【レポート】

ITパラドクスからITパラダイスに向けて - 新しいITパラダイムへの展望

    近勝彦  [2004/12/20]

    IT産業の新たな発展に向けての展望を考えてみよう。今から考えてみれば、IT産業は2000年がひとつの大きな分水嶺であったといえるかもしれない。それ以前、IT産業は大躍進を遂げ、更なる飛躍への期待が高まっていった。しかし、2000年にいわゆる"ITバブル"が弾け、それ以後この産業領域は長期的には芳しくない状況が続いている(ミクロ的にはうまくいている企業はたくさんあろうが)。ただ、その産業の中身をつぶさに観察すると、一定の傾向が見て取れる。そこで、いかなるITパラダイム(IT利用の大きな潮流)が訪れようとしており、それにいかに適応していけばいいのかを考えてみたい。

    筆者は昨年の秋から、コラム「IT資本論」でITパラドクス(ITのもたらす矛盾)について論じてきた。ITはこれまでの一般資本(生産のための一般資産)とは異なり、それが投入されてもすぐには効果が表れないか、表れても測定しづらいために、最適な投資が実現しにくいことを論じてきた。しかもIT資本は、さまざまな他の資本との上手な組み合わせを実現しないとその効果が十分に発揮し得ないことも述べてきた。

    ここでは、そのさまざまなパラドクス(拙著では8つのパラドクスを論じている)を解決するとともに、新しい経済社会のモードに対応すべきことを論じてみたい。経済社会のもっとも大きくかつ長期的なパラダイムは、A・トフラーなどが述べた、農業社会から工業社会、さらには情報社会という3段階発展様式である。どのようなパラダイム論を採ろうとも、おおむね「現在は情報社会である」という結論には変りないといえよう。筆者自身は、経済領域と社会領域の両方に関心があり、このような複眼的な視点に立てば、現在の経済社会は、情報社会の特徴の中に「成熟消費社会」と「少子高齢化社会」および「環境重視社会」などの社会制約(社会課題)を織り込んで議論をしなければならないと考えている。これを一言でいえば、少なくとも日本のような先進国は、ネットワークが高度に発達した成熟社会であるといえよう。このような経済社会は、さらに次のような、ポスト現代資本主義的な経済社会様式に徐々に移行すると考えられる。

    その次世代の新しい経済社会モードとしては、3つのタイプが指向されるとみる。そのひとつは、いわば「スーパーハイテク企業」およびそのネットワーク集団であると考える。より具体的には、更なるハイテクを指向しそれを更なるスピードで実現する、大規模であるが組織の弛みや不経済性から逃れた、「スーパー・リーン・ハイテク大企業」(大規模でありながら無駄を徹底的に排除したハイテク企業)であろう。これは、熾烈なイノベーションを競争の源泉にしているので、生き残れるものは少数となる。しかも、これは新しい経済モードというよりは、今のモードのさらなる先鋭化に他ならない。

    これに対して「新しいエコノミー」としては、実は次のふたつを考えている。そのひとつは小さい規模で、ハイテクかハイタッチかは別としても、特殊な資産やポジションをもっている企業および企業ネットワークから成り立っている企業(組織)と考える。情報関連企業としては、古典的なIT産業から、デジタル化したコンテンツ指向的産業が成長すると考える。コンテンツは、情報や知識の中でもITよりは感性重視のものである。それが実現する価値は、大胆にいえば、コスト削減効果から付加価値実現効果のほうに移行すると考えられる。

    今ひとつは、新しく再生された「人間らしさをより高めたヒューマンタッチな中小企業」であると考える。農業ひとつをとってみても、農薬を使わず、より丹念に育てられた野菜を電子商取引システムで、より新鮮なうちに適切な値段で販売することは、単純な従来型農業ではない。いわば、ネットビジネスと農業の高度な融合ビジネスである。このシステムのほうが、今の野菜流通システム(大量生産・大量流通・大量販売方式)よりも、質が高く値段が安ければ、経済システムとしては優れているのである。これはまさに現代資本主義を乗り越えるものである。しかも、このような新しい農業であれば、大都市近郊の小さな農地でかつ高齢者でも栽培が可能であろう。このようなことはあらゆる古典的な産業にも適用できるであろう。それらがさらに発展すれば、古典的第一次産業、第二次産業からから、ブランド的高次産業に移行するものも多数生まれるものと考えるのである。

    これまでIT産業やIT企業はハイテク産業であるという自己定義から、このような発展可能性をもつ産業をいわば見逃してきたといえよう。むしろこれからは、これまで情報化・知識化されていなかった産業への貢献が目指されるべきであるといえよう。生産性が低く工業化に向かないものは切り捨てられ斜陽産業化してきたが、むしろこれらの産業にこそIT化・知識化を果たし、新しい経済として再生を試みるべきであろう。

    成熟社会とは、「安かろう、まずかろう、健康に悪かろう」というものから、「適度に高いが、おいしくて滋養になるもの」を積極的に選択する社会といえよう。意味なく忙しくバタバタ立ち振る舞う労働から、ゆっくりしっかりしたものを生み出す労働に変ることが成熟社会である。その底辺で背後で、PCとネットワークが人の代わりに忙しく働けばいいのである。

    IT企業は、そのような新しい経済社会のモードを実現するツールやチャネルを提供する知識基盤型企業へと転換を急ぐ必要があろう。その世界では、ITを単に開発し売り切るような存在ではなく、上記のニューエコノミーを支える中小企業と手を携えて一緒に考え一緒に創造する存在となる必要がある。まさに、ネットワークを作りながら、自らネットワークを支えるパートナーへの転換が望まれるといえよう。

    ITパラドクスの解消と、新しいITアダプテーション(IT適応)が果たされた暁には、次なるITパラダイスが到来すると思われる。そのときには、IT産業は、更なる発展と進化を遂げている存在になっていると思われる。

    (大阪市立大学 近勝彦)


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