【レポート】

国民の信頼が下支えするフィンランドのIT政策

2 フィンランドの"DNA"が切り開く国家戦略

    末岡洋子  [2005/11/28]

    高齢者のネット利用が急成長

    ハルジュハフト-マデトーヤ氏は、ICTがもたらす最大のメリットを「生産性の向上、地域/年齢/性別による格差の解消、競争優位性の維持」ととらえている。たとえば、地域格差解消の取り組みに、ブロードバンドのカバーエリア拡大がある。現在カバレッジは95%に達したが、年内には98%を目指す。北部に位置し、国土は広く、7割近くが森林というフィンランドの地理的条件を考えると、98%はかなりのレベルといえるだろう。

    また、"福祉の国"と呼ばれるだけあって、高齢者に対する取り組みもプログラムの大きな特徴となっている。高齢者にPCや電子政府アプリケーションの利用を啓蒙する場は図書館だ。フィンランドの公共図書館はすべて、市民に無料でインターネットを提供しており、現在、公共のPCは1,000人につき1台以上の割合に達しているという。

    ヘルシンキにある図書館にて。貸し出しから返却まで、すべて自動化されている

    図書館は、市民がコンピュータスキルを学ぶ場となっている

    だが、PCを図書館に置くだけでは市民のITスキル向上にはつながらない。指導が必要で、その役割を担うのは図書館員となる。図書館員は常時市民の指導にあたっているほか、"電子政府アプリケーションを使おう"など、一定期間テーマを設けて指導することもある。その効果あってか、インターネット利用の増加率が最も高いのは60~74歳で、定期的に利用している人は60%以上となった。もう1つの要因として、ハルジュハフト-マデトーヤ氏は、職場でインターネットを利用した人がすでに退職者層に入っている事実も上げる。フィンランドは、企業におけるインターネット利用率が世界最高の95%を誇る。その延長線として、職場でスキルを身につけた人が、退職後も定期的にインターネットを利用するという。

    なお、政府のITプログラムには、図書館員を対象としたICTスキルの教育も入っている。この秋にも、図書館員全員を対象に教育コースを受けてもらうとのことだ。

    図書館員はコンピュータの使い方も指導する

    市民にICTに触れてもらう窓口は、図書館のほかにもある。たとえば、ヘルシンキにある「Meeting Point」は、ICT啓蒙を目的に7月に開設したセンターだ。OSにDebianを利用したシン・クライアントシステムのPCが30台ほど並ぶ。無線LANアクセスポイントも提供しており、誰でも無料で利用できる。また、ヘルシンキ市雇用事務局と協力し、PCを利用した求人活動を支援するスタッフが常駐。ソフトウェアを使った履歴書の作成、電子フォームの記入などの指導にあたっている。このほか、デジタルTVのデモエリアなども設置されており、ブロードバンド普及のため、ISPと組み、家庭で2週間無料で利用できるサービスも提供している。Meeting Pointのスタッフによると、この秋より、eラーニングやオンラインバンキングの利用など、テーマを決めた啓蒙活動プログラムを実施するという。

    地下鉄など公共運輸機関では日本の「Suica」にあたるICカードを利用する人が多い。チケットは、携帯電話を利用してSMSでも購入できる

    ヘルシンキ市内にあるMeeting Point。自由にコンピュータを使える場として、オープン以来人気だ

    失業率とイノベーションでは、民間企業と協業

    近年の先進国共通の課題に、高い失業率がある。フィンランドの失業率は現在、7~8%を推移するレベルで、就業率は約70%だ。就業率75%を目指す同国は、失業者にICTスキルコースを実施しているほか、企業が低賃金の高齢者を雇用するよう奨励策も用意している。

    だが、人口が減少傾向にあるこの国では、労働人口も減少傾向にある。公務員でみると、2011年までに3万5,000人が退職する計算だが、この間新規雇用は半分の1万7,500人しか予定していないという。フィンランド政府の方針は、移民に頼るのではなく、国民1人1人の生産性を上げること。ここで、ICTは重要なかぎを握っている。

    もう1つ、先進国共通の課題にアウトソーシングがある。経済のグローバル化により産業活動がコストの安い地域に移動している傾向に対し、EUでは、先進国の競争優位性をイノベーションで維持するという指針を掲げている。フィンランドはこの指針の下、研究・開発に力を入れており、GDP比約3.5%を研究開発に投資している。これはOECD加盟国中2番目の高さという。また、研究開発の一環として、民間企業と協力したプログラム「BUG Cooperation」も展開している。地元Nokiaや米Hewlett-Packardら数社が集まってアイディアを出し合い、政府が投資するというもの。大企業の数が少ないこの国では、企業がこのような共同体を作ることで、EUの奨励金を得られるなどのメリットも出てきているという。

    最後にハルジュハフト-マデトーヤ氏が説明してくれたのが国際協力だ。他国の電子政府プログラム動向や担当者と情報やベストプラクティスを交換するもので、ハルジュハフト-マデトーヤ氏はこの2年の間、日本をはじめ韓国など数カ国を訪問している。

    国民の高い信頼

    ハルジュハフト-マデトーヤ氏に手渡された同プログラムを紹介する分厚い冊子を見ると、グラフや表などの統計が多いことに気が付く。またサブセクターのプログラムを列記するだけではなく、どのような推奨意見が上がっているのか、どうやって成果を測定するのか、細かな取り組みを担当する責任機関はどこか、などが記されている。

    「この国が技術先進国である理由をよく聞かれますが、"DNAです"と答えています」とハルジュハフト-マデトーヤ氏は微笑む。「フィンランド人は昔から、新しい技術に興味を持つ、エンジニアの素養が強い国民性だと思っています。また、読書好きとしても知られています。教育レベルも高く、欧州一の識字率、高等教育進学率を誇ります」。

    もちろん、気候も大きな要因だろう。冬が長いこの国では、通信手段の確保は必須だ。携帯電話の開発と急速な普及はニーズ主導で進んだ、とハルジュハフト-マデトーヤ氏は説明する。

    どんなにすばらしいプログラムがあっても、国民の理解と協力なしには、実現不可能だ。ハルジュハフト-マデトーヤ氏と話をしていて、またヘルシンキの街を歩いてみても、市民のモラルは非常に高く、技術に対するポジティブな姿勢を持っていることがうかがえた。フィンランドの最大の強みは、国民だと実感した。

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