしようとなったのです。しかし、アップルがインテルのCPUを採用したことが、Macに戻ることを加速させました。そういうわけで、Premiere Pro CS3とSound Booth CS3は、インテルCPUのみ対応で、ユニバーサルバイナリーではないのです。

期待のAdobe Creative Suite 3 Production Premium(Windows版 / Macintosh版)日本語版の発売は7月中旬を予定している