【レポート】

国民の信頼が下支えするフィンランドのIT政策

1 国全体でセキュリティを考える国

    末岡洋子  [2005/11/28]

    Information Society Programmeのオフィスがある首相官邸

    IT先進国として知られる北欧諸国---その中でも東に位置するフィンランド共和国は、人口約520万人ながら、セキュリティ企業のF-Secure、携帯電話メーカーのNokia、個人では、Linuxの父、Linus Tolvalds氏を生み出した国だ。フィンランドがICT(情報通信技術)を戦略的なものとして位置づけたのは、1990年代はじめのこと。以来、人口やロケーションなどのハンディがある中、国際的競争力を持つための手段としてICTを活用し、レベルアップを目指してきた。

    まずは数字をいくつか引用しよう。世界経済フォーラムが9月28日に発表した最新の国際競争力レポート「Growth Competitiveness Index」(2005-2006年)では、米国を押さえて第1位に輝いている。米Accentureの公共サービスランキングでは世界6位。世帯におけるPC所有率は65%で、ブロードバンド普及率は約42%。国民の73%が定期的にインターネットを利用しており、企業におけるインターネット利用率は95%以上。また、携帯電話の普及率は95%、などだ。

    フィンランドのIT政策はマッティ・ヴァンハネン首相自らが取り組む項目となっており、ITを推進する「Information Society Programme」は首相直轄で運営されるポリシープログラムの1つだ。初秋、首相官邸にある同プログラムオフィスを訪ね、ディレクターのカトリナ・ハルジュハフト-マデトーヤ氏に話を聞いた。

    ICT推進は将来への準備

    カトリナ・ハルジュハフト-マデトーヤ氏。現職に就く前には、地方自治体や企業でIT担当を歴任。大学では経済を選考したが、プログラムに関する知識も豊富という。「先進技術がわれわれの生活を便利にしてくれる。そのことに、いつも魅了されますね」

    Information Society Programmeが敷かれたのは2003年9月のこと。だが、同国のICTへの取り組みは1990年代はじめから始まっていた。ロシアと国境を接しているフィンランドは、ベルリンの壁崩壊後の経済的ダメージを被り、90年代初め、景気は芳しくなかった。そこで、新しい産業であるICTに国家戦略として着目したのだという。現在のInformation Society Programmeは、1994年より国の取り組みとして進めてきたIT化政策を一新したもので、昨年の予算は7,500万ユーロ(研究開発費を除く)。3年半の期間限定プログラムとして運営されている。

    同プログラムを一言で言うなら、「将来に向けた準備」とハルジュハフト-マデトーヤ氏は語る。他の先進国同様、フィンランドも人口の高齢化による労働人口の減少、社会保障やヘルスケアサービスの向上、経済のグローバル化による国際競争力の維持・向上などの課題に直面している。それをICTの力を借りて乗り切ろうというアプローチだ。

    今年4月に改定された同プログラムは、現在7つの柱(サブセクター)を持つ。

      1. 通信インフラとデジタルTVの普及
      2. 市民の情報スキルの向上および安全な情報社会の実現
      3. 教育、労働、研究・開発でのICTへの取り組み
      4. 公共サービスにおけるICTの利用
      5. ビジネスとコンテンツのデジタル化
      6. 法整備
      7. 国際協力の推進

    実際には、各サブセクターの下に具体的な取り組みをプロジェクトとして設けて実行する。現在、100を上回るプロジェクトが進行中という。たとえば、1のプロジェクトの1つにブロードバンド普及があるが、運輸・通信省が国家ブロードバンド戦略を展開し、内務省と教育省が学校や図書館における高速ブロードバンドの配備に責任を持つ、という仕組みだ。

    プライバシー懸念は「ほとんどない」

    現在フォーカスしていることとして、ハルジュハフト-マデトーヤ氏がまず挙げるのは、自治体、政府、政府機関の間のシステム連携だ。地方自治体の権限が強いフィンランドでは、自治体には独自の制度があり、すでにそれに合わせたシステムを構築している。だが、ICTが約束する、コストや効率の改善を実現するにはシステム連携が不可欠だ。そこで、同プログラムの下、2010年を目標に長期的なスパンで改善を図る。システムのUI(ユーザーインタフェース)に関して新しいルールを導入するほか、調達もある程度共通化する。たとえば、電子IDシステムでは、最終的にシステムの種類を2つにする計画だ。

    ヘルスケアや社会保障も重点分野だ。現在、電子カルテの利用率は欧州トップで、ヘルスセンターでの利用率は95%に達しているという。今後の計画は、病院・クリニック、政府、企業が共通のデータにアクセスできるようにすること。想定されるメリットとしては、診察から処方箋、支払い処理までが自動化される、などが考えられる。そのほか、ビデオや通信技術を利用した遠隔医療システムにも取り組んでいる。

    日本では個人データに対する深い懐疑心があるように思われる一方、早くから国民総背番号制を導入しているフィンランドでは、反対意見はほとんどないという。その理由は、「国民がそのメリットを理解しているから」とハルジュハフト-マデトーヤ氏は説明する。もちろん、患者の医療情報は本人の同意なしには収集・蓄積されないなどの配慮はある。セキュリティの懸念に対しては、データがあちこちに分散しているよりは、単一データベースの方が安全性が高いと市民は考えているようだという。

    実際、フィンランドの人々はICTに高い信頼を寄せている。政府調査では、国民の9割近くが、「オンラインバンキングは安全」と回答し、「電子政府アプリケーションの利用は安全」と回答した人は7割以上に上っているという。フィンランドではこれまで、大規模な個人情報の流出は起こったことがない、とハルジュハフト-マデトーヤ氏。これも信頼につながっており、このような国民の高い信頼が国家のIT政策を支えていることは間違いないようだ。

    ちなみに、フィンランドのオンラインショッピングサイトには、クレジットカード決済を利用しないところも多いという。これらのサイトは、支払いの画面で各銀行へのリンクを用意しており、ユーザーが自分の銀行のオンラインバンキングで支払い手続きができるようにしている。ユーザーが自分のオンラインバンキングでいったん支払いを済ませると、画面は届け先入力画面などのショッピングサイトに戻るという仕組みだ。多くの銀行はセキュリティ対策として、使い捨てパスワードを利用している。

    国民全体でセキュリティを考える"セキュリティ・デー"

    それでも、インターネットはボーダーレスな世界で、個人ユーザーのセキュリティ対策は必須だ。そこで、4月のプログラム改定では、サブセクターの2に、新たにセキュリティを付け加えた。実際の取り組み例としては、毎年実施している「National Information Security Day」がある。

    National Information Security Dayでは、ファイアウォールなどPC保護に関する情報が市民に郵便され、TVや雑誌などでも集中的に広告キャンペーンが打たれる。2年目となる今年は2月に実施され、フォーカスは学校に合わせられた。期間中、各企業から学校に専門家を招き、セキュリティに関する講座が開かれた。その効果はあったようだ。2004年秋には、20%に達しかけていた家庭のPCにおけるウイルス感染報告が、Security Day実施後の2005年春には、15%に下がっている。この取り組みはEU(欧州連合)でも評価され、EU加盟国のセキュリティキャンペーンのモデルにもなっている。

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