北海道新聞の報道によると、11月17~18日にかけて、JR北海道で活躍した特急形気動車キハ183系17両が室蘭港で船積みされ、譲渡先のタイに向けて旅立ったという。この他に3両の保線車両も含め、すべてJR北海道が無償で提供した。輸送関連費用の約1億4,200万円はタイ国鉄が負担する。タイ国鉄は一般列車や観光列車に改装するとのこと。

  • 特急「オホーツク」として走るキハ183系(2015年撮影)

日本の中古車両は海外でも人気があり、とくに東南アジアで実績がある。タイでは1990年代後半からキハ58系や12系・14系・24系客車などをJR西日本から譲受しており、2017年にもJR北海道からキハ183系を譲受していた。他にもフィリピン、マレーシア、インドネシア、ミャンマーなどで日本の中古車両が活躍している。

これら譲渡車両のほとんどが「旧国鉄型」と呼ばれる形式で、国鉄分割民営化時にJR各社が引き継ぎ、その後、老朽化と新車導入にともない廃車した車両だった。インドネシアやミャンマーでは、大手私鉄および第三セクター鉄道の車両を導入した事例も多い。インドネシアの元東急電鉄8000系、マレーシアの元会津鉄道キハ8500系(元名鉄8500系)などの動向は日本の鉄道ファンの間でも話題になった。

一般紙でも話題になったユニークなエピソードとして、日本で大学生が紛失したスマートフォンが、電車のシートに挟まったまま輸出されてしまい、インドネシアで発見されたことがある。その情報がSNSで伝わって落とし主に届き、落とし主の学生がジャカルタ駅で拾い主と対面した。その後、お互いに行き来するなど交流したという。

■日本の鉄道中古車がアジアで人気の理由

製造から30~40年も経った日本の中古鉄道車両が人気の理由は、素材や構造が丈夫であり、運用中のメンテナンスもしっかり行われ、状態が良いからだといわれる。譲受する側としては、輸送費を負担しても新車を製造するより安上がりになる。

日本では鉄道車両の製造費用が1億円前後、あるいはそれ以上になる。前述の通り、タイ国鉄はキハ183系など20両を約1億4,200万円で獲得しており、単純計算で1両あたり1,500万円以下。お買い得な中古車両といえるだろう。これは日本国内の地方鉄道にとっても同じ。キハ40系は人気車種のひとつで、最近も小湊鐵道(千葉県)や北条鉄道(兵庫県)の導入で話題になった。

日本の鉄道会社では、老朽化による新車置換えで不要となった車両の解体処分・廃棄にも費用がかかる。鉄くずとして売り渡しても、1トンあたり換算で雀の涙。いっそダダでもいいから持って行ってくれたら助かる……と思っている会社もあるかもしれない。

しかし、中古車両としての欠点もある。継続してメンテナンスするための技術が必要で、故障した部品の入手も困難になっている。部品については、部品取り用の車両も購入して交換するなどの対応が取られる。問題はメンテナンスできる人材だろう。

JR北海道からタイに譲渡されたディーゼル機関車DD51形の場合、日本語の説明書が添付されただけで技術指導かなされず、安全な運行ができない状態だった。そこで鉄道愛好家らがクラウドファンディングで資金を集め、日本から技術者を派遣した。譲渡する側もサポート不足だし、譲受する側もずさんな決定だった。こうした事例は少なくない。

日本から譲受された鉄道車両がそのまま放置され、朽ちているという話も聞く。タイ国鉄は過去に、JR北海道で急行「はまなす」に使用された客車も譲受していた。しかしいまだ稼働していない。これについては、タイ国鉄が「キハ183と同時に整備する予定」と報じられている。

■ベトナム政府がキハ40系を拒む背景は

一方、ベトナムでは日本の中古車両の譲渡について、政府が同意しないと表明した。ベトナムの日本語ニュース総合情報サイト「ベトジョー」によると、ベトナム鉄道総公社から申請されたJR東日本のキハ40系(キハ48形などを含む)37両の輸入について、ベトナム交通運輸省の次官が「基本的に同意しない」との考えを示したという。

  • JR東日本のキハ40系。写真は五能線・奥羽本線などで使用されたキハ40・48形(2013年撮影)

タイのキハ183系は譲受OK、ベトナムのキハ40系はNG。その違いは、ベトナムの鉄道事情と法律に関係がありそうだ。ベトナムの鉄道は機関車と客車・貨車で運用され、ディーゼルカーの運用実績がない。だからこそ、ベトナム鉄道公社はディーゼルカーに期待した。終端駅で機関車の付け替えが不要で、編成組み替えも容易だからだ。キハ40系は日本で長期にわたる運用実績があり、安定した性能で安全。丈夫な中古車としても人気がある。ベトナム鉄道総公社もその性能に注目し、機関車・客車時代から大幅に運用効率が上がることを期待した。

しかし、運用実績がないために、ディーゼルカーの保守管理体制も作る必要があるし、現行法で対応できないところもある。ベトナムの鉄道法によると、車両の登録検査時に耐用年数以内である必要があり、車両を輸入する場合も使用期間が規定され、客車は10年、貨車は15年以内とのこと。ベトナムでは、ディーゼルカーの実績がないために規定がなく、仮にキハ40系を客車とするなら、製造から40年も経過しているのでこの規定に反する。

別の資料では、線路上で使う機械の最長耐用年数は15年とあり、これが機関車を指しているかもしれない。キハ40系が「動力を持つ車両」、つまり機関車と考えたとしても、やはり40年は長い。

「耐用年数」という報じ方が曖昧だが、日本の法解釈で「耐用年数」は「減価償却期間」であり、整備して検査に合格すればそれ以上の期間も運行できる。ベトナムの車両がすべて製造から15年以内とは考えにくいから、耐用年数と使用期間の解釈が異なる可能性もある。いずれにしても、キハ40系は丈夫な車両だ。JR東日本が責任を持ってサポートすれば、長期間の運用はできるかもしれない。

しかし、ディーゼルカーの運用実績のない鉄道が、製造から40年も経ったディーゼルカーを運用できるのか、政府担当者が疑義を持つことは当然だろう。ベトナムの軌間は1,000mmで、その改造費や輸送費が約7億700万円になるといわれており、これも問題視されている。37両の導入費用としてはタイと同様にお買い得とはいえ、ベトナムの経済事情からすると高いかもしれない。

ベトナムはハノイ~ホーチミン間の鉄道高速近代化について、日本政府に協力を要請している。具体的には政府開発援助と技術指導だろう。在来線でキハ40系を使ってもらうなら、こちらも政府またはJR東日本のサポートが必要といえそうだ。

■日本の中古鉄道車両の売り方が問われる

JR北海道がタイに譲渡したDD51形について、有志がクラウドファンディングで整備したと「美談」になっているが、本来はサポート案件であり、JR北海道が技術指導すべきではないかと筆者は考える。もちろん現在のJR北海道には無償でサービスする余力もないわけで、有償サポートとなるだろう。譲受したタイ国鉄も、「届いてみたら動かせない」とは大らかすぎる。使えなければ改造費も輸送費も無駄になる。

JR東日本は205系をインドネシアへ譲渡するにあたり、技術支援のために社員を派遣し、定期検査なども実施している。この方法が最もスマートだろう。鉄道車両は買っただけでは走らない。しっかりとメンテナンスできる環境が必要になる。

ベトナムにキハ40系を届ける。しかも初めてのディーゼルカー運用。そこにはサポートが必須になるはず。無償譲渡だから売りっ放しでいいという考え方は無責任すぎる。有償でサポートを実施するか、サポートできる人材育成を支援する必要はある。

もちろんそこには、民間の鉄道会社だけでなく、日本の政府の支援があって然るべき。そうでなければ、日本が東南アジアに鉄道車両を捨てているように見えてしまう。日本がアジアのリーダーになりたいと考えるなら、高速鉄道の売り込みだけでなく、安価で安全な鉄道環境も支援すべきだ。

JR北海道のキハ183系は、国鉄として初めて北海道専用に開発された特急形気動車だった。北海道の人々に親しまれ、鉄道ファンにも人気で、全廃を前に北海道安平町の「道の駅あびら」「安平町鉄道資料館」で保存された。そんな車両がタイの人々に歓迎され、少しでも長く現役でいてほしい。日本からの鉄道ファン観光客も獲得できるはずだ。