――スウィッシュさんにはいつまで在籍していたのですか?

あの会社って年俸制で役員と給料を交渉するんですけど、「B-RAP」が人気になって他の番組からも声がかかりだしていたから、「全社員の中で上げ幅を一番にしたから」って評価してくれたんですよ。でも僕は「ちょっと待って、これは少なすぎます」って言ったんです。「ディレクターってAD時代の不遇が報われるためにはお金しかないじゃないですか」なんて生意気なこと言って、「いくらなら納得するんだ?」と聞かれて希望の額を出したら、役員がみんな「だよな~」って言ってくれて。それで、「会社としてはここまでしか出せないから、お前はフリーになって外で活躍したほうがいい。それでいろんなところで仕事したら、うちの会社を使ってくれ」って言ってくれたんですよ。

――粋な会社ですねー!

めちゃくちゃいい会社なんですよ! 「うちが絡んでる仕事やるんじゃねーぞ」とか変な圧力もかけないし(笑)。だから、よほど局や制作会社の行政がない限り、技術さんを選べるときは一度もスウィッシュから浮気したことないです。実際、技術力も高いですしね。

――それで給料も一気に上がるわけですね。

20万代後半の手取りが、次の月に10倍になるイメージです。今までお財布ギリギリで生活してたのに、何買っていいか分からないから、とりあえず気に入ったスニーカーがあったら色違いで2足買ってみたりとかしてました(笑)

――そこから、どんな番組を担当されていったんですか?

TBSは江藤さんの仕事で紳助さんやナイナイさんの番組をやって、日テレで『カートゥンKAT-TUN』『恋愛部活』『24時間テレビ』の深夜とかを上利(竜太)さんとやったりして、『(世界の果てまで)イッテQ!』にゴールデンで立ち上げるときに入ったんですけど、(企画・演出の)古立(善之)くんが衝撃的だったんですよ。

『世界の果てまでイッテQ!』企画・演出の古立善之氏

――衝撃的というのは気になります。

あの枠ってそれまで日テレでも苦戦してたんですけど、『イッテQ』になった結構早めに結果が出てきたんですよ。それで盛り上がって、各局どの会議に行っても『イッテQ』の話になるくらい話題になってたんですけど、いい「Q」がなくなってきたんです。あの番組はもともと、「砂漠の熱で目玉焼きは焼けるの?」とか「溶岩で焼いたステーキはどんな味?」とか素朴な疑問をロケに行って解決していくスタイルだったんですけど、そのネタ探しで苦しみだしてきた。でも数字だけはバンバン上がっていって日本テレビを代表する人気番組になっていた矢先に、古立くんが週明けの会議で、「ちょっと週末に風呂入りながら考えてきたんですけど、えっと、Qやめます」って言ったんです。

視聴率とり放題で日テレがお祭り騒ぎで、日本中のお笑い番組のディレクターが指をくわえてるときに、大前提のルールを変えるって言い出したんですよ。普通なら、“どうやったらいいQを探せるか”というところに脳みそがいくはずだし、しかもそーたにさん、桜井慎一さん、鮫肌文殊さんといったそうそうたる作家さんや、手練の年上のディレクターもいっぱいいるのに、誰にも相談してないんです。「Qやめます。ベッキーがとてつもなくきれいな朝焼けを見に行くみたいな感じの番組にします」って、1人で決断したんですよ。「マジで気狂ってるな!」って思いましたもん(笑)。これが本当に衝撃的すぎて、本人やあの会議に出てた人に「みんな覚えてる?」って聞いてみたいですよ。でも、あれができるのが大将なんですよね。「右向け右!」ってちゃんと言える大将。正しかろうが間違っていようが、下が困るのは決めてくれない人なんで。

――ものすごい決断力ですね。

そういうゴールデンのど真ん中の番組もやった一方で、BSスカパー!で『BAZOOKA!!!』っていう番組をやって、僕が下ネタを扱う企画をやったらめちゃくちゃ怒られて、当時フジテレビから出向してた小松(純也)さんが各所に死ぬほど謝るはめになるっていうこともありました(笑)。でも面白い企画で、その番組を見たスカパー!の編成さんにお声がけいただいて、徳井(義実)さんと『チャックおろさせて~や』って番組をやったりしました。

■V6はジャニーズで「ダントツにロケがうまい」

――『学校へ行こう!』のレギュラー放送が終わって、V6さんとのお仕事は続いていったのですか?

TBSでV6の深夜番組が続いていくんですけど、僕は番組としては『クマグス』までですね。最近だと2~3年前くらいから、シングルの特典映像をやることになったんです。メンバーが「和田くんに撮ってもらえば?」って言ってくれたみたいで、エイベックス経由で連絡が来て、この何年間かずっと撮ってますね。

――『学校へ行こう!』を含めて、V6さんとの印象に残るエピソードをぜひ伺いたいです。

森田剛と三宅健の「剛健コンビ」には死ぬほどイジられましたね。特典映像のオープニングでキックボードに乗ってそのまま僕に突っ込んでくるとか、腹の肉をつかんできたりとか(笑)。V6って六者六様で、本当に魅力的な6人なんですけど、僕にとって『学校へ行こう!』においてのキーマンは森田剛だった気がします。タレントさんって、僕らが用意した演出に乗っかって笑ってくれるじゃないですか。でも、森田剛というのは、面白くなかったら現場でくすりとも笑わないんです。でも逆に面白かったときにはすごい笑ってくれる。ファンもそれが分かってるから、森田剛がケタケタケタって笑ってるときのVTRは、本当に面白いことが行われてるんだというのが伝わって、やっぱりウケてましたね。だから彼のロケは比較的リスクがあって、苦手というディレクターもいたかもしれませんが、僕は森田剛でロケを撮りたかったんです。

――勝負のしがいがあるんですね。

今はだいぶなくなりましたが、当時の『学校へ行こう!』の頃って、スタジオにいるディレクターは、自分以外が担当したVTRを笑ってくれないんですよ。それは敵ですから(笑)。特に僕なんて、外様で途中から入ってきたから、「お前のVTRなんかで笑ってやるか」みたいな空気が多少あったんですよね。その中で笑いを取ったら勝ちというか。しかもV6にとっては、自分の出てるロケがウケてるかどうかで、ディレクターを信用する指針になる。やっぱりすごいウケたなあってなると、次のロケで僕の演出を信じてくれるということがあるんですよ。

V6って、坂本(昌行)さんと長野(博)さん以外、イノッチ(井ノ原快彦)さんから下が僕より年下なんですけど、めちゃくちゃいろんなことを教えてもらいましたね。僕、ジャニーズの中でもV6がダントツでロケがうまいと思うんですよ。芸人さんとかも一緒にロケをやると、「V6ってロケうまいですね」ってみんな言うんです。

――それはやはり『学校へ行こう!』で鍛えられたんですかね?

そうだと思います。毎週あんなにロケに出てたグループってないと思うんですよ。当時は2人1組で毎週のようにロケに出て、変な話めちゃくちゃ楽に面白くなるものもあれば、難しいときもあれば、感動もある。「未成年の主張」みたいに爽やかなものがあれば、「B-RAP」みたいに変なラップをケタケタ笑うのもあるし、学生の夢を一緒に追いかけるときもある。本当に様々な種類のロケを毎週やってるんで、圧倒的にV6がうまいですよね。

――しかも、相手が一般の若い方というのも、なかなか大変なロケスタイルですよね。

そういうときに、うまくいかないときが何度もあって、「こういう時はこうやったほうがいいだろうな」とか、吸収していったんですよね。すごく教えてもらったし、すごく感謝してるし、僕にとってV6はすごい存在ですね。

―― 一緒に成長していったという感覚ですか?

それもあると思います。ADからディレクターになったのもカミセン3人のロケだったので、V6には絶対足を向けて寝られないです。