【レポート】

「モリゾー&キッコロ」の故郷を訪ねてきました

4 「何もない」が素晴らしい

    日高彰  [2006/01/01]

    誤解を恐れずにあえて言えば、海上の森には面白いものは何もない。もちろん希少な生き物が大量に生息する貴重な自然であることには違いないのだが、知識のない素人がいきなり来てみても、どこまでも雑木林の連続にしか思えないだろう。だが、この森の魅力はまさにその「何もない」ことにある。「自然とのふれあい」をうたいながら徹底して管理・整備しつくされた公園や観光地ではないし、逆に人の手が全く入っていないピュアな野生状態でもない。「自然との共生」といったお題目なしでも、昔から海上の森はずっとここに人間とともに存在していた。人間の生活を含めた、広い意味での「自然」がここにはある。

    万博会場地となったことで、県による民有地の取得が行われ海上の森の県有地はさらに広がった。この近くで農作業をしていた人に聞くと「万博がなくなったからこの土地は何も使われていない。いまはときどき県の業者が草刈りに来るくらい」とのこと

    海上の森に万博会場として白羽の矢が立ったのは善し悪しである。メイン会場になっていれば、いまよりももっと多くの自然が失われただろう。しかし、会場候補にさえなっていなければ、全国的な注目を集めることなく、誰も知らないうちに切り開かれてしまっていたかもしれない。

    東名高速道路から分岐している名古屋瀬戸道路。万博長久手会場の近くで終点となっているが、当初は海上の森に開発されるはずだった新住宅市街地へのアクセス路になる計画で、このまま進んで海上の森を貫く予定だった

    海上の森が残ったことについての評価は冷静に行われなければならない。確かに森は守られたが、全国的に見れば、いままさに切り開かれようとしている森はいくらでもあるだろう。ある森で行われようとしていた開発が別の森に移っただけでは意味がない。また、先にも触れたとおり、海上の森は人の手による適度な管理が行われてきたことで、豊かな自然をいまに残すことに成功している。誰も森の手入れをしなくなってしまったら、後世に残すだけの価値のある里山であり続けることはできず、それこそ本当に単なる雑木林になってしまう。「海上の森は残りました、めでたしめでたし」で終わらせない、言いっぱなしにしないことが何よりも重要だといえる。

    とはいえ、海上の森から少し離れたところにある台地に上り、この森を見渡してみると、こんな「何もない」広大な森が街のすぐ近くに存在しているのは、やはり大変貴重なことだと感じる。こうして森がほぼそのまま残されたことをひとまずは手放しに喜びたいし、またいつか再びモリゾー&キッコロを探しに海上の森を訪れてみたいと思う。

    海上の森近くの小高い台地から森を見渡す。引き続き議論すべき点は多く残されていると思うが、ひとまずは森がこの形で残ったことを喜びたい

    最後に、確かに里山は見歩いて楽しめるところでもあるが、それ以前に、そことかかわりながら暮らす人たちの生活の場である。愛知万博を契機に里山への注目が高まったのはいいが、林道へ車でむやみに進入したり、私有地に無断で入ったりする人が増えて困っているという声も聞かれる。散策にあたっては十分マナーを守るようにしたい。また、海上の森にはよく整備された林道や歩行路があるが、そこから外れた作業路の中には迷いやすい道も多い。ケガや事故の元になるので、案内図に示された道を歩くようにしよう。

    リニモ万博会場駅前。毎朝多くの人が列をなしたメインゲートはすでに解体されている

    長久手会場では、施設の解体と再び公園にするための整備が進められる

    名古屋市内を流れる矢田川。海上の森の水系はこの川の源流にあたる。ひょいとまたぐことのできる小さな流れが合わさって、この広い川を作っている

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