2018年12月に経営難を表明した近江鉄道について、近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会は「全線を鉄道で存続させる」と決めた。1年4カ月にわたった鉄道存続の議論は決着し、今後は運営方法や各自治体の負担配分を決める作業に着手する。

  • 全線の存続が決まった近江鉄道

鉄道を存続させる理由は、鉄道への郷愁ではなかった。現実的に考えて、最も自治体負担の小さい方法が鉄道だったからだという。背景には少子高齢化だけでなく、バスの運転手不足など環境の変化があった。

■老朽化する設備費と人口減で事業性が低下

近江鉄道は滋賀県彦根市に本社を置く鉄道事業者。1898(明治31)年に彦根~愛知川間が開業して以来、琵琶湖の東側に路線網を広げ、米原市、彦根市、八日市市、近江八幡市などを結ぶ。本線は米原~貴生川間、支線として多賀線の高宮~多賀大社間、八日市線の近江八幡~八日市間を運行している。地域の人々からは、電車の走行音にちなみ「ガチャコン電車」と呼ばれ、親しまれている。

しかし、近江鉄道の経営状況は厳しい。モータリゼーション、彦根市を除く沿線の人口減などで利用者が減少し、1967(昭和42)年度の1,126万人から、2017年度は479万人となった。営業損益は1994年から赤字に転落し、2017年度は約3.5億円の営業赤字に。累計赤字は40億円を上回っている。

近江鉄道は2016年にも、滋賀県副知事に対し、公共交通のあり方を検討するよう働きかけていた。その後も経営努力を進めたが、ついに2018年12月、鉄道事業の単独継続が困難として、沿線自治体に支援を求めた。

赤字転落以降、近江鉄道が無策だったわけではない。無人駅を増やして駅員を削減し、ワンマン運転の導入で乗員を削減するなど人件費を圧縮した。その一方で増収策も実施している。2006年にフジテック前駅、2008年にはスクリーン駅を開業し、定期利用者を増やした。ビア電などのイベント列車、保存車両展示や運転体験イベントの開催に加え、「鉄道むすめ」「駅長がちゃこん」などキャラクターグッズも販売した。

このような誘客策によって、2002年度に369万人まで落ち込んだ利用者数が、2017年度には479万人となり、15年間で110万人の増加という結果をもたらした。ここまでは微増ながら増加傾向ではある。ただし、沿線人口の総数は2015年から減少傾向にある。近年、彦根市が京都経済圏のベッドタウンとして人口増になっているものの、総じて人口減だ。一方で高齢者の割合は増えており、公共交通に期待されている。

さらに、近江鉄道は開業から120年以上が経過しており、設備の修繕、更新費用が増加傾向にある。設備の近代化には国や自治体から支援があるものの、会社負担がゼロになるわけではない。このように、設備投資額の増加が確実でありながら、沿線人口の減少により、赤字解消どころか黒字化の見通しが立たない。

近江鉄道は多角経営をしており、会社全体としては黒字だ。しかし、鉄道事業の赤字を埋めるために優良事業で必要なコストを下げ、相場より高い料金を設定するわけにはいかない。親会社の西武鉄道からは、すでに人的支援、車両、レール、枕木など格安で提供されている。これ以上の資金的支援は難しい。

そこで、近江鉄道は鉄道存続に関して「自治体の判断を仰ぎたい」となった。「鉄道事業を手放したい」あるいは「一層の支援をしてほしい」だ。

これを受けて、沿線自治体は「近江鉄道線活性化再生協議会」を設置。「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」にもとづき、法定協議会「近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会」を設立した。廃止を含めた議論の場ではあったものの、沿線から鉄道存続の要望が強く、実際には「国の支援を得て鉄道存続」のため、上下分離、公設民営を主眼とし、全線存続か一部存続か、バス転換やBRT路線化、LRT路線化についても協議してきた。

■バス転換の場合、運転手を確保できるかという問題も

3月27日付の京都新聞電子版の記事「『廃線なら通学できない』『高齢者の移動手段』の声が後押し 赤字の近江鉄道、存続」によると、現状のまま鉄道を存続させた場合、国や県、自治体の年間負担額は6.7億円。鉄道を廃止し、他の手段に切り替えた場合、最低でも年間で19.1億円との試算が示されたという。

鉄道を廃止し、他の公共交通を維持すると12億円以上の負担増になる。ちなみに、「平成30年度滋賀県委託調査事業 : 地域公共交通ネットワークのあり方検討調査報告書」では、バス転換の場合の初期投資額は全線転換の場合で約30億円、年間の運行経費は鉄道の77%となっている。BRTの場合は鉄道線路を専用道にするため、初期投資額は約120億円、年間経費は12億円。LRTの場合は駅の改造費用、全車両の更新などで初期費用が112億円以上となり、現実的ではない。

他に加味する要素として、バス転換した場合の速度低下や交通渋滞などを嫌い、マイカー利用などに転じる「逸走率」が40%、BRTの場合は20%と想定されるため、その分の収入減が懸念される。

そして、バス転換の最大の問題として、短時間に大量のバスが必要となることが挙げられる。地方ローカル線といえば通学定期が大半で、観光、買い物などの定期外利用者は少数派となるところだが、近江鉄道の場合は通勤定期利用者が30%、通学定期利用者が36%、定期外利用者が34%。通勤定期も含めた定期全体の利用者が66%となっている。これはつまり、朝夕のラッシュ時間帯に乗客が集中することを示唆する。

  • 区間ごとの輸送密度(上段)と最混雑列車の乗客数(下段)。輸送密度2,000人未満の区間を赤で記した。最混雑列車は2017年度の特定の日の数値(地理院地図を加工、出典 : 近江鉄道沿線自治体首長会議資料)

区間ごとの偏りも大きい。近江鉄道で最も輸送密度の高い区間は八日市~近江八幡間の4,681人/日。次いで彦根~高宮間の3,058人/日。最も輸送密度の低い区間は高宮~多賀大社前間の598人/日、次いで米原~彦根間の692人/日となっている。

新幹線停車駅の米原駅を含む区間の利用が少ないとは意外に感じられる。これについては、2019年8月に開催された「近江鉄道沿線自治体首長会議」において、「近江鉄道は彦根中心のダイヤに偏りすぎている。東京行きひかり号との接続が考慮されていない」との指摘があった。実際、筆者が近江鉄道に乗車したときも同様に感じた。多賀大社も観光客が見込めるから、輸送密度の低い路線も改善の余地があるかもしれない。

それはともかく、「輸送密度の高い2区間を残し、あとは廃止」ということはできない。車両基地が彦根駅にあるため、八日市~近江八幡間を残すためには高宮~八日市間も残し、線路をつなぐ必要がある。そして、八日市~水口~貴生川間の利用者の多くが八日市・彦根方面へ向かうため、この区間を廃止すれば、輸送密度の高い2区間の利用者が減ってしまう。

加えて、ここに挙げた区間のほとんどで、最混雑列車は167~253人の乗客がある。この需要に応えるためには、バスの続行運転、あるいは連節バスの導入が必要になる。道路の拡張整備も必要となり、初期費用は膨らんでいく。バス業界全体の運転手不足も懸念される中、バス運転手を確保できるかという問題もある。

「鉄道を残して上下分離し、国の支援を受けよう」と協議会を開き、「でも念のためバス転換も試算しよう」とやってみたところ、「結果として鉄道がいちばん安上がり」ということになってしまった。近江鉄道の全線存続は独特な輸送環境の結果かもしれない。しかし、鉄道のバス転換が容易ではなくなったという状況は、他の鉄道路線の存廃問題にも影響を与えそうだ。