【インタビュー】

Hypertextの父・Ted Nelson氏、来日 - 可視化されたHyperlinkの世界"FloatingWorld"

5 「コンピュータは紙に戻るからダメなんだ」

    美崎薫  [2006/04/11]

    ハイパーテキストの可能性

    XanaduからテキストベースのZigZag、そして「CosmicBook」を経て「FloatingWorld(フローティングワールド)」へ。ネルソン氏のXanaduには、次のような機能が想定されている。

    • <代替バージョン>機能と<時間的な追跡>機能 - 変更と追跡をすべて自動的に処理する自動記憶システム
    • <リンク>機能
    • <所有権>管理機能(マイクロペイメント)
    • <トランスクルージョン>機能 - 「引用窓」による複合文書
    • 電子出版
    • ネットワークによる分散されたシステム管理

    ハイパーテキストが、現在もまだ実現していない多くの可能性をもつものだということは、この歩みそのものが物語っている。

    「コンピュータは紙を模倣している。紙に戻るからダメなんだ」と、ネルソン氏はいう。幼いときに、紙よりも早くゲームや携帯電話に触れることが増えてきた21世紀生まれの子供たちこそが、ほんとうのハイパーテキスト、紙に束縛されない自由を得ることができるのかもしれない。ハイパーテキストには、もっと小さなファイル/可能性/断片が多様に存在し得るのだ。

    「日本のオフィスワーカーも、ジョイスティックで仕事をするような時代がやって来るよ。10年先の未来にはね」

    GUIの次になにが来るのか。それはインタフェースの熱いテーマとして模索が続けられているところだ。3D空間なのか、MITメディアラボ 石井裕教授のタンジブル・ビッツなのか、それとももっと違うものなのか。

    Googleがあればハイパーテキストなんかいらないと、ビジネスユーザーは思うかもしれない。次々と新しい言葉が次々と出てくる現状で、そんな先の未来は関係ないと思うかもしれない。しかし、筆者はそれとすこし違う考えをもっており、ネルソン氏から話を直接伺って、ますますその思いを強くした。

    ミヒャエル・エンデは、「わたしはこの歳になって、人生において大事なことは、みんな無償のことだと、そう信じるようになりました。それだけが本質的なことなのです。それ以外のものはビジネスにすぎない」(「ものがたりの余白 エンデが最後に話したこと」岩波書店)と言い残して亡くなった。

    ハイパーテキストには、始まりもなければ終わりもない。ただ編集され続ける複雑な可能性があるだけだ。多様性を支えるハイパーテキストは、それまでのツールとはまったく違う思考法を可能にするだろう。思考そのものは脳がしているので道具によらないとしても、道具は行動を強く左右する。その積み重ねはいつのまにか人を新しいところに連れていくだろう。

    ほんとうに大切なものと戯れ続けるネルソン氏は、キュートなナイスガイだった。「これからアキハバラに、MPEG-4にエンコードできる小型のビデオを買いに行くんだ」。そう言い残して、ハイパーテキストの父は暮れなずむ町に消えていった。

    (撮影=中村浩二)

    関連記事

    関連サイト

    新着記事

    特設サイトの情報

      人気記事

      一覧

      イチオシ記事

      新着記事

      特別企画

      マイナビニュースマガジン