【レポート】

聯想のIBMパソコン事業買収が示すもの - 交錯する中国の国家戦略と世界企業の野望

1 聯想は挑戦の一歩を踏み出した

    薄田雅人  [2005/04/28]

    "日本で生まれ、世界中で愛されてきたThinkpad。これからも、私たちとともに進化を続けます。" さる3月15日、日本IBMが日経朝刊で打った全面広告の謳い文句である。すでに広く知られているように、中国を代表するIT企業である聯想(Lenovo)が、昨年12月、IBMのパソコン事業を買収した。衝撃的なニュースはたちまち全世界を駆け巡り、中国人の自尊心をくすぐる喝采から、聯想は巨大な負債を抱えるビッグブルーのお荷物を背負わされただけだ、といったような冷ややかな見方にいたるまで、年末のネットでは、それこそあらゆる言語で毀誉褒貶の風評が飛び交った。

    まず、聯想集団とIBMコーポレーションが、昨年12月8日(日本時間)、ニューヨークと北京で同時に発表したニュースリリースから買収の概要をトレースしておこう。これによれば、両者は、聯想集団がIBMのパーソナル・コンピューター事業部門を買収し、売上規模世界第3位のパソコン会社を設立することで最終合意に達した。取引金額は現金と株式を合わせて12.5億ドル、最終的な取引金額で17.5億ドルに達するビッグ・ディールであった。新たに設立されるパソコン会社は、本社をニューヨークに置き、新会社のCEOにはIBMシニア・バイス・プレジデント兼パーソナルシステムグループでゼネラルマネージャーの職にあったStephen M. Ward, Jr.氏が就任、一方、創業者の柳傳志氏の後を継いで聯想を率いてきた楊元慶氏は、取引完了後の聯想で会長に就任することになった。さらに、取引のなかでは、向こう5年間にわたり、聯想がThinkブランド - ThinkpadとThinkCentre - を自由に使用できる旨が明記されたのだった。

    取引の結果、IBMは6.5億ドルの現金と、6億ドル相当の聯想普通株を受け取ることになった。これは、IBMにとっては、彼らが聯想株の18.9%を有する第二筆頭株主となることを意味し、聯想にとっては、約5億ドルとも言われるIBMのパーソナル・コンピューター事業の負債をそのまま引き継ぐことを意味した。

    聯想とIBMによる当該取引が、一体なぜこの時期に行われたのか。それを解く鍵を、聯想の側から探せば、おおよそ次のようなことになろうが、具体的な言及に入る前に、聯想という企業が、中国では市場経済化政策、とりわけ企業体制改革のプロセスにあって、つねに実験台として一定の任務を背負わされてきたという事実に注意を向けておきたい。

    詳細な記述は紙幅の関係もあり此処ではできないが、中国科学院を背景に設立された聯想は、株式制への移行、産権改革など、重要な産業政策がおこなわれる際に、つねに先陣を切ってきた。今回も、まさに中国企業が直面している課題について、半ば実験的、とさえ評すべき勇気をもって、彼らが挑戦の一歩を踏み出したのである。

    聯想 - そして中国政府 - が、5億ドルの純負債を被ってでも赤字続きのIBMのパソコン事業に飛びついた背景には、中国企業が押しなべて抱える「ブランド(品牌)への飢え」がある。たしかに、最近10年をみれば、中国経済、中国企業の発展には力強いものがある。海爾(Haier)やTCLといった、いまでは日本で普通のビジネスマンにも知られるようになった企業ブランドも出てきた。しかしそれらは依然として、きわめて限られた数に過ぎない。

    中国は90年代中盤から、本格的な市場経済化政策を実施してきた。とくに、2001年末にWTO加盟を果たしてからは、加盟公約が掲げる「市場原則の尊重」や「内外無差別原則の徹底」、つまりは中国国内市場の全面開放を実行に移さざるを得なくなった。当然ながら、市場では、モノからサービスにいたるあらゆる事業領域で、内外企業が入り乱れる激烈な競争が起こる。物品関税が不断に引き下げられ、サービス分野でも外資に対する制約が取り払われていくなか、世界市場でも通用するブランド(品牌)を持たぬ中国企業が、市場でどのような運命を辿るかは、およそ火を見るより明らかであろう。

    こうしたマクロ的な背景になかで出てきたのが、いわゆる「走出去(海外進出)」戦略、と言われるものであった。中国語の「走出去(zou-chu-qu)」は、「打って出る」といったほどの意味であるが、要は、WTO加盟後の大競争時代にあって、国内に留まり、現状の限定的戦力のまま、やがて来る狼ども(外資)を待つよりは、積極的に外資企業との提携をおこない、あるときは技術力やノウハウをもつ外資を吸収さえしつつ、大競争時代にあっても生き残り、やがては、世界市場でも充分な競争力をもつ企業、ブランドを育てようという中国政府の戦略である。

    中国政府が「走出去」戦略を公にしたのは、第10次五ヵ年計画(2001~05年)に入ってからのことであり、それは、間違いなくWTO加盟後の新状況に対応するためのものであった。昨年5月に、商務部主催で開催された「中国企業走出去国際論壇(中国企業海外進出国際フォーラム)」(北京市)は、中国政府が初めて「走出去」を主題として開催した本格的な国際フォーラムとして注目を集めたし、7月になると、商務部と外交部が、「対外投資国別産業指導目録」を発表する。これは、国別、産業別に、中国企業の対外投資ガイドラインを示したものであり、中国政府が、いよいよ「走出去」戦略を国策として打ち出したことを意味していた。

    圧倒的なコスト競争力を武器に、またたく間に世界の檜舞台へ駆け上がった感のある一部中国企業だが、彼らにしても、コア技術を持てず、世界で認知されるブランド(品牌)を持てないでいる悩みは深い。今回、清水の舞台から飛び降りる気概でIBMパソコン事業を買収した聯想でさえ、本質的にはまったく同じだ。事実、楊元慶氏は昨年12月10日に、「新浪網」の取材を受け、次のように語っている。 - 「(中国企業の海外進出を考えるとき)もっとも難しいのは、中国ブランドが、外国人に、相変わらず"安物"、"低付加価値商品"、甚だしくは、"低品質"の代名詞としか受け取られていないことだ」

    楊元慶氏は、さらにこう続ける。 - 「もし、われわれが今後もブランドを打立てられないとなれば、いったいどうなるだろうか。海外で優秀な人材を雇用することなど思いもよらないであろうし、物流コストの張る大型製品などには、失敗が怖くて手が出せない。実際われわれも、イタリーではかなり苦い経験をしている」

    90年代末から、中国国内の新聞や雑誌、あるいはウェブサイトに、「与狼共舞」というフレーズがしばしば載るようになった。ケビン・コスナー主演のハリウッド映画"Dance with Wolves"に掛け、外資(狼)と、リスクを冒してでも提携をしなければ、大競争時代の企業存続はない、という危機感を代弁するする言い方として使われたのである(もちろん、WTO加盟にともなう国内市場開放、これに伴い規制分野へ参入する外資とどう向き合うかという、より大きな文脈においてもしばしば用いられた)。

    前段でもすでに触れたように、聯想の挑戦とは、すなわち中国の挑戦なのである。僅か20万元の資本、20平米足らずの小屋から産声を上げた聯想(当時は中国科学院計算所公司)は、20年の月日を経て、世界のビッグブルーからパソコン事業を買収するまでになったが、それはまさに、改革開放政策を積み上げた先に、世界経済との完全なるリンケージを果たし、ついには世界大競争の真っ只中に踏み出した中国の、国家的覚悟のあらわれ、というべきものなのだ。

    国家的覚悟、と言えば、ちょうどいまから一年前、聯想集団は国際オリンピック委員会(IOC)から、TOP(The Olympic Partner)に選出されている。TOPプログラムとは、世界企業が、オリンピックを、カテゴリー別に、技術面、資金面で支援することを目的として、1988年から導入されたもので、これら「TOP企業」は、ワールドワイドに「オリンピックの公式パートナー」として自社ブランドを宣伝することができる。聯想は、もちろん中国企業として初めて選出されたもので、2006年トリノ冬季オリンピックと北京オリンピックで、コンピュータ設備における資金、および技術サポートを担当することになった。これは、いうまでもなく、中国が国家の威信をかけて開催する北京オリンピックと、「走出去」戦略をダイナミックに掛け合わせる聯想、そして中国政府が仕掛けた一大キャンペーンにほかならない。

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