【インタビュー】

幾何光学の新しい方程式を発見 - 「光ホール効果」について聞く

4 学術的なインパクトと工学への応用

    古林高  [2005/02/01]

    -- この成果ですが、一つは学術的なインパクト、基礎レベルでの影響というのがあると思いますし、もう一つは応用、工学の分野への影響というものがあると思うのですが、それぞれどのように考えられていますか。

    永長) 基礎に関しては、偏光の自由度まで取り入れた幾何光学の拡張と言うのをやったのは、今までになかったわけですから、本当に光学の歴史の中で、一歩進んだのではないかなと我々は考えています。それが、幾何学(ベリー位相)と結びついているということで、他の分野へのインパクトもあると思っています。電子物性もそうです。つまり、物理の中で波動現象というのはもっとも基本的な現象で、あらゆる粒子というのが実は波動であるというのが量子力学の教えるところですが、その波動が、内部自由度、今の場合は自転の自由度によって、運動の方向まで変えるという認識は大変基本的なので、幾何光学の拡張というところを超えて、(量子力学的な)波動現象一般に成立していることなので、基本的なインパクトはすごく大きなものがあると思っています。

    で、応用についてですが、先ほど申し上げたように、光学系を設計することで、光の横方向のずれを大きく変えることができるということです。例えばこれは彼が計算したものですが…。

    フォトニック結晶中の光の軌跡

    フォトニック結晶中の光の軌跡(産業技術総合研究所 提供)

    小野田) (結晶構造の中に光を通すシミュレーションですが) 結晶構造があるほうが、(境界面を境に誘電率が一様な構造よりも)非常に大きなずれを示します。

    永長) ちょっとエネルギーを変えると、ずれる量が大きく変化するんですよね。あるいは入射する光をちょっとチューニングするだけで変化します。

    -- このシミュレーションは想定波長はどの程度なのですか。あるいは正規化されているのでしょうか。

    永長) 光の波長で全部正規化されています。

    小野田) 光には質量がないので、 それを記述する方程式は(波長や結晶構造のスケール以外に)特徴的な長さのスケールを持ちません。つまり、どのような波長でも、その波長に対応したスケールの結晶構造を作れば、スケールは変化しても、同様の効果が見えることになります。ただし、物質との相互作用をもう少しまじめに考えて、屈折率の波長依存性などを考慮すると、必ずしもすべての波長に対して同様の効果となるわけではありませんが…。

    -- コンピュータの世界ですと、半導体の製造装置もナノオーダーの精度が求められていていますが、そうした半導体露光装置の光学設計の現場に影響する可能性はありますか。露光装置では193nmの光などを使っていて、加工寸法は90nmなど波長程度のオーダーなので、このような波長程度のずれも、露光装置の光学系の分野では影響があるのではないかと思ったのですが…。

    永長) なるほど…それは大いに考えられますね。

    小野田) 確かにそのくらいの精度が求められる分野であれば、影響があるかもしれないですね。

    永長) もしですね、電場と磁場の振動方向が回転していない光があったとすると、それは右に回転している光と、左に回転している光を合わせた格好になっているので、その場合は2つの成分に分かれる、ということになります。その場合には横にずれるのではなく、ビームの幅が広がると言う感じになります。そういう意味では、偏光を指定したほうが、ビームの幅が広がらないということにになります。

    -- 光コンピュータへの応用などはいかがでしょうか。

    小野田) 話に飛躍があるかもしれませんが、光コンピュータは、光の自転、つまりスピンを使った演算が基本になっていますし、今回の話も光のスピンや角運動量の保存と深く関係しているので、将来的には何らかの応用がありえるのではと期待しています。現時点では具体的にどのように関わってくるのかと言うことまではわかりませんが。

    -- ご専門の分野というのが、産業技術総合研究所・強相関電子技術研究センターということなのですが、そこでの大きな研究テーマを伺いたいのですが。

    永長) 我々の理論チームで言うとですね、一言で言えば、消費電力を持たない、あるいは極めて少ない素子の原理を考えています。これから必要な技術としては、まず高速である、応答が大きい、消費電力がない…特に消費電力がないというのは、これから集積化が進むと、非常に大切になってくるはずです。熱を発生しないプロセスですね。熱を発生させずに、電子を動かそう、ということを考えています。それが我々の非常に大きな目的で、熱の発生を伴わない電子の動き、それが実はこのベリー位相とすごく関係しているのです。

    先ほど申し上げたように、波のもつ幾何学的な効果によって速度が出てくるというものなんですね。電子を外力によって無理やり動かすのではなくて、先ほどのホロノミーと呼ばれるものなんですけれど、拘束により発生する速度というものがある、ということなんです。それは、まったく熱の発生を伴っていない電子の動きなので、それを使って電子技術を構築できないかということを我々は考えています。

    その一つの例が先ほど申し上げたスピンホール効果です。スピンの動きを、熱の発生をまったく使わずに起こすということを考えています。ホール効果というのは、外からかけた電場と、流れる電流が垂直方向ですから、この電場と言うのは仕事をしていません。その意味で熱の発生のない電流なんです。それと同じ事を光で考えたというのが今回の話なんですが、もっと大きな話で言うと、熱の発生を伴わない電子の動きを、固体の中で実現しようというのが、研究のテーマです。その材料として強相関電子系というものを考えた時に、スピンの秩序をうまくコントロールしてやることで流れを作り出すとか、いろいろな可能性が考えられます。

    一見クレージーですけれど、理論的には可能です。例えば絶縁体がありますね。絶縁体は電気が流れないと言うことになっていますが、うまく設計すると、絶縁体なのに、まったく熱の発生を伴わずに電流を連続的に流すことができるとか、そういうことが原理的には可能なのです。

    -- 理論的な研究について、どのようにお考えですか。最近はシミュレーション技術が非常に発達してきていますが、数式を扱う研究の重要性と、そして実際の実験、それらの相互の位置づけなどをどのように考えておられますか。

    永長) 私はずっと理論をやってきて、しかもコンピュータではなく数式をメインにやってきた立場としてはですね、まずコンピュータなしに理論物理をやるのは不可能だと思います。また、実験との共同作業がなければ理論と言うのは枯渇してしまって、死んでしまうのも確かです。

    じゃぁ、理論は必要ないかというと、人間が自然を理解すると言うのは、最終的には理論によっているわけで、(自然現象に対して)何らかの解釈が必要ですね。ストーリーがなければ何も進まないわけです。ですから、最終的に一番大事なのは理論だと思います。もちろん、他がなければ存在し得ないか弱い存在なわけですけれど…。けれど、それがなければ、新しいアイディアも出てこない。やはりアイディアを持って実験とか、シミュレーションの結果などを眺めないと、そこから何も読み取れないですよね。そうすると次のステップに進めないことになります。そういう意味で、理論と言うのは絶対に必要と言うか、なくならないものだと思います。

    シミュレーションと言うのは徐々に実験のほうに近づきつつあります。理論の中にシミュレーションがあるというよりも、計算機実験であり、そして実際の実験があるという、そういう分類になりつつあると思います。ただ、その3者の間のフィードバックが非常に大切で、私はこの産総研のこのチームで、計算機実験をされる方と、実験のグループと、こういうアナリティックな理論をやる人と3者が渾然一体となって、チームを組んでやるというスタイルをここで確立したいと思っています。それは今のところかなりうまく行っていると思うんですが、理論物理は紙と鉛筆で、頭だけで考えるんだ、というような古い考えでやっていると、とても仕事ができないような状況になってきていますね。3者が密接に協力できるのが、この研究所の非常に大きなメリットです。

    -- 今日は貴重なお話を伺うことができまして、ありがとうございました。

    数学・理論の大切さ

    "電力を(ほとんど)消費しない電子デバイス"という一見不可能なアイディアが、物理学における理論的な考察の中で生まれてきて、そこで扱っていた抽象度の高い理論と数式が母体となって、異なる分野において新しい発明がもたらされた。これは、一つの理想的な研究・開発のプロセスに感じられる。高度な理論や数式が本質的に活かされ、ダイナミックな連想をもたらし、革新的な発明を生むという典型的な研究・開発の例であろう。

    大きな課題に挑戦する場合は、その理論について根本的な検討を加えることが、本質的な解決に結びつく場合もあるだろう。抽象度の高い理論は難解な一方で、高いレベルの普遍性を持ち、思わぬ分野に新しい知見を与え、思わぬ分野から新しい示唆を受けることがある。数学が役立つとは感じていない、という学生のアンケート結果も見られ、何でもシミュレーションで解決できるというイメージもある昨今の世の中だが、やはり数学・理論の大切さは、いつの時代でも変わらないもののようだ。道具としての数学や理論を改めて見直してみることも、革新的な製品を開発しようとするプロセスの中では、大切な視点ではないだろうか。

    ともあれ、今回の光ホール効果の応用展開とともに、産業技術総合研究所強相関電子技術研究センターにおける、"エネルギー損失を伴わない電子デバイス"の開発が成功することも期待したい。

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