西武鉄道は10月29日に新型特急車両の発表会見を行い、愛称を「Laview(ラビュー)」と発表した。車両形式も万単位の番号から切り下げられ、「001(ダブルオーワン)」となった。この呼び名は『機動戦士ガンダム00(ダブルオー)』を連想させる。西武新宿線上井草駅付近にアニメ制作会社のサンライズがあるし、その縁で上井草駅前にガンダム像もある。沿線の文化を活用し、共栄しようとする西武鉄道らしさを感じた。

  • 「いままでに見たことのない新しい車両」をめざした西武鉄道001系「Laview(ラビュー)」の外観。運転室窓に球面ガラスを採用している。南海電鉄の「ラピート」も丸い先頭形状だが、運転室窓は曲面だった

発表会見では車両の動力性能などの技術面はとくに触れられなかった。西武鉄道のCMに出演する女優の土屋太鳳さんも登壇し、デザインとブランドイメージを強調した。車両形式のルールを変更し、伝統の愛称「レッドアロー」ではなく新たな愛称を与える。ここに新しいスタートを予感させるし、西武鉄道の並々ならぬ覚悟を見た気がする。なぜなら、2019年春以降、西武鉄道は新型特急車両001系「Laview」で2つの競争に挑むことになるからだ。「関東観光地競争」と「秩父アクセス競争」である。

「関東観光地競争」は、東京を囲むように存在する短期滞在観光地同士の競争だ。伊豆、箱根、富士山、秩父、伊香保、水上、日光など多数の観光地があり、遠足や合宿、社員旅行、家族旅行、グルーブ旅行の目的地として競い合っている。これらの観光地にとって、鉄道アクセスの速達性と快適性は重要になる。この中で秩父方面の存在感を増す存在が西武特急といえる。

  • 地下鉄乗り入れを考慮し、運転席横に非常扉を設置している

伊豆方面はJR東日本が伊豆急行・伊豆箱根鉄道へ直通する特急「踊り子」を運行するほか、2016年に「伊豆クレイル」、2017年には東急電鉄も参画して「THE ROYAL EXPRESS」の運行を開始した。2020年には、JR東日本が新たな観光特急車両E261系を導入する予定だ。既存の185系もE257系リニューアル車に置き換え、サービス全体の底上げを図る。

箱根・御殿場方面は小田急ロマンスカーの牙城といえる。2018年に新型特急ロマンスカーGSE(70000形)がデビューし、都内区間の複々線化完成によってスピードアップも実現した。富士山方面はJR東日本と富士急行の連携も強力だ。特急「成田エクスプレス」の臨時列車が富士急行線へ乗り入れ、さらに共同通信の11月5日配信「JR、富士山麓に直通特急新設へ」によると、来年3月から新宿~河口湖間を直通する定期特急列車が誕生するという。E353系の付属編成(3両編成)が充当されるようだ。

日光・鬼怒川方面は東武鉄道がスペーシアを運行し、JR・東武直通特急も走る。2017年には新たな特急車両500系「Revaty(リバティ)」がデビューし、東武鬼怒川線で「SL大樹」の運行も始まった。伊香保・水上方面はJR東日本が注力し、高崎地区のSL列車も重要なコンテンツになっている。

その他にも、高尾山は2007年からミシュランガイドに登録され、今月から京王電鉄が5000系を使った臨時列車「Mt.TAKAO号」の運行を開始する。奥多摩方面はJR東日本が青梅線で「東京アドベンチャーライン」プロジェクトに着手。房総方面では小湊鐵道が「里山トロッコ」の運行を開始し、いすみ鉄道のレストラン列車群もある。アクセス路線としてはJR東日本の特急列車より高速バスが強いけれど、観光地として魅力が増している。

こうした中で、西武鉄道も秩父観光に注力してきた。2016年から秩父鉄道の「SLパレオエクスプレス」を西武秩父発で運転し、2017年には西武秩父駅の駅舎をリニューアル。隣接して「西武秩父駅前温泉 祭の湯」がオープンした。しかし、アクセスする特急列車は10000系「ニューレッドアロー」で25年間変わらず。登場時からスタイリッシュで見慣れた感はあるものの、ライバルたちと比較して目新しさは感じられない。

関東大手私鉄の有料特急は、2005年デビューの小田急ロマンスカーVSE(50000形)あたりから大幅な更新時期を迎え、2008年に小田急ロマンスカーMSE(60000形)、2010年に京成電鉄「スカイライナー」AE形、2017年に東武鉄道500系「Revaty(リバティ)」、2018年に小田急ロマンスカーGSE(70000形)がデビュー。西武鉄道001系「Laview(ラビュー)」は後発ながら、真打ち登場のタイミングとなった。「いままで見たことのない新しい車両」と強調し、発表会見に人気女優を起用するという意気込みに、先行するライバルたちに「勝たねばならぬ」事情が垣間見える。

  • 大きな窓は下辺が着座時の膝下まで届く

  • バケットシートの採用で、外から膝が見えないように配慮されている

もうひとつ。西武鉄道は他ならぬ「秩父アクセス」そのものにおいても「勝たねばならぬ」競争を繰り広げていかなければならない。レッドアローの登場以降、「秩父へ行くならレッドアロー」とのイメージが定着している。しかし、そのイメージにあぐらをかいてはいられない。すでにレッドアロー時代とは背景が変わっている。理由としてスマートフォンの普及、そしてライバル路線の存在が挙げられる。

意外な組み合わせかもしれないけれども、試しに手持ちのスマートフォンで乗換検索を試してほしい。休日の朝8時、池袋駅から西武秩父駅まで、到着順で検索すると、西武鉄道の快速急行と特急レッドアローが出てくる。しかし、行先を秩父地域の主要観光地のひとつである長瀞駅にするとどうなるか。トップに大宮~熊谷間の上越新幹線経由、2番目に東武東上線の快速急行、3番目に西武鉄道・秩父鉄道直通の快速急行が表示される。特急レッドアローは上位に出てこない。

休日7時台の池袋発となると、検索結果は東武東上線経由がトップ。続いて湘南新宿ライン経由となる。乗換回数順でも、西武秩父駅まで乗換えなしの特急レッドアローの存在感は薄い。これが平日になり、さらに渋谷発、新宿発となると、どんどん特急レッドアローは見えなくなってしまう。東武東上線の料金不要の急行は意外と速い。

  • 西武池袋線(赤)、東武東上線(青)、JR東日本線(緑)、秩父鉄道(黒)の略図。秩父地域は3つの路線でアクセスできる。西武鉄道の独壇場ではない(国土地理院地図を加工)

「秩父へ行くならレッドアロー」とすり込まれた昭和世代は、西武鉄道の特急列車に乗って秩父へ行くことに疑いを持たないだろう。しかし、スマホを使いこなし、マスメディアに接触しない平成世代が電車で秩父・長瀞方面へ向かう場合、選択肢の筆頭は特急料金のかからない湘南新宿ラインや東武東上線となる可能性が高くなっている。若い人が安く行こうとすれば、もう西武特急の選択肢はないに等しい。西武鉄道がどんなに秩父地域の観光施設に投資しても、西武鉄道に乗ってもらえないかもしれない。

こうなると西武鉄道は、「いままで走らせていた有料特急をリニューアルします」だけでは済まされなくなる。「秩父に行くなら西武特急で」というイメージを維持するための戦略が重要になる。筆者が西武鉄道の偉い人なら、ライバル路線に客を奪われる前に先手を打ちたいところだ。

実際、西武鉄道は土休日に西武秩父~元町・中華街間で「S-TRAIN」を運行し、東急沿線の観光客を秩父に誘った。東急沿線にも西武と秩父を紐付ける人は多い。「S-TRAIN」は「秩父へ行くなら西武鉄道で」というイメージ作りにおいて大切な列車になったといえる。新型特急車両001系「Laview」も地下鉄乗入れ対応となっており、ゆくゆくは東京メトロ副都心線・東急東横線などへの直通運転もめざすだろう。それぞれの沿線から乗換検索1位の座を獲得する必要があるからだ。

発表会見では、11月9日に飯能駅付近にオープンする宮沢湖「メッツァビレッジ」と、来年3月16日にオープンする「ムーミンバレーパーク」への期待も語られた。これらの施設はいまのところ西武鉄道だけが鉄道アクセスを持つ。アクセス路線として独占できるから期待も当然。「Laview」による飯能行の“ムーミン列車”も検討されるだろう。しかし、もし集客が思わしくなければ、「メッツァビレッジ」の運営会社がJR東日本とも協定を結び、敷地付近を通る八高線に駅を新設するかもしれない。両毛線のあしかがフラワーパーク駅のように。

こうした背景を考えると、新型特急車両001系「Laview」は西武鉄道の切り札であり、秩父・飯能アクセスのブランドを維持するために重要な存在といえる。今回はイメージ戦略の発表にとどまったけれど、今後は車内サービスの内容や、沿線観光地の「Laview」利用者への特典付与が行われるかなど、列車のみにとどまらない「Laview」ブランド展開にも注目したい。