【レポート】

スーパーコンピュータで拡がる世界

5 日本の次世代スーパーコンピュータ開発計画

    安藤壽茂  [2007/01/01]

    日本の次世代スーパーコンピュータ開発計画

    スーパーコンピュータの性能の推移(出典:次世代スーパーコンピュータ開発実施本部のパンプレットより)

    この性能向上の傾向を延長すると、2011年にトップクラスとなるには、10PFlops級の性能が必要になると予想され、これが次世代スーパーコンピュータ開発のターゲットとなっている。そして、この10PFlops級のスーパーコンピュータの概念設計が現在進行中である。概念設計は、プロセサ構成、メモリ構成、システム内のネットワーク構成などのハードウェア構成、さらに、それに必要なソフトウェア構成について目標とする性能を達成できるスーパーコンピュータの基本的な構造を設計するものであり、理研の主導の下に、1案を富士通が担当し、もう、1案をNECと日立の連合チームが担当して検討を行っている。

    前に述べたように、天気予報を行うには、対象とする地域をXYZ 3方向のメッシュに区切り、それぞれのメッシュの状態を変数として方程式を解く。計算を行うには各メッシュの気温や湿度などの初期値が必要であり、気象観測や、最近では衛星からの観測などで初期値を得るが、当然ながら全部のメッシュについての正確な初期値を得ることは不可能である。そのため、台風の進路予測などでは、初期値を観測誤差の範囲でばらつかせてシミュレーションを繰り返し、それらの結果を総合して確率的な進路を割り出すアンサンブル予報という手法が用いられる。また、台風のようなコンパクトな現象を扱うには100Kmメッシュでは粗過ぎ、より細かいメッシュを使う必要があるのに加えて、アンサンブル予報では何十、何百回とシミュレーションを繰り返すことになるので、更に、強力な計算能力が必要となる。

    アンサンブル予報の例。90時間以内に台風の中心から120Km以内に入る確率をカラーで示している(出典:理研の次世代スーパーコンピュータシンポジウムでの発表資料)

    計算量が膨大で、これまでは小さな系の解析しか出来なかったが、ペタスケールの計算ができるようになると、実用的なサイズの系の計算ができるようになると期待されているのが新薬の開発や人体シミュレーションなどのバイオの分野や、カーボンナノチューブや触媒などのナノ機能材料の分野である。

    次世代スーパーコンピュータが拓く世界(出典:理研の次世代スーパーコンピュータ開発プロジェクトのパンフレット)

    薬の開発は、従来は、非常に多数の候補物質を試験管で効果を確認し、有望そうな候補について毒性の試験や、動物実験に進むという手順であるが、これらの実験は手間が掛かるので、新しい薬の開発には時間も金もかかる。これを、候補物質とターゲットとなるタンパク質との結合状態をコンピュータでシミュレーションして、有望そうな候補を効率的に絞り込むことにより開発の効率化が可能になると期待されている。

    一例であるが、糖尿病の薬であるインシュリンは、通常、2分子がペアとなり、このペアが3つリング状に繋がった6量体という形で存在している。しかし、これが血液中で分解して単量体にならないと血糖値を下げる効果を表わさないのであるが、この6量体の結合は比較的強固で、注射後、分解して単量体となって効いて来るには数時間を必要とするので、緊急の場合に間に合わない。このため、6量体となる結合部分のアミノ酸を少し変更して、結合力を弱くして30分程度で効いて来る薬が作られている。このような短時間分解するインシュリンの最初の製品は試行錯誤で作られたのであるが、分子シミュレーションを使うことにより、どの部分のアミノ酸をどう変えれば良いかを計算で求めることが出来、スーパーコンピュータの利用により更に即効性のあるインシュリンの効率的な開発が可能になると考えられる。

    また、分子レベルから心臓などの臓器のモデルまで多階層の人体モデルを作り、体の働きを理解して医療に役立てようという研究も行われている。一例をあげると、細胞レベルの心臓モデルにより、正常な鼓動だけでなく、収縮部分が散在し鼓動周期が短くなり心停止に至る心室細動も再現できており、薬や蘇生法の効果がコンピュータシミュレーションで検討できるようになってきている。このような研究が進めば、新薬の開発はもとより、遺伝子レベルの理解からそれぞれの個人に合わせて効果のある治療法を選択したり、手術の効果のシミュレーションを行って最適な手術法を選択したりするというような高度医療が可能になると期待される。

    生命体統合シミュレーション(出典:理研の次世代スーパーコンピュータ開発プロジェクトのパンフレット)

    自動車業界もコンピュータシミュレーションには熱心であり、昔はモックアップや試作車を作って改良を繰り返すという作り方であったが、現在では、デザインをCGで確認し、性能をシミュレーションで確認して試作車の製作回数を大幅に減らして開発期間の短縮とコストダウンを実現している。特に、最近では自動車の安全性に対する要求が厳しくなり、各種の条件での衝突に対して車がどのように変形し、乗員にどれだけの力が掛かるかなどの特性を求める必要があるが、これを全部、実車で衝突実験をやっていたのでは、時間も費用も大変である。現状では100万メッシュ程度で衝突シミュレーションを行っているが、地球シミュレータでその10倍細かいメッシュでシミュレーションを行ったら、衝突の際の鉄板のシワの寄り方が実験と非常に良く一致したという結果も発表されている。

    このようにスーパーコンピュータの能力が開発力に直結する状況となっており、強力なスーパーコンピュータの開発が期待されている。

    ナノの機能材料の分野では、カーボンナノチューブが期待の新材料であるが、現状では所望の特性を持つナノチューブを狙ったところに作ることは出来ていない。鉄やニッケルなどの微粒子の核からどのようにカーボンナノチューブが成長するかというシミュレーションのように、触媒の働きを原子レベルのシミュレーションで解析しナノチューブの成長過程をより良く理解することにより、これが実現できるようになると期待されている。また、歪シリコンや高誘電率絶縁体とシリコン界面の状態をシミュレートし、より良い半導体の作り方を開発するなどの用途にも用いられている。

    10PFlops級の次世代スーパーコンピュータで初めて可能になるシミュレーション(出典:理研の次世代スーパーコンピュータ開発プロジェクトのパンフレット)

    分子シミュレーションやカーボンナノチューブの成長なども、実験では観測できない詳細な過程をシミュレーションによって可視化することにより、重要な科学的知見が得られると期待される分野であるが、銀河系やブラックホールの衝突となると、これは実験室で再現して研究することは不可能である。従って、理論に基づくコンピュータシミュレーションで現象を理解し、それに対応する現象を望遠鏡で見つけて理論を確認するという方法で、科学のフロンティアーが切り拓かれている。

    2006年11月のTop500ランキングに入った日本のスパコンシステムは30システムであるが、米国は309システムと10倍以上である。また、中国も18システムをランクインさせており、インドは10システム、韓国は6システムという状況で、アジアの各国も追い上げてきている。天然資源が少なく、科学技術創造立国を目指す我が国としては、スーパーコンピュータ開発は不可欠の投資である。そして、以上に述べたように、スーパーコンピュータの活用により切り拓かれる世界と生活レベルの向上は、投資に十分見合う効果を発揮するものと思われる。

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