JR肥薩線の不通区間で「道路化」が進行している。朝日新聞の1月4日付の記事「肥薩線の線路、道路に活用 被災の住民『ありがたい』」によると、2020年7月の豪雨災害で不通となった肥薩線八代~吉松間のうち、八代市坂本町と芦北町で、同じく不通となった県道を代替するため、線路用地を道路として整備したという。緊急車両や復旧工事車両にとって重要な通路となり、孤立した集落の人々の生活道路としても好評で、今後も適用区間を増やすとのことだ。

  • JR肥薩線は昨年7月の豪雨災害で八代~吉松間が不通に

    「SL人吉」「かわせみ やませみ」「いさぶろう・しんぺい」などの列車が走った肥薩線。昨年の豪雨災害で八代~吉松間が不通に

地図を確認すると、坂本町と芦北町は隣接しており、肥薩線は八代駅の南側から球泉洞駅の北側までの区間が該当する。ほぼすべての区間で球磨川と県道と線路が並んでいるため、球磨川が氾濫すれば、まず県道が冠水し、次に少し高いところを走る肥薩線に被害が及ぶ。県道と鉄道が被災し、不通になると、肥薩線の駅周辺の集落は孤立してしまう。

そこで県道の復旧工事にあたり、被害の比較的少ない鉄道用地を道路の仮線として使おうというわけだ。県道が復旧したら、次に線路を復旧させるという段取りである。線路の復旧を前提としているから、道路に転用されても鉄道信号機などの施設はそのまま維持される。不謹慎かもしれないが、車を走らせると、列車の運転士気分になるかもしれない。ただし、通行可能な車は緊急車両と沿線地域に住む人々などに限られているようだ。

■JR九州は鉄道復旧優先、しかしBRT化に含み

災害復旧のため、線路を道路に変えると聞くと、将来は道路のままバスを走らせる、つまりBRTに転換するつもりかと疑ってしまう。東日本大震災でJR気仙沼線・大船渡線がBRT化されたときも、当初は仮復旧という話だった。しかし、JR東日本はBRTの運行ルートを沿線地域に拡大し、便利にした上で、沿線自治体と鉄道事業廃止で合意した。これで仙台駅などからの直通列車は運行できなくなってしまった。

ただし、実際に筆者が現地で観察したところ、沿線の人々にとってBRTが便利であることは確かなように見えた。鉄道も道路も目的は地域の交通手段だから、線路がなくなったとしても、他地域の鉄道ファンが口出しすべき問題ではない。

肥薩線の不通区間に関して、JR九州と沿線自治体は鉄道として復旧させる意向だという。熊本日日新聞は前述の朝日新聞記事と同じ1月4日付の記事「肥薩線復旧『まず鉄道検討』 JR九州社長、バスなども『俎上に』」で、JR九州社長の「鉄道による再建を優先しつつ、バスなどの転換も否定しない」という意向を報じた。

地元市町村などからは、2020年10月に鉄道再建の要望が出されている。不通区間の人吉駅からくま川鉄道が分岐しており、こちらは鉄道による復旧方針が決まっている。肥薩線をBRT化するとなれば、くま川鉄道が孤立鉄道路線になってしまう。

JR九州にとっては、復旧費用の負担が最大の問題となる。現在、国や県が「球磨川流域治水プロジェクト」を2020年度中にまとめる予定としており、JR九州はそれを含めて、2021年度中に復旧費用を算出する見通しという。算出された費用をもとに、国や県、自治体にも負担を求めていくことになるだろう。JR九州が単独で復旧させる場合は、低コストなBRT化も考えられる。いずれにしても、2021年度中に決着して復旧工事となれば、鉄道で運行再開するにしても2022年度以降になる。

■肥薩線「観光列車銀座」の復活を望みたい

鉄道ファンや旅行好きにとって、不通となっている肥薩線の八代~人吉~吉松間は「観光列車銀座」とも呼べる区間。それだけに復旧が待ち遠しい。

熊本~八代~人吉間は「SL人吉」が走る。牽引する蒸気機関車8620形58654号機は、営業運転を行う蒸気機関車として日本で最も古い。アニメ映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』に登場する機関車に似ているとして、「SL鬼滅の刃」として熊本駅から博多駅まで走り、鉄道ファン以外の人々にも話題になった。

  • 蒸気機関車8620形58654号機の牽引で走る「SL人吉」

  • 2017年に運行開始した「かわせみ やませみ」

同区間では、2017年からディーゼルカーの観光列車「かわせみ やませみ」が加わった。カウンター席、テーブル席などを用意し、球磨川の車窓を楽しみ、特別な弁当なども販売する。もうひとつ、「いさぶろう・しんぺい」もある。こちらは熊本~八代~人吉間を特急列車、人吉~吉松間を普通列車として走る。

2019年には、人吉駅で「観光列車サミット」が開催された。「SL人吉」の運行10周年を記念し、沿線の人々に感謝し、改めて全国に「おもてなし文化」を発信する趣旨だった。「SL人吉」「かわせみ やませみ」「いさぶろう・しんぺい」のほか、くま川鉄道「田園シンフォニー」や、他地域から「A列車で行こう」「指宿のたまて箱」が集まった。

JR九州が肥薩線で観光列車に取り組んだ理由のひとつに、九州新幹線の増収策がある。九州最大の都市、福岡市の人々が九州新幹線を利用し、熊本の観光列車に乗りに来ることを期待した。その期待は当たった上に、インバウンド効果が重なり、福岡発着の来日観光客も誘客できた。

しかし、肥薩線を単体だけで評価すれば大赤字。西日本新聞の2020年5月27日付の記事「JR九州が赤字線区の収支を初公表 線路維持、観光列車投入の影響も」によると、JR九州で最も赤字の大きい線区は日豊本線佐伯~延岡間で、2018年度の赤字は6億7,400万円。次に肥薩線八代~人吉間で、2018年度の赤字は5億7,300万円だった。また、人吉~吉松間の輸送密度はJR九州発足時より82%も減っている。

毎日新聞の2020年5月28日付の記事「JR九州、12ローカル線赤字 『これ以上どうしたら』 頭抱える沿線自治体」では、JR九州社長が会見で、「(観光列車の)数字が思わしくない」と発言したと報じられた。西日本新聞の記事でも、「投資がかさんだ」と書かれており、まるで肥薩線の赤字は観光列車のせいだと読めてしまう。肥薩線の観光列車が担った、九州新幹線の集客という役割は終わってしまったのだろうか。

鉄道が沿線の人々の交通手段であることは確かで、そこに口を挟むつもりはないものの、インバウンド面を考えれば、肥薩線の観光列車は日本の財産といえる。沿線地域の経済効果も高いはず。コロナ禍が収束した後の観光復活を見越して判断してほしい。