【インタビュー】
最新の2006年インターネット白書(発行:インプレスR&D)によると、世界のインターネット利用者は約10億人。日本国内におけるインターネット普及率(世帯浸透率)は85.4%に達している。日本に住んでいると、インターネットは既に誰でも何処でも使うことができると感じられるが、しかし世界の人口は約60億人であり、インターネットはまだ全世界の人口の6分の1程度しか普及していないことになる。新興国では、インターネットはまだまだ一般に普及していないのだ。インターネット上で展開されている膨大な情報にアクセスできるかできないか、ということが、デジタルディバイドと呼ばれる国際的な社会問題になっているなかで、新興国におけるインターネットの普及は人権的に見ても急務であると考えられている。また、マーケットの期待も大きい。既にインターネットの普及率から見て飽和の域に達している先進諸国よりも、これから爆発的な普及が期待される新興国地域に適したソリューションを提供していくことは、より大きなビジネスチャンスを産む。
この観点に立ち、米Microsoftは「FlexGo」技術を開発した。これは、現在のパーソナルコンピュータが買い切りの製品である所を、携帯電話のようなサブスクリプションデバイスに変えることができる技術だ。携帯電話は新興国地域においても爆発的な普及を見たが、その理由は、携帯電話がサブスクリプションデバイスであるからだという。新興国市場では、多くのユーザーがプリペイド方式の携帯電話を使っている。サブスクリプションデバイスとは、デバイスの製造単価よりも安い初期費用で購入し、月額のサービス料金の中で残りを支払ったり、プリペイドで時間利用権を購入して、購入した時間分だけ使えるシステムを指す。そこでPCを、携帯電話と同じようなサブスクリプションデバイスにしよう、というのが、FlexGo技術の目指すところだ。PCをサブスクリプションデバイスにすることで、インターネットプロバイダが無料でPCを配り、月額のインターネットサービス料金の中でハードウェア費用を負担したり、ノートPCをプリペイドカードによって、必要な時間だけ使うといったサービスを受けることができる。少額の費用で、必要に応じてPCを使うことができるようになる。
このような構想の下で考案されたFlexGo技術は、ハードウェア、ソフトウェアとサービスを組み合わせた技術だが、PCを動作させるOSについては、従来のx86命令セットに対してFlexGo技術に対応した新しい拡張命令セットを追加し、これに対応したものになっている。当然、CPUもこの拡張命令セットに対応している必要がある。米TransmetaのVice Chairman兼CTOのDavid R. Ditzel氏は、「新しい拡張命令セットに対応したCPUを作る場合、普通は回路を再設計し、マスクを作るところから始めなければならない。半年はかかるだろう。しかし我々はすぐに提供することができた。それはCMS(コードモーフィングソフトウェア:ハードウェア仮想化技術)のおかげだ。コードの修正にもすぐに対応することができる。Microsoftは我々の技術の優位性をとても良く理解してくれた。我々は極秘裏にこの開発を進め、世界初のFlexGo対応CPUを提供する事ができた。それが、先日発表された、「AMD Efficeon」だ。既に、ブラジルで試験を行っている」と誇らしげに述べる。
FlexGo対応PCは、プロセッサ以外についても専用のハードウェアで提供される。理由は、クラッキングを許さないためだ。もし簡単にクラッキングが可能であれば、プリペイドで利用するサブスクリプションPCを安く仕入れ、その利用権の認証機能を解除して不正に無料で使ったり、パーツを分解して売りさばき、不正な利益を得ることが出来てしまう。こうしたことを避けるため、ハードウェア全体がセキュアに作られていなければならない。このため、Microsoftはマザーボードのリファレンスデザインも提供した。メインメモリやプロセッサはマザーボードに直付けされ、外すと機能しなくなるようになっている。また、通常は基板の表面にプリントされる配線も、基板の内側に埋め込まれ、信号を簡単には検出できないようになっている。このマザーボードは6層基板で、台湾のFIC(First International Computer)で製造されるという。Ditzel氏は述べる。「AMD Efficeonを搭載したFlexGo PCは動作も十分に速い。しかもファンが不要で、消費電力も少ない。12V電源で動作するため、自動車のバッテリーを使って動かすことも可能だ。」家庭用電源の行き渡らない新興国の過疎地であっても、自動車のバッテリーで動作させることもできるわけだ。
こうした流れの中で、同社は「LongRun2」テクノロジを用い、よりEfficient(効率の良い)なCPUの実現を目指していく。LongRun2は永らくTransmetaの次世代省電力技術として表明されながら、なかなか具体的な製品が登場しなかった。しかし現在、富士通の90nmプロセス対応の半導体製造工場にてサンプルが作られており、Spring Processor Forumでは、そのサンプルの統計結果にもとづいたLongRun2の効果を示すデータが示された。
初代LongRunでは、電源電圧制御技術が導入された。LongRun2では、新たにリーク電流の制御技術が導入されたとされているが、その実態はトランジスタのスレッショルド電圧を調整することができる基板バイアス技術である。同社では、まったく可変技術を導入しない場合、電源電圧制御のみ導入した場合、電源電圧制御に加えてスレッショルド電圧制御を導入した場合という3パターンを調べて、結果を示した。これによると、全く可変技術を導入しなかった場合、200個のサンプルを1.0V 1.5GHzで動作させ、その消費電力を調べると、下は3Wから、上は9.5Wまで分布が広がったという。この場合、製品の仕様としては、1.5GHz動作で消費電力は9.5Wにしなければならない。次に、電源電圧を制御すると、消費電力は下は2.5Wから上は6.5Wまでと減少する。さらに基板バイアス技術によりスレッショルド電圧を制御すると、消費電力は下は2Wから上は3.6Wまで下がるという。従って、製品仕様として見た場合、何もしなければ9.5Wである製品が、LongRun2を実装することで、3.6Wと約2.6倍の改善を見るというのである。これは、プロセステクノロジの数世代分に相当する改善だと述べる。(この実験は、LongRun2の制御ロジックを使って、同一のサンプルセットを様々な条件下で動作させている。なお、電源電圧を固定した設定でも、スレッショルド電圧を変化させることで4W(1.5GHz)の最大消費電力という結果を得ており、コストのかかる電源電圧制御を実装しなくても、良好な省電力効果を得ることができると述べている)
-- LongRun2はどのような基板バイアス技術を使っているのか。
David Ditzel) 通常の基板バイアス技術よりも、より優れた技術を使っている。普通の基板バイアス技術では、制御電圧をメタルワイヤで各トランジスタに分配する。普通の技術者はそのように実装を考えるだろう。しかしそのような配線を組み込むと、CPUのダイサイズが大きくなる。これはだいたい5%程度だ。これはコストに跳ね返る。メーカーはこのコストと効果を天秤にかけて、悩んできた。しかし我々は違う方法を考えた。我々の方法を使うと、チップエリアが増えることもなく、レイアウトの変更も不要だ。実はメタルワイヤを使わずに電圧を配るのだ。これは特別な技術だ。プロセスは通常と同じだが、構造をうまく利用して電圧を配っている。実に奇想天外な方法を編み出したのだ。製造コストを増やさずに基板バイアス技術を実現したことで、この技術を社会的に実現化できたと思う。おそらく、NEC、東芝、SONY、富士通といった大手半導体メーカーがLongRun2のライセンスを獲得した理由の一つに、この実装技術があると思う。
-- 基板バイアス制御のためのコントローラはあるのか。Reverse Body BiasとForward Body Biasは両方使っているのか。また、制御は静的なのか、それとも動的なのか。
David Ditzel) コントローラは持っている。従ってRBBとFBBは両方のセッティングが可能だが、基本的にはRBBを推奨している。FBBではラッチアップが起きやすいからだ。また、制御についてだが、もちろん動的な制御は可能だ。今回の試験結果は、簡単のために静的な制御を行った。
-- SOIとの組み合わせは可能なのか。
David Ditzel) SOIはまだ使っていない。使おうとしているところもあるが、SOIはコストがかかる。SOIなしでも同等の効果が得られると考えており、SOIを使う理由はないと思っている。
-- マルチコア技術をどう捉えているのか。
David Ditzel) ハイパフォーマンスで高価なCPUのビジネスはIntelやAMDに任せる(笑)。もう既に現在のCPUはPCにとって十分なパフォーマンスを提供していると思わないか? マルチコア化して高価になったCPUよりも、シングルコアで電気を使わないCPUの方が、新興国市場では歓迎されるはずだ。我々はFlexGo PCに注力していく。
LongRun2は、まだ市場の製品には実装されていない。Ditzel氏は述べる。「我々の目指す方向は、今日の話で明らかでしょう。我々は省電力で安価なCPUのための技術を開発し、これを新興国市場向けのPCに提供していく。」
Transmetaの新しいマーケットは、今後顕在化していく新興国市場にある。FlexGo技術と一体となり、PCをサブスクリプションデバイスとするためのキーとなる技術を提供していく。FlexGoが、今後拡張命令セットを新たに追加する場合には、同社のハードウェア仮想化技術はその優位性を発揮するだろう。また、高効率かつ省電力なCPUは、電源が乏しく、劣悪な環境においてもPCを安定して動かすことができる。
登場当時、ノートPCなどモバイルデバイス向けの技術と喧伝されてきたTransmetaの技術。しかしその市場においてはIntelやAMDの追求が急激だったため、厳しい立場に置かれた。それが、FlexGoの登場にともない、新興市場向けのサブスクリプションPCのための技術として新たな価値を与えられたのだ。
今回のインタビューでは、David Ditzel氏は終始笑顔で、喜びが隠しきれない印象だった。テクノロジは、良いマーケットに巡り会わないと幸せになれない。Transmetaの開発してきた技術が、新興国市場に狙いを定めたFlexGo PCのコンセプトを具現化するキーテクノロジと位置づけられたことは、今後の同社の発展を期待させるに十分だ。なお、LongRun2の開発に関しては、「(東京大学の)桜井教授らにコンサルティングをお願いしてきた。そうしたコンサルティングを依頼している教授は米国には居ない。ここ日本の先生にお願いしてきたのだ。」と述べた。
(撮影:石森亨)
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