【レポート】

今年行きたい国はドイツ - 日本におけるドイツ年2005/2006

1 学術都市Göttingen

    井原久美子  [2006/01/01]

    2005年、2006年は「日本におけるドイツ年」にあたる。6年前の1999年、2000年にドイツで開催された「ドイツにおける日本年」を受けて、ドイツ連邦共和国大使館、同外務省等が主催する親日イベントだそうだ。もうそろそろにわかファンにも火をつけるか? という「2006 FIFA World Cup Germany」に勢いを得て、目下、様々なイベントを各地で展開中。つい先日は、東京・京王線、大阪・JR西日本でトレインジャック(電車の車両を同じ広告でうめつくすこと)が行われていた。

    DaimlerChrysler、Volkswagen、adidasはもちろん、Carl Zeiss、Leica、SAP、SUSE Linux、Infineon Technologies AG、Siemens……など、IT業界に馴染み深いドイツ系企業も意外に多い(「ドイツ年」に参画しているメーカーも)。毎年春には、世界最大規模のIT見本市「CeBIT」(Niedersachsen州Hannover)が、2年毎の初秋には、写真・映像展示会「photokina」(Nordrhein Westfalen州Köln)が開催される

    私自身はいっときGöttingen(ゲッティンゲン)で暮らしていたこともあり、ドイツに親しみを抱いている。自然と「ドイツ年」に目が行く反面、日本の関心はどこか散漫で残念に思うのだが……。滞在当時の日記や写真、絵はがきが残っているので、それらを交えつつ、少しだけドイツを紹介しよう。

    珍しく毎日つけた日記と、ドイツから日本に送った絵葉書。新しい楽しみ方としては、これらを眺めながらGoogleローカルで現地を確認する

    「1(Donnerstag) - Lufthansa(ルフトハンザ)航空LH743便で出発! Frankfurt(フランクフルト)空港まで13時間30分……Göttingenまでバスで4時間30分……深夜過ぎに大学寮に到着」当時使用していたデジタルカメラは有効画素数200万画、粒子もかなり荒い

    Universitätsstadt Göttingen

    「2(Freitag) - 今日から暮らす私の部屋(左)。リビングやキッチン、トイレ、シャワールームは寮のフロアメイト4、5人でシェアするようだけど……(右2枚)。誰がトイレットペーパーなんかを買っているのだろう? お決まりのメーカーがあるのだろうか? 冷蔵庫に食料を入れたいけれど、ひょっとしたら陣地がするのかもしれない。メモ: Ich bin neu. Angenehm!(新人です、はじめまして!)」

    Georg-August-Universität Göttingen(ゲオルク・アウグスト・ユニヴェルズィテート ゲッティンゲン)。通称国立Göttingen大学は、数多くの法学者、数学者、哲学者、そしてノーベル賞受賞学者を生み出したことで知られている。Niedersachsen(ニーダーザクセン)州 Göttingenは、このGöttingen大学の"学術都市"(Universitätsstadt/ユニヴェルズィテーツ シュタット)として長い歴史を栄えてきた。誰もが知る観光地……というわけではないが、より"素"のドイツに近い、中世の文化がわずかに息づく街である。かつては、「Göttingen 7」(ゲッティンゲン ズィーベン/ゲッティンゲン7教授) 事件の舞台となった地でもあった。

    「2(Freitag) - 昼 Göttingen大学に初登校。途中、何度か道に迷ったが何とかセーフ。敷地内には一般の人も多く出入りしているようだ。放課後は資料や必要なテキストを買いに本屋へ。街の方には大きな店が多いが、小道にはこんなレコード店もあった。かわいい」

    「5(Montag) - 大学主催の市内探索に参加。まずは市街地から。広場は色とりどりの花や果物、野菜であふれている。どこの家庭でも窓辺に花を飾っている。聞くところによると、花を育てない隣人は心無い人と思われるのだとか」

    「Göttingen 7」とは、1837年、フランス自由主義運動「市民革命」に影響を受けた新憲法を、Hannover(ハノーバー)選帝侯Ernst August(エルンスト・アウグスト) が破棄。これに対し、国立Göttingen大学の7教授が……つまり公務員7人が真っ向から異議を申し立て、4人が免職、3人が国外追放となった事件である。7教授の行動は自由主義を求める市民達を勇気付け、結果、ドイツ中の世論がこの地に集まった。当時、大学を去る教授達を、多くの学生・市民が惜しんだといい、彼らの名誉ある"退官"は今でもGöttingenの語り草となっている。

    「23(Freitag) - 大通りにある聖ヤコブ教会(写真)は、客足が途絶えない。さらに街はずれには聖マリア教会を発見。そちらは人の姿が無く、静寂が耳に痛いほど。最前列に座ってじっと耐えてみる」

    「2(Freitag) - Aula前広場のベンチで昼寝中。ちょうどAulaの屋根が見える。この後はパンでも買って帰ろうかなぁ」Aula der Universität Göttingen(アウラ デァ ユニヴェルズィテート ゲッティンゲン/ゲッティンゲン大学大講堂)。かつて最上階には学生牢があった。植物園やシアターなども市内に完備されている

    「3(Samstag) - 散歩がてら、1人探検。郊外を歩いていると、学校をみつけた。小学校のようだけれど、とっても古そう」

    さて、この「Göttingen 7」には、かの有名な「グリム兄弟」(Brüeder Grimm/ブリューダァ グリム)も名を連ねている。彼らは優秀な文学者・言語学者としてGöttingen大学で教鞭をとっていた。彼らの残した「グリム童話」は、もともとは資料的価値の高い民話集であり、多くは日本でいうところの子供向け絵本ではない。彼らは地方を旅し、そこで語り継がれる物語を集め編集し、これを出版した。一部子供向けとして出された本もあったが、それらは、原話にグリム兄弟が、あるいは第三者が手を加え、各地で重版されるに従って形を変えていったものである。今の「グリム童話」に至るまではとても長かった。

    とは言いつつ、エンターテインメントとして話題の同作品。「売れる作品好き」として自他共に認める私は、1度は観ておきたいと映画館に行った。左が弟のヤーコプ、右が兄のヴィルヘルム。彼らは魔女退治・化け物退治・悪魔祓いなど、各地の伝承を食い物にペテンを働くが……。本物の魔法が存在していたとしたら? 映画「ブラザーズ・グリム」東京・丸の内ルーブルほか全国ロードショー

    「3(Samstag) - "世界で1番キスを受けている"Liesel像を見て感激。ふっくらとした頬がとても愛らしい!」Märchenstraße"Frau Holle"(メルヒェンシュトラッセ"フラウ ホレ"/メルヘン街道"ホレおばさん")ルートの「Gänse Liesel」像。横は毎年夏に行われる「SOMMER KURS」(ゾマー クルス/夏期語学研修)の旗。この時期には、学生交換協定のもと、世界各国の学生・教授がGöttingen大学を訪れる

    余談だが、彼らを主人公にした映画「ブラザーズ・グリム」が公開されたそうだ。作中、彼らは「文学者まがいの賞金稼ぎ」として、コメディタッチに描かれている。が、実のところ、彼らはその生涯のほとんどを学問に費やしており、「賞金稼ぎ」とは程遠い。ある日の彼らは、朝食を数度に分けて食べ、汚れていない衣服を交互に使った。生活に窮する家族を養うため、誠実に研究に取り組んだ。そんな彼らが、職を失おうとも意志を曲げなかったのには、何かしら感じるところがある。

    街の中心地Altes Rathaus(アルテス ラートハオス/旧市庁舎)前には、グリム童話「Gänse Liesel」(ゲンゼ・リーゼル/ガチョウ番娘リーゼル)像がある。毎年卒業シーズンになると、博士号を取得したGöttingen大学の生徒達が、彼女に花束を捧げ、その頬にキスをする。まさか、今なお兄弟に敬意を表しているわけでもないだろうが、日々像を眺めながら「いい国だ」などと思っていた。

    がちょう番の娘

    昔々、ある国のお姫様が、遠い国の王子様のもとへ輿入れすることになりました。ひとりの侍女と、人語を話す馬・ファラダをお供に、そして、お妃の血を3滴垂らした小布を懐に、国を出たお姫様。ところが……道中、侍女に脅されたお姫様は、小布を落とし、服を取り替えられてしまいます。とうとう王子様の国へついたお姫様、もといかわいそうな侍女は、がちょう番をさせられることになりました。真実を知るファラダも、首をばっさり。それから毎日2度、がちょう番娘は、トンネルアーチに飾られた馬の首とおしゃべりをするようになったのです。こっそりその様子を見ていた王様は……。

    大学のキャンパスで主人を待つペット達(上段左右)とたくさんの木々(下段左右)。絵になる中央通りは、写真にとってポストカード用に加工してみたり(中央)

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