【レポート】

「過労死」事件で揺れる中国・華為 - 高度成長の影で未熟な労働管理体制

    西山楓  [2006/06/12]

    中国国内主要各メディアの報道によると、さる5月28日の夜、中国IT業界のトップ企業である華為技術(以下「華為」と略)に勤務していた若手エンジニアの胡新宇氏(25歳)が、広州市内の中山医科大学第三付属病院で病死した。死亡の原因は、1カ月連続での過酷な残業による「過労」とされ、司法解剖では多くの臓器に著しい衰弱がみられたとされる。高度経済成長が続く中国。その象徴ともいえる超一流企業での事件に、中国社会が揺れている――

    事件を重視する華為経営陣

    1997年に四川大学無線電学部を卒業した胡新宇氏は、2002年に成都電子科技大学修士課程に進学、2005年に修士課程を修了後、華為に採用され、開発業務に従事し始めた。今年4月末の入院まで、彼は外部と隔離された環境の下、開発業務に従事、たびたび残業し、職場での寝泊りも珍しくなかったとされる。

    報道によれば、4月初めに胡新宇氏の所属する部門が外部と隔離された新プロジェクトの開発に着手した。プロジェクト始動後、胡氏はほとんど毎日会社に寝泊りし、長期にわたり実験室に閉じこもっていたという。4月28日になり、胡氏は体の不調を訴え入院、1カ月後に死亡した。

    胡氏のスケジュールは過酷を極めていたとされる。毎夜10時近くに会社の送迎バスに乗り、職場から自宅まで1時間ぐらい揺られ、自宅に辿りつくのは夜11時過ぎだ。しかし朝は朝で、7時に起床し、会社の送迎バスに乗らなければ仕事に間に合わない。とくにプロジェクトの始動後は、たびたび会社に泊まり込み、実験室の床にマットを敷いて寝る生活が続いた。深夜2時までの残業があっても朝は相変わらず早く、8時に朝食、9時にタイムカードを打って勤務開始という状況であったという。

    華為のスポークスパーソン・傅軍氏は「会社としては痛恨の極みだ」とした上で、過労は胡新宇氏死亡の直接的原因ではないが、確かに相関性は認められるとコメントした。同社経営陣も事件の処理を高度に重視、事件後は残業制度を見直し、夜10時以降の残業は許可を得なければならず、また、マット一枚での睡眠などは不可、と社内関連規定を変えたとされる。

    華為の伝統「フロアマット文化」

    ところで、手元に深セン市社会科学院 経済研究所所長・許明達氏による、華為の成功を賞賛する文章があった。許氏はそのなかで、「企業に対する責任感、開拓精神、敬業精神とチームワーク精神」が、華為の唱えている「企業文化」であるとしている。

    その文章の中で触れられているが、華為総裁の任正非氏は並外れた思想の持ち主で、企業には「狼」の精神が必要という持論を持っているそうだ。「狼」には三つの特徴があり、一つは鋭い嗅覚、もう一つは不撓不屈で身命をもなげうつチャレンジ精神、最後の一つがチームワーク精神だという。

    許明達氏は、次のように書いている。「草創期の華為は一つの伝統を残したが、それは『フロアマット文化』とでもいうものだ。ほとんどすべての開発技術者が一枚ずつフロアマットをもっており、畳んでロッカーか机の下にしまっておく。昼休みの時、床の上にそれを敷いて、横になって休憩する。夜遅くまでの残業でも家には帰らず、疲れた時はその上で一服し、起き上がってまた仕事を続ける。一枚のマットが半分の「家」となる。華為人はこのマットを頼りに困難な創業の道を歩んできた。『フロアマット文化』は、華為人の能力を最大限に発揮させる精神的シンボルとなったのだ」

    華為のベテラン職員は、もうマットを使うこともなくなった――と華為の社員が漏らす。ベテラン職員はすでにキャリアも地位も株券もあり、収入も多い。しかし、後から入った職員はそう恵まれてもおらず、必死の努力を続けなければ、高い業績評価を獲得することは難しいとされる。

    こうした状況の一端を、華為の社員コードから見ることができる。2万番までがベテラン社員、4万番以降は新参社員で、胡新宇氏の社員コードは4万番以降だった。彼が昼夜を問わず、がむしゃらに残業をした唯一の原動力は、高い業績評価を得るためだけだっただろう。

    「過労死」が存在せず

    華為の労務管理の猛烈ぶりは、外国人関係者の間でも有名だったという。ある外国人エンジニアは、「担当者が受注契約をした瞬間から、もしあなたがそのプロジェクトチームのメンバーであれば、そのプロジェクトのために『身命をなげうつ』覚悟で働かねばならない」と語った。華為には、より安いコストとより短い納期でEricssonなどに代表される多国籍企業とシェアを争う宿命があるからだ。ある開発部職員の話によれば、華為は職員の残業をその業績評価の一部と見なし、会社全体の企業文化そのものが「残業奨励」だという。

    華為の「フロアマット文化」は、1988年の成立から今日に至る組織DNAに、不変のものとして組み込まれているというべきかもしれない。いまでも華為の職員一人一人の机の下には休憩用の「マット」がしまってある。華為は凄まじい発展を遂げ、いまでは中国企業のイノベーションパワー、国際化のシンボル的存在だ。2005年における華為の営業収入は453億元にも上り、地方税及び各種関税、増値税を合わせて総額40億元の税金を納付している。また華為は1万人を超える膨大な開発チームを持っており、その中の3分の2以上が大学本科以上の学歴を持ち、その業務は全世界に及んでいる。

    筆者は、職員が「過労死」した場合、一般論としてそれ相応の補償を受けられるかどうかについて、北京の労働管理部門に問い合わせたが、現在中国では労働保障の範疇において「過労死」という概念が存在しておらず、このために「過労死」と認定されてもそれ相応の補償を受けることはできないとのことだった。

    「過労死」が労働保障の範疇で扱うことができないため、仮に「過労死」があった場合で、遺族が補償を希望するときは、労働管理部門の規定に基づき、補償が受けられるかどうかが検討されることになる。「過労死」した当人が生前労災保険に加入していたかどうかなど個別の状況を見ながら、さらには「工傷保険条例」の規定によって具体的に分析し、規定に適合すると判断された場合には一定の補償が受けられるという。

    高度経済成長の影で「過労死」問題が起こるのは、日本で重々経験済みのことだが、中国ではまだ法律体系そのものが整備途上だ。今後もこうした事件が起きる可能性は高く、関連法規・規定の整備、企業レベルでの労働管理体制の整備が待たれるところとなっている。

    <参考>
    華為技術は次世代電信ネットワークソリューションの世界的なベンダー。華為の製品及びソリューションは、モバイル(HSDPA / WCDMA / EDGE / GPRS / GSM、CDMA2000 1X EVDO / CDMA2000 1X、TD-SCDMAとWiMAX)、コアネット(IMS、Mobile Softswitch、NGN)、ネットワーク(FTTX、xDSL、Metro WDM、OSN、LAN Switch)、電信付加価値業務(IN、mobile data service、Boss)、端末(UMTS / CDMA)など多岐にわたっている。また、その営業及びサービスネットワークは全世界に及んでいる。現在華為の製品及びソリューションは、世界50強運営キャリアの28キャリアで応用されており、ユーザーは全世界で10億人を超えていると言われる。

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