【レポート】

高学歴ホワイトカラーがハマる「殺人ゲーム」 - 中国

2 殺人ゲームを客観的に見る目が必要

    西山楓  [2006/06/26]

    だが、オドロオドロしい殺人ゲームが都市部のホワイトカラーたちの心を掴んだ背景、そしてその社会的影響には、単なるリラクゼーションだけでは済まない問題がありそうだ。まず、その血まみれのゲームコンテンツが、暴力に向かう気分を刺激し、好戦的な風潮を煽る危険性を無視できない。都市部での普及とブームが、人々の殺人行為に対する罪悪感を希薄化する恐れすらある。ゲームの中では、そのゲーム愛好家が普段どんなに純真善良な生活者であっても、殺人ゲームのバーチャル空間にあっては、殺し屋として最大限自分の身分を隠し、絶え間なく嘘をつき、或いは相手の嘘を見破ったりしながら、表情や身振りを変えつつ演技し、あらゆる手段を講じて脅威となる人を取り除こうとする。最終的な目的は、自分以外のすべての人の殺戮。言ってみれば、このゲームからは、本当の殺し屋のような人間にならない限り、他人に自分の命運を握られてしまうといった攻撃的メッセージが溢れ出ているのだ。

    ゲームの本質がリアル社会の諸要素を擬似空間で楽しむものである限り、どのようなものであれ、ゲーム参加者が一定程度お互いを攻撃し合うことで、一定の快感を得るという要素があることは否定できない。しかし、この殺人ゲームでは、われわれが本来持っている善良さ、友情、信頼、さらには人間性において最も大切な「愛」までが、このバーチャル空間の中で謀殺されそうな気がしてくるのだ。

    殺人ゲームは所詮ゲームに過ぎないが、人間の意識を、ゲームと現実の間ではっきり分けることは難しい。現にこのゲームの愛好家たちは、ややもすると現実の上司、あるいは気に食わない者を敵に見立て、ゲームの中で繰り返し彼らを殺すことによって恨みを晴らすという。殺人クラブの某経営者は、「ゲームの達人になるには『だまし』の達人になることが必須。正直者はゲームの中で永遠の負け犬になる」と語る。

    ところで、このゲームに欠かせない道具は「仮面」だ。一旦これを被ると、「真夜中に起きたことのすべて」が隠されてしまい、推理するしかなくなってしまう。こうした環境では、人々はすべて「不気味で怪しい危険人物」になり、誰もが信頼の置けない「詐欺師」となるわけだ。中国のとある報道によれば、普段は少しでも嘘をついたらすぐ赤面するような人でも、この殺人ゲームにハマり出すと、ゲームの中でどんな嘘をついても赤面しなくなるという。

    殺人ゲームはあくまで「口頭殺人」に過ぎないと思われがちだし、また愛好家には都市部のホワイトカラーや高学歴者層が多いことから、社会に対する危険性はそれほど大きなものではないと見られがちだ。しかし長期にわたり、このような雰囲気の環境に置かれていれば、利より害の方が大きいといえるだろう。仕事の中のごたごただけでも疲弊しているのに、ましてゲームの中で詭弁や責任逃れを競うとなるとなおさらのことで、「誠実は美徳なり」という中国の伝統的な価値観に対する深刻な脅威にすらなりかねまい。

    最終的には、我々も、この殺人ゲームをより客観的に見ていくべきだろう。名前そのものは恐ろしく響くが、そのゲームルールには論理的な分析や、コミュニケーション能力といったものを育む側面など、ある程度積極的な意義もあり、心理ゲームのカテゴリーに属する。事実、このゲームは海外の多くの企業で職員の思弁、表現及び判断能力判定で利用されている。殺人ゲームは生存ゲームの一種でもあり、夜の暗闇の中での隠密行動、暗闇の中で、競争相手を屈服させる特殊能力を育むものだ。社会が不断に巨大な競争圧力との折り合いを迫られてきている今、殺人ゲームは、急速に変貌する中国都市世界の生々しい断面を象徴するものとして、密かに息づいているのである。

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