先週、日本政府は半導体にフォーカスした成長戦略の原案を発表した

今年に入ってから世界的に深刻な半導体供給不足の状況が続いているが、それに対応するための経済産業省(経産省)の「半導体・デジタル産業戦略検討会議」による今回の原案は、台湾、韓国、中国をはじめとするアジア偏向が加速する先端半導体の製造拠点について「他国に匹敵する取り組みを早急に進め、日本への立地を推進して確実な供給体制を構築する」のを大きな目標として掲げている。米中をはじめ、EUやインドの各国政府が半導体製造を手掛けるTSMCなどのファウンドリ企業を躍起になって誘致しようとしている中、いよいよ日本政府も重い腰を上げた印象がある。政策を総動員して取り掛かるという政府の試みは何を目指しているのだろうか?

経産省が発表した膨大な提言資料

この国家プロジェクトが何たるかを理解するために、私はまず経産省のホームページにアップされている提言資料を見てみることにした。そこでまず驚いたのが資料の膨大さである。「半導体・デジタル産業戦略」というタイトルの資料は半導体開発からデジタル社会の充実、サプライチェーンの問題、脱炭素化の問題まで、資料集め目的にはもってこいの充実した内容である。膨大なデータを含んだこの資料はパワーポイントでぎっしりと纏められ、それでも実に18ページ、ワードでは31ページにのぼる「力作」である。同種のレポートを生業としているコンサルティング会社顔負けの資料として、さらに核心部分となる「半導体戦略」資料も用意。こちらはパワーポイントで82ページにわたる超大作である。ふんだんな統計資料を使った理路整然とした現状分析を展開する資料をかなりの時間を使って目を通した私にとっては大変な勉強となった。しかし、最後の「プロジェクト予算」のページで愕然とせざるを得なかった。

  • AIチップ開発加速のためのイノベーション推進事業:令和3年度予算額20.9億円(資料79ページ)
  • 高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発事業:令和3年度予算額99.8億円(資料:80ページ)

政府主導のこの手のプロジェクトについて過去の経験がある私としては「またか……」という印象を受けざるを得なかった。

このレベルR&D予算としては、AMDやNVIDIAなどといった半導体企業でも一桁以上違う額を毎年投入しているし、うがった見方をすれば、これらの予算の実態はすでに進んでいる政府系研究所による数あるプロジェクトにかかる経費の総体である可能性がある。金額で言えば「ポスト5G基金(2000億円)」や「グリーンイノベーション基金(2兆円)」などもリストされているが、これらはインフラ整備などが主であり、半導体に特化したものではない。半導体に焦点を当てた予算額の比較では米中やEUが兆円単位のコミットをしていて、すでにその予算をどの企業が使うかの選定段階にきている点では、経産省の提言はほとんど成果を産まなかった今までのプロジェクトと何等変わらない印象である。

  • 半導体製造

    デバイスブランドがIDMモデルである時代はすでに終焉を迎えている (著者所蔵イメージ)

一つだけ私の目を引いた記述は「日の丸自前主義の陥穽」という項目が記されたパワーポイントのページ(資料8ページ)で、半導体設計、微細加工開発、製造までを一貫生産するIDMビジネスモデルへのこだわりがグローバル市場では急速に水平分業が進んだ現在とのギャップを生み、日本半導体業界が凋落したということをはっきり認識している点である。

  • 経産省半導体戦略

    経産省が掲げた半導体戦略における「日の丸半導体」が凋落した主要因の概要 (出所:経産省発表資料)

他国での成功例に学ぶ

こうした官民合同のプロジェクトで思い出すのは米国半導体で業界を挙げて立ち上げられた初のプロジェクト「SEMATECH」である。

1980年代、日の丸半導体に圧倒され、総崩れとなった米国半導体ブランドはビジネス撤退の懸念を抱いていた。SIA(米国半導体協会)はすぐさま政府に働きかけ、あの手この手で形勢逆転を狙った。

日米政府の外交アジェンダにも取り挙げられた日本の半導体輸入比率目標は20%と設定された(結局現在では実質60%にまで達している)。SIA各社と政府が協力して1987年に官民合同で立ち上げたSEMATECH(Semiconductor Manufacturing Technology)は、製造技術の開発を目的としたコンソーシアムで、次世代半導体の製造技術の確立へ向けたロードマップを策定した。同種のプロジェクトでは米国初であったが大きな成果を上げた。SEMATECHの責任者には「集積回路の発明者・Intelの創業者」として誰もが知るRobert Noyceが就いた。こうした業界を挙げてのプロジェクトには、Noyceのようなカリスマ的なリーダーが必要だ。すでに成功を収めていたIntelを創業したカリスマのもとには優秀なエンジニアがこぞって集結した。研究の成果は参画企業にシェアされ実際のビジネスに大いに役立った。

  • ロバート・ノイス

    Intelを引退後SEMATECHの責任者となったRoert Noyce (著者所蔵イメージ)

EUの本部があるベルギーに本部を置く国際研究機関imec(Interuniversity Microelectronics Centre)は1982年に創設された。リソグラフィー技術や太陽電池技術、有機エレクトロニクス技術など次世代エレクトロニクス技術の開発に取り組んでいるimecは、ファンディングの際にプロジェクトごとの詳細な審査をし、見込みありとなれば域内のトップエンジニアが参加する仕組みになっている。エンジニアたちは参加企業から派遣されるので、その研究成果はそれぞれの企業が享受できるようになっている。優秀なエンジニアを派遣するコストの担保が十分になされている。

半導体各社は高度にグローバル化した市場状況において熾烈な競争にさらされている。研究開発はあくまでもビジネス目的であり、国家プロジェクトのために身銭を切るわけではない。

日本の半導体が進む方向性

経産省による政府提言の内容についてはかなりネガティブなコメントになってしまったが、提言は日本半導体の強みも指摘していて、その中には今後の方向性を示唆する情報もある。

  • 半導体サプライチェーンの上流には高性能ウェハをはじめとして、材料・装置の分野で世界をリードする企業がグローバルに活躍している。
  • 200mmウェハを中心としたパワー/センサデバイスの分野でも実績のある企業があるが、世界的供給不足に直面して装置の調達に苦労している。また、300mm化へ必要な膨大な資金を捻出できない状況である。

300mmウェハによる最先端ロジック半導体技術を用いた量産の分野では、経験のあるエンジニアのリソースが限られているという問題がある。また米国のGAFAMに代表されるような大手顧客は日本には存在しない。総花的なアプローチとは違った、実利を見据えた具体的な政策提言が期待されるゆえんである。