【レポート】

文化庁メディア芸術祭 - デバイスアートの世界、萌えるオタクの世界

1 笑顔を呼ぶテクノロジー+アート「デバイスアートはこう作る」

    和泉真葵  [2005/03/08]

    2月25日から恵比寿で開催されている第8回文化庁メディア芸術祭。7日目の3月3日、「デバイスアート・シンポジウム - メディアアートはこう作る」が東京都写真美術館1階ホールで開催された。同シンポジウムでは、アーティストたちがデバイスアートの発想の原点とこだわりを分析、会場から笑いが起こるようなユニークな作品や奇想天外なアイディアを紹介し、作る側も見る側も、"プレイフル"なデバイスアートを楽しんでいた。

    デバイスアートは「プレイフル」な芸術

    ディスカッションに参加したのは、筑波大学教授の岩田洋夫氏、明和電気の土佐信道氏、デバイスアーティストのクワクボリョウタ氏と児玉幸子氏の4名だ。

    彼らの作る「デバイスアート」とはどういうジャンルなのか。司会を務めた、メディア芸術祭アート部門主査・草原真知子氏によると、従来の芸術の枠にはまらない、コンテンツやツール、技術が一体化したアート作品群のことだ。ものとテクノロジーが一体化しており、そこにはテクノロジーのツールに対する愛着が表現されているという。また、デバイスアートには、"プレイフルネス"、つまり、作品の持つユーモアや意外性、エンターテインメント性、その素材が重要だと同氏は強調する。そんなデバイスアートは、日本文化の伝統と先端技術とを結びつけ、ひとつの作品に表現することを可能にするという。

    黒い球体状の本体をかぶって飛行船の視点を体験

    ジョークを交えながら作品を紹介する岩田氏

    岩田氏の「浮遊する飛行船」は、その"プレイフルネス"に満ちている。飛行船を操作する人に、黒い球状の本体をかぶせて視界を完全にさえぎる。そのかわりに飛行船についたカメラの映像が目の前に広がる。

    「実際にどうなるか見てみましょう」と岩田氏。実験のときの映像が公開された。カメラをとりつけた飛行船が空に浮かぶと、まるで空を飛んでいるような景色が目の前に広がる。しかし、本体をかぶってしまうと、飛行船の状態を客観的に見ることができないため、うまく操作ができず、飛行船は落下をはじめる。当然、操作している人はまるで自分が落下していくかのような景色を見ることになる。急降下する景色が映し出され、会場からはどっと笑いが。「これはたまったもんじゃないですよねえ」と岩田氏も楽しそうに言う。

    このように人間対機械がインタラクティブに楽しめる作品も多いデバイスアートだが、機械だけでなく、さらに人間対人間がクロスアクティブに、というのがクワクボ氏のテーマだ。ものを通して人と人がコミュニケーションを図れる装置を考え、作っている、と語る。

    たとえば対面ゲーム「PLX」。上から落ちてくるものを受け取って、そのポイントを競うのだが、一方が見ているのは月面に着陸するロケットの映像、もう一方が見ているのは落ちてくるハートの映像。同じプログラムを違う映像で実行しているそうだ。クワクボ氏はこの作品を通して、同じことを考えているつもりでも相手に見えているものは違う、というような、人と人とのコミュニケーションのずれを表現したのだという。

    対戦相手の映像が違う対面ゲーム「PLX」

    モノへの思い入れが生むアート

    児玉氏は磁性流体を素材として使うことにこだわっている。小さな電磁石64個にかわるがわる電圧をかけ、磁場をつくり、動きを生み出す。作品のひとつ、「Waves and Sea Urchins」の映像が映った。磁性流体の2つの池で、波紋のような動きを作っている。一見すると、CGで制作された作品にしか見えない。

    「みなさん、これがCGではなく物理的なものだということにびっくりされるんです」と、児玉氏。しかし、扱いが難しい磁性流体を使っていることに対して「インタフェースが悪いね」と言われることもよくあるのだという。「でも、扱いが難しいからといって、必ずしもインタフェースが悪いとは言えないと思うんです」と語り、児玉氏は同じようなインタラクティブなツールとしてバイオリンを挙げた。バイオリンは、はじめて手にした時に音を出そうとしても耳障りな音しか出ない。それが練習を重ねるうちに、だんだんといい音が出るようになる。すぐれた楽器だからこそ、すぐに扱えるようにはならない。児玉氏はそれと同じようなやりがいを、磁性流体とのつきあいに見出している。

    土佐氏にとっては、デバイスアートは自己表現だという。自分を魚に見立て、道具という形で表現する「魚器(なき)」シリーズは、明和電機で商品化している。たとえば、「魚(な)コード」は機能的には延長コードなのだが、魚の骨の形をしている。いらなくなっても、なんとなく愛着がわいて、捨てるには勇気がいりそうだ。

    「道具を使って自分を表現する、というのは茶道のお茶器の心に通じるものがあるのではないかと思うんです」と土佐氏。ものには何かが宿っていると考え、ものに対して感情移入する。そんな日本人の伝統的な感覚が自分の創作活動にも現れている、と土佐氏は自己分析している。

    土佐氏は現在、人口声帯を開発中だ。現在完成している「セーモンズ」は、ゴムでできた声帯に空気をふいごで送ることによって音が鳴るしくみ。声帯をひっぱると音程が変わる。しかし、正しい音程を出すことは難しいらしく、出た音を認識してすぐに音程を修正するようになっているという。そのためちょっと"音痴"なセーモンズだが、「音痴なのもいいところ」と、土佐氏はセーモンズをかわいがっている。最後にセーモンズと土佐氏のギターセッションが披露された。必死で音程を合わせるかのように見えるセーモンズ。会場は暖かい笑いで包まれていた。

    「Waves and Sea Urchins」は、これがCGでないところがポイント

    「セーモンズ」。息を合わせて、テクノロジーと人との協奏曲が奏でられる

    語りだしたら止まらない、デバイスアートへの思い

    最後に出演者3名と司会者、そして会場とのディスカッションが行われた。デバイスアーティストたちがものに託した思いや、表現を模索する様が垣間見られ、会場の人たちは熱心にうなずきながら、ディスカッションに参加していた。

    草原氏「デバイスアートでは素材が重要な位置づけにあると思うのですが、みなさんは素材についてどのように考えていますか」
    児玉氏「私の場合はCGに見慣れていたので、実際のものが心に響いた、という意見を聞いて、素材の力を実感しました。これはデバイスアートに限らないと思います。日本画で使われる墨や、油絵のタブローの表面のように、テクスチャが変わると印象がずいぶん変わりますよね」
    土佐氏「素材に惹かれるっていうのは、素材に恋しているようなものですよね。たとえばテクノロジーとともにチャンネルやダイヤルがなくなっていますが、それらは私にとって、とてもかわいいインタフェースに思えるんです。それで、チャンネルやダイヤルを使って時報をきいたり、モーニングコールの設定ができる『ジホッチ』を作ったりもしているんです。そして、なるべくわかりやすい素材を用いて、図面だけ残っていれば後で誰かがまた作る事ができることも大切だと思う。折鶴みたいに、後世に残る作品を作りたい」
    クワクボ氏「僕の場合は逆ですね。素材は生もの、っていう感覚です。電子デバイスは生ものに近いと思うんです。テクノロジーの進歩が早くて、10年後には素材がもう手に入らないということも多い。だから僕が素材を選ぶときのポイントは、楽で、安いこと。土佐さんとの違いはおもしろいですね」
    参加者「デバイスアートとプロダクトの違いはどのように考えていらっしゃいますか?」
    クワクボ氏「僕はその区別ができないんです。オリジナルより複製にオーラを感じるんです」
    土佐氏「マシンに対する思い入れがあるかどうか、ではないでしょうか。人間ではないものが動く、仕事をする、ということに感動を覚えるかどうか」
    岩田氏「従来、美術品とは複製に価値がないものですよね。しかし、機械の場合、複製にこそ価値がある。デバイスアートを作る産業的な枠組みを作りたいですね」
    土佐氏「しかし、環境破壊も問題ですよ……。ものをたくさん作るとそれだけ環境が破壊される、って考えてしまう」
    クワクボ氏「どうなんでしょうね。コンピュータが普及してバーチャルのエンターテインメントが多く出ていますが、どっちが環境破壊なのか。コンピュータを使う(ために消費される)電気も相当な量だと思うんですよね……」
    土佐氏「そのへん調べてみたいですね」
    クワクボ氏「調べましょう!」

    活発な議論が続き、時間を20分延長して討論が繰り広げられたが、ここで残念ながら時間切れ。出演者は環境破壊について調べるという"宿題"つきで会場を後にした。

    ほぼ満員の会場でシンポジウムは行われた

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