緊迫化する日韓関係

日本製半導体材料の韓国への輸出規制の問題はWTO(世界貿易機関)で協議することになり、いよいよ政治問題化してきた。日本側の"説明"に納得しない韓国側は世界機関への訴えにより決着を図ろうとするが、この問題はかなり長期化する予想である。草の根レベルでの日韓の観光、文化交流などにも影響が出てきているというから心配である。もっとも半導体輸出がGNPの20%を占めるという韓国側にとっては経済的にも深刻かつ喫緊な問題といえる。

国家間の問題に関係して半導体の問題が最近度々取り上げられるのはエレクトロニクスが今や完全に社会インフラの重要な部分を担っている証拠である。

今回規制対象となっているレジスト、フッ化水素、フッ化ポリイミドなどの製品は世界の半導体業界で日本ブランドが高い比率を持っている。サプライチェーンの一角を占める材料としては他製品で俄かに代替えできるものではないので、"リービッヒの最小律"よろしく大きなボトルネックとなる。代替品に変えることは可能であるが、それには事前の時間のかかる認定作業が必要になる。

輸出規制の経済的インパクトはこれら材料製品のメーカーにとってよりもむしろユーザーであるデバイスメーカーにとって大きくなるので、「制裁措置」ともとられかねない様相を帯びてきている。特に最近の米中の関税合戦の中で突然出てきた問題なのでなおさらである

  • 半導体サプライチェーン

    半導体製造には膨大な数の工程があり多くの材料、装置が使われる (著者所蔵イメージ)

思い出のサプライチェーン問題

30年にわたる私の半導体人生でも何度か世界的なサプライチェーンの問題を経験したことがあって、私自身が直接かかわった思い出がいくつかある。

住友化学、愛媛工場の爆発事件(1993年)

半導体プロセスがNMOS、BipolarなどからCMOSにどんどん変わっていった時代で、シリコンからの発熱が抑えられるようになって封止用パッケージも高価なセラミックからプラスチックに移行していた頃である。

プラスチック・パッケージには通称レジン(技術的には"半導体封止用エポキシ樹脂形成材料"というらしい)という材料を使用する。当時、半導体業界で世界の60%以上のレジンを供給していた住友化学の工場が爆発を起こして突然出荷が停止した事件である。かなり大きなニュースになって世界中で報道された。

AMD本社から購買担当のVPがすぐさま飛んで来て「住友化学を他のメーカー代表と一緒に訪問するので一緒に来い」、と言われ同行することになった。そのミーティングの光景はかなり異様であった。住友側からは取締役が1人で出てきて、こちらはSIAのメンバー会社の代表がずらりと並ぶ。「いつから操業を開始するのだ?」の質問に、「現在鋭意検討中である」のやり取りが延々と続いたと憶えている。その後私は毎日住友の担当者と連絡を取って復旧状況を本社に報告しなければならなかった。結局は住友がしばらくして生産を再開したものの、その間、他の日本、中国、台湾の競合会社が生産能力を上げて埋め合わせしたので住友化学はその後シェアを一気に落とし、結局最後はこの分野から撤退した。しかし、巨大企業である住友化学全体のビジネスへの影響は比較的軽微であったという印象がある。

  • プラスチックパッケージ

    プラスチック・パッケージは安価なパッケージとして普及した (著者所蔵イメージ)

東日本大震災(2011年)

大災害を引き起こしたこの地震は半導体業界へも甚大な影響を及ぼした。ルネサス エレクトロニクスの那珂工場のクリーンルームが被害を受け操業を停止した。

当時から自動車業界に多くの半導体デバイスを供給していたルネサスの製品出荷の停止は世界中の自動車メーカーに大きな影響を及ぼした。トヨタ、ホンダをはじめとする自動車メーカーが自らのエンジニアを那珂工場に派遣して人海戦術で復旧を加速することとなり、日本だけでなく海外でもで大きく報道された。

しかし実際にはどのような状態だったのか私は知らない。というのも、当時私自身が某米系半導体ウェハメーカーに勤めていて地震の影響への対応で忙しかったからだ。私が勤務していた米系メーカーは宇都宮にウェハ製造工場を展開していたが、幸い自社工場への被害は軽微であった。一方、私は顧客からの対応に迫られた。というのも、世界のウェハ供給の70%近くは日本のメーカー2社が担っていて、そのうち1社の福島県白河にあった主力工場が被害にあって、操業を停止していたからだ。

世界中の半導体メーカーが代替ウェハの確保に動いた。被害を受けた白河工場ではシリコン引き上げとエピタキシャル処理を行っていたが、これが一瞬にして停止した。引き上げというのは高純度シリコンのインゴットを製造する一番重要な工程である。もう1つのエピタキシャル処理というのは、ウェハの特性をより安定化させるために高温の炉の中でエピタキシャル成長という表面処理(俗にいう"エピ処理")をする工程である。

地震の影響でかなりのキャパシティが失われた。私の会社の米国本社からの指示は非常にクリアであった。「この事故は世界的な影響を及ぼす。供給に関してはすでに注文を受けている客の生産に影響がない範囲で、競合他社の客もできるだけサポートすること。なお、この状況に乗じて値上げすることは厳禁」であった。米国企業らしい大変にフェアな対応であったと思う。そこに、ある日本の大手半導体デバイスメーカーから電話が入った。「白河工場の事故でエピウェハが手に入らない、何とかしてもらえないか?」と状況はかなり切実である。

そこで私は白河工場を運営する日本のウェハ競合社とのミーティングをした。聞けば、「インゴットの在庫は十分にありウェハは何とかしのげるが、エピ処理ができないことが大きなボトルネックである」、という状況らしかった。我々の宇都宮工場のウェハ生産はマックスに達していたがエピ炉には多少余裕がある。そこで前代未聞の「エピサポート・サービス」が始まった。競合他社のウェハを受け取り、我々の工場でエピ処理をして返すという体制を競合協力の下に行ったわけだ。カスタマはこれにより綱渡りではあったが何とか製品の製造を継続できた。

サプライチェーン管理の重要性

かつては、ビジネス継続に必要な物資の確保ができなくなる事態は自然災害、輸送手段の遮断、工場の事故などの非常事態によって引き起こされることが多かった。しかし、米中の貿易摩擦、今回の日韓の問題を見ているとサプライチェーン管理が、今まで経験した範囲を超えて複雑化し解決困難になってきていることを示唆している。地政学的要因はこれからのサプライチェーン管理者にとって常に意識しなければならない問題となっている。言わずもがなであるが、リスク低減の唯一の方法はサプライチェーンのすべてのポイントにおいて複数認定・購買を進めることである。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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