【レビュー】
『パリ・テキサス』や『ベルリン天使の詩』などといった劇映画で知られるドイツ出身の映画監督、ヴィム・ヴェンダースには、『東京画』(1985年)というドキュメンタリー作品がある。
ヴェンダースは『東京画』において実際に東京を訪れ、尊敬する映画監督・小津安二郎の代表作『東京物語』で描かれた東京の幻影を探し求める。しかしその撮影時(1983年)においてすでに『東京物語』が撮られて30年、小津が亡くなってからも20年が経っており、小津映画に描かれた東京など、幻影すら見出せないほどに消え失せていた。そのことにヴェンダースは軽く失望しつつも、精力的に現代の東京をフィールドワークしている(おそらくは撮影はほんの短期間のうちに行われたと思われる)。そこでは、花見の風景、パチンコ店、ホテルのテレビに映し出される映像(そのなかには『タモリ倶楽部』のオープニングと思しき、あのお尻の映像が見つけられたりして結構笑える)、ゴルフの練習場(注1)、新幹線、東京タワーの展望台、原宿のホコテンで踊る若者たち……などといったものがカメラに収められているのだが、なかでも彼が特に関心を抱いてレポートしていたのは、食品サンプルをつくる工房だった。
作中、ヴェンダースは、食品サンプルと小津映画や、あるいは日本の文化とをことさらに結びつけて語ったりはしていない。しかし、工房の職人たちが昼食時に広げていた弁当と、その周囲に置かれた食品サンプルはまったく見分けがつかなかったという彼の「発見」は(残念ながらその証拠となる映像は、工房側に昼食時の撮影を断られたため記録されていないが)、たとえば三島由紀夫が「文化防衛論」(1968年)というエッセイのなかで説いていたような、日本文化には本来オリジナルとコピーの区別は存在しない(注2)などといった言説を思い出させたりもする。
美術評論家・石子順造の『ガラクタ百科』(平凡社、1978年)によれば、飲食店のショーウィンドウに食品サンプルを陳列するというのは、どうやら日本独特の習慣のようだ(日本国外では、せいぜい台湾の一部と外国の日本人経営の店で使われている程度らしい)。現在のような形でそれが登場したのは1913年(大正2年)、東京・銀座の松屋百貨店の地下にあった洋食屋「花月」が、「洋食を客になじますために、当時、蝋で人体の疾病整理模型を作っていた職人に食品模型を作らせた」のが始まりだという。それ以降、戦後になると食品サンプルは一般にも定着し、さらにはもともとの用途以外にも、「羊かんやみかんなどの罐詰類、あるいは梨や玉ねぎなどの実物が、模型を標準として選別され、合・不合格をきめられたり」といった使い方もされるようになった(以上、引用は石子前掲書)。ここまで来るともはや実物(オリジナル)とコピーとの立場は完全に逆転している。
ただ、食品サンプルは、ともに日本的なものではあるが、洗練された小津映画とはいささかかけ離れた位置づけにあるような気もする。食品サンプルは、小津映画と親和性の高そうな高級料亭や寿司屋などではなく、やはり場末の大衆食堂や喫茶店、そしてデパートの食堂にこそふさわしい。反対に、アメリカナイズされたファミレス、外資系のファーストフードやコーヒーチェーンなんかには絶対に似合わないだろう。
前置きが長くなったが、そろそろ本題に入ろう。今年7月、ソリッドアライアンスがスパゲッティ・ナポリタン型のUSBケーブル「ケーブルgaナポリタン」を発売した。文字どおりスパゲッティ・ナポリタンを忠実に再現したこの製品は、食品サンプル製作・販売の老舗(1925年創業)の佐藤サンプルの協力で実現したという。そのプレスリリースでの、「日本人のノスタルジーを掻立てる喫茶店ショーケースのナポリタン・サンプルと、PC周辺機器の中で常に日陰の存在であるUSBケーブルを融合させ」たものだという触れ込みどおり、たしかにこの製品は写真で見るだけでもどこか懐かしさを感じさせる(余談ながら、スパゲッティ・ナポリタンもまた、その名前に反してイタリアのナポリには存在しない日本オリジナルの食べ物だったはずだ)。
それにしてもなぜUSBケーブルがスパゲッティ・ナポリタンの形でなければならないのか? 同じことは、ソリッドアライアンスがこの製品に先立って発売した、「SushiDisk」「FoodDisk」(それぞれ寿司型、エビフライ型のUSBメモリー(注3))にもいえる。そもそもこれらの製品のデザインからは機能性がすっぽり抜け落ちており、使いやすいとはとうてい思えないのだが……。
まあ、そんなことは言うだけ野暮というものだろう。だいたいそんなことを言い出したら、飲食店のショーウィンドウに飾られる食品サンプルの存在意義だって疑わしくなってくる。あれだって、メニューの写真などで十分代わりが利くわけで、絶対に必要不可欠なものなのかどうかと問いつめていけば、別段なくても困らないということになってしまうのだから。しかしなければないで、ちょっと寂しい……。いわばあれは、一種のアクセントとしての役割を果たしているのだ。そう考えると、USBケーブルをスパゲッティ型にする「必要性」もなんとなく合点がいく。とかく無機的で殺伐としがちなパソコンのまわりも、郷愁あるデザインのこの製品を置くことでアクセントがつき、現代人が失いがちな人間性を取り戻すことだってできる……のかもしれない。
ところで先述のプレスリリースには、「本製品は20世紀を代表する芸術家マルセル・デュシャンへのオマージュともなっている」とも書かれていた。まあ、その直前の「オフィスに家庭に『マツケンサンバII』以来の衝撃を提供するのに最適」という一文と同様、このフレーズも単なるジョークなのかもしれない。が、男性の小用便器に、ただ「R.Mutt」(これは実在した会社の名前らしい)と署名しただけの『泉』(1917年)をはじめ、既製品を使った「レディ・メイド」と呼ばれるデュシャンの一連の作品に、このスパゲッティ型のUSBケーブルをなぞらえることはあながち間違いでもないような気がする。
デュシャンの「レディ・メイド」が画期的だったのは、便器のように従来の常識からすればけっして美術作品になどなりえない製品が、画廊なり美術館なり、その実際の機能からは切り離された場所に置かれることで、新たな価値を与えられ、美術作品に対するそれまでの価値観を転倒してしまったということに尽きる(注4)。とすれば、本来なら飲食店のショーウィンドウに飾られるべきスパゲッティ型の食品サンプルを、USBケーブルにしてしまおうという発想だって、立派な価値観の転倒ではないか。
……とまあ、長々と「ケーブルgaナポリタン」について理屈をこねくりまわしてしまったが、正直なところ、理屈なんてどうでもいいのである。大切なのは、この製品を一目見て笑えたり、「何で、USBケーブルがスパゲッティの形なんだよ!」とすかさずツッコミを入れられたりすることではないか。そういえば、デュシャンもまた、生前あるインタビューでこんな発言をしていた。
--(略)ユーモアは作品の創造に不可欠だと思われますか?
M・D -- 絶対に不可欠だと思う……私はユーモアをとても大切にする。なぜなら、真面目というのは実に危険なものだからだ。真面目さを避けるためには、ユーモアを介入させなければならない。
(アラン・ジュフロワ、西永良成訳『視覚の革命』晶文社、1978年)
※1:ヴェンダースは、ゴルフの練習場にもかかわらず、そこに集まる人々が、ホールに入れるというゴルフ本来の目的を失っている点に奇妙さを覚えているが、この指摘は目的ではなくあくまでも形式に重きを置く日本文化の本質をついているように思う。
※2:三島はその端的な例として、20年ごとに丸ごと建て替えられる伊勢神宮の「式年造営」をあげている。そこでは「いつも新たに建てられた伊勢神宮がオリジナルなのであって、オリジナルはその時点においてコピーにオリジナルの生命を託して滅びてゆき、コピー自体がオリジナルになるのである」(『文化防衛論』1969年、新潮社)。
※3:プレスリリースによれば、「ケーブルgaナポリタン」に「『FoodDisk エビフライ』を接続することにより、名古屋城のシャチホコをイメージさせるアート性を実現することも可能」らしい。
※4:デュシャンの『泉』は当初、ニューヨークのアンデパンダン展(無審査の美術展)に出品されたものの、「彫刻とは呼べない。反道徳的でもある」という理由で出品拒否されている。しかし発表当時はそれだけスキャンダラスな扱いを受けた作品も、やがて美術史の教科書に載るような「名作」となり、美術館でガラスケースに入れられてうやうやしく展示されるようになってしまえば、それはすでにひとつの価値観として定着したということである。それはデュシャンが意図したことを考えると、なんとも皮肉だ。
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