【レポート】
東京大学大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター助教授の染谷隆夫氏と、東京大学国際・産学共同研究センター教授の桜井貴康氏らの研究グループは、IEDM 2005にて有機トランジスタ回路とプラスティックMEMSアクチュエータを統合した柔らかい点字シートについて発表した。既に今回の会議に先立ち、その概要が発表されているが、IEDM 2005ではその物理構造についてもより詳しい説明が行われた。
今回発表された柔らかい点字シートは、プラスチックフィルムの上に形成された有機トランジスタ回路と、高分子膜によるアクチュエータで点字を動かすもの。柔らかく大面積を得意とする新しいデバイスである有機トランジスタ回路と、論文ではプラスティックMEMSと表現されている微細な高分子膜によるアクチュエータを組み合わせた、今までにない装置の可能性を示した研究である。もちろん、研究の目的は、有機トランジスタの豊かな可能性の一例を示すこと。今回は、プラスチックMEMSと表現された微細な機械と組み合わせることの面白さの一端が示されたと言えるだろう。
今回の有機トランジスタは、以下のような構造を持っている。基板はポリエチレンナフタレンもしくはポリイミドを採用、この上にゲート電極のために50nm厚の金を塗布、さらに5nm厚のクロムを接着のために塗布する。次に、ポリイミド前駆体をスピンコートし、180度で硬化させ、240nm厚のゲート絶縁膜層を形成する。その上に、50nm厚のペンタセン層を、トランジスタのチャネルのために堆積させ、ソース・ドレイン電極のために同じく50nmの厚さに金を蒸着させる。このようにして形成されたトランジスタのゲート長は20μm、ゲートの幅は49mmとなっている。ゲートの幅が著しく広いが、これはゲートを一直線に構成せず、折り重ねるように構成した結果、チャネルの有効幅を広くすることができたものと思われる。このようにして出来たトランジスタ全体を、8μm厚のパリレン膜で覆っている。電極のための貫通ビアは、CO2レーザーを用いて形成する。この有機トランジスタのキャリアの移動度は1平方cm/Vsとなった。
参考までに今回の有機トランジスタを、昨年のIEDM 2004で発表された同グループの有機トランジスタと比較してみよう。IEDM 2004で発表された有機トランジスタは、同じくポリエチレンナフタレンの基板上に形成、ゲート電極のための金の層は150nm厚となっている。次にゲート絶縁膜を形成するポリイミド層は630nmの厚さを持つ。チャンネル層は同じくペンタセンを用い50nm厚、ソース・ドレイン電極も60nm厚の金の層を用いている。ゲート長は18μm、ゲートの幅は400μmとなっている。そして、キャリアの移動度は0.7平方cm/Vsであった。
比較すると、IEDM 2005で発表された有機トランジスタは、IEDM 2004で発表された有機トランジスタに比べて、ゲート電極の厚さが3分の1、ゲート絶縁膜の厚さも約38%まで薄くなっている。またゲート長はほぼ同等だが、ゲート幅が2桁以上広くなっている。キャリアの移動度も0.7平方cm/Vsから1.0平方cm/Vsまで増えている。キャリアの移動度を増し、ゲート絶縁膜を薄くし、ゲート幅を広げることは、いずれもトランジスタのオン電流を増やすことにつながる。トランジスタの使用目的が異なるので、一概の比較はできないが、2004年に比べて性能の向上したトランジスタを用いていることは明らかだ。特に、製造歩留まり(イールド)はゲート絶縁膜の厚さに強く依存すると述べており、この厚さが大幅に薄くなったことは、有機トランジスタの製造技術が進んでいることを示していると思われる。
| 有機トランジスタの比較 | ||
|---|---|---|
| 比較項目 | IEDM 2005 | IEDM 2004 |
| ゲート電極厚 | 50nm | 150nm |
| ゲート絶縁膜厚 | 240nm | 630nm |
| チャネル厚 | 50nm | 50nm |
| ソース・ドレイン電極厚 | 50nm | 60nm |
| ゲート長 | 20μm | 18μm |
| ゲート幅 | 49mm | 0.4mm |
| キャリア移動度 | 1.0平方cm/Vs | 0.7平方cm/Vs |
今回の有機トランジスタのVds-Ids特性を見ると、Vds(ドレイン電圧)が-10V、Vgs(ゲート電圧)が-10Vのとき、Ids(ドレイン電流)は-0.6mAに達している。また、Vgs-Ids特性を見ると、Vdsが-10Vのとき、Idsのオンオフ比は10の6乗に達したと述べる。そして、有機トランジスタの課題であった連続使用期間も、実験では3週間に渡って性能の劣化が見られなかったと述べられた。
点字表示用の半球を動かす機械が今回採用された高分子アクチュエータ。論文ではプラスチックMEMSとより抽象的に表現されており、高分子アクチュエータに例示される柔らかな機械の全体が、有機トランジスタとの組み合わせに合致する可能性が豊かであることを示唆している。
今回の論文では、高分子アクチュエータとして300μm厚の導電性高分子膜に電極として金をコートしたものを使っている。高分子アクチュエータが動作する原理は次のようなものだ。両側の金電極に電圧をかけると、中のイオンが移動し、膜を挟んだ電極間でコンデンサを形成する。水分子はマイナス極の方に移動するが、このためマイナス極の側の水分が増える。すると、高分子がより膨張し、プラス極側とマイナス極側で表面の長さに差が出るため、膜が曲がる。今回は性能を高めるために、高分子は塩化リチウム溶液に浸され、水素陽イオンをリチウム陽イオンに置き換えている。実験では、3Vの電圧をかけることで、2Hzで約0.2mmの変位を行わせることができた。またその動作力は1gf(グラム重)程度に達したと言う。
高分子アクチュエータと有機トランジスタと組み合わせた場合、Vgsを-30Vに設定した時に0.9秒で0.2mmの動作を行わせることができたという。この変位の速度は有機トランジスタのIdsに依存しているとし、高い移動度の実現と、ゲートの幅(W)を広くすること、およびゲートの長さ(L)を短くする(W/Lを大きくする)ことがともに有効であると述べた。
今回のレポートでは点字ディスプレイの機能性そのものには触れない。こちらについてはIEDM 2005開催前の同研究グループによる発表を参照していただきたい。東京大学の研究グループでは、年毎に有機トランジスタの新しい応用例を示唆しながら、その性能を高めてきている。この次はどのような研究が行われるのか、期待が高まる。
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