GWを挟んで、NTTドコモとKDDI(au)が携帯電話(スマートフォン)の新しい料金プランを相次いで発表し、大きな話題となりました。ここ2年あまりで、携帯電話大手の料金プランはリニューアルを図り、大きく変化しました。なぜ、各社が相次いで新料金プランに移行しているのでしょうか。

  • NTTドコモとKDDI(au)が相次いで新料金プランを発表。その背景は?

「分離プラン」を採用したNTTドコモの新料金

多くの人が関心を持っているけれど、一度契約してしまうとあまり気にしなくなってしまう……という人も多い、毎月の携帯電話料金。今回はその料金に関する大きな動きについて説明したいと思います。

去る4月15日、NTTドコモが新料金プラン「ギガホ」「ギガライト」を6月1日より提供すると発表しました。この料金プランは、基本料やパケット定額料などをセットにし、料金プランを2つに絞るなどとてもシンプルであり、なおかつ家族で契約すると安くなる仕組みが充実しているなど、従来のプランと比べて大きく変化している点があります。

  • NTTドコモが2019年6月より提供する新料金プラン「ギガホ」と「ギガライト」

なかでも従来と大きく変わったのが、通信料が安くなる代わりに、これまでスマートフォンの購入時に適用された「月々サポート」や「端末購入サポート」などの割引サービスが受けられなくなること。その理由は、新料金プランは「分離プラン」という仕組みを採用しているからです。

従来の料金プランは、ある意味通信料と端末代が一体となっており、毎月の通信料にスマートフォンなどの端末代を値引きする原資を上乗せすることで、端末を購入しやすくすることを重視した仕組みでした。ですが分離プランは、通信料と端末代を明確に分離することで、端末の値引きがなくなる代わりに、これまで上乗せされていた端末代の値引き分がなくなる分だけ通信料が安くなるなど、通信料の安さを重視した仕組みとなります。

NTTドコモと同様に、分離プランを導入した料金プランは、すでにほかの携帯大手2社も採用し始めています。2017年にKDDIが導入した「auフラットプラン」「auピタットプラン」、2018年にソフトバンクが導入した「ウルトラギガモンスター+」「ミニモンスター」がそれに当たります。KDDIは、5月中旬に新たに「新auピタットプラン」「auフラットプラン7プラス」「auデータMAXプラン」を発表し、新料金プランへのシフトを加速しています。

  • 毎月の通信量が50GBで、YouTubeなど10のサービスを利用した時の通信量をカウントしない、ソフトバンクの新料金プラン「ウルトラギガモンスター+」。これも、通信料に端末代の値引きが上乗せされていない分離プランだからこそ実現できたものだ

  • KDDI(au)は、定額で使い放題となる分離プラン「auデータMAXプラン」の投入を表明し、話題を呼んだ

ではなぜ、ここ2年のうちに各社は料金プランを大きく変えることになったのでしょうか。そこに非常に大きく影響しているのが、実は日本政府なのです。

過熱する端末値引きを是正したい日本政府

先にも触れた通り、従来の料金プランは通信料の一部を端末の値引きに割り当てる仕組みでした。なぜ、携帯電話会社がこのような料金プランを採用したのかといえば、携帯電話のネットワークを多くの人に使ってもらうためには、それを使うための携帯電話そのものを普及させる必要があったため。最新のネットワークをいち早く利用してもらうよう、それに対応した端末を安く販売することを重視していたわけです。

確かに、こうした仕組みがうまく働いて、日本では高性能な携帯電話やスマートフォンが広く普及し、多くの人が日常的に最先端のサービスを利用できるようになりました。しかしながら、携帯電話の契約数が日本の人口を超える規模に達すると、それだけで事業を成長させるのは難しくなってきたことから、携帯電話各社は一層契約者を増やすため、ライバル企業から顧客を奪うという競争を繰り広げるようになりました。

そのための武器となったのが、人気スマートフォンを「実質0円」など極度に値引いて販売する戦略です。実際、競争が最盛期を迎えた2014年の春ごろには、他社から乗り換えると人気のスマートフォンを実質0円で購入できるだけでなく、何万円ものキャッシュバックまでもらえる、というほどに競争が過熱していました。

ですが、スマートフォンを値引いたり、キャッシュバックを提供したりするための原資となっているのは、契約者が支払っている毎月の通信料です。それゆえ、この競争激化に乗じて携帯電話会社を次々と乗り換え、スマートフォンを頻繁に買い替える人はものすごく得をしましたが、同じ携帯電話会社の契約を長く続け、端末も長い間買い替えていない人は、毎月の通信料からそうした人たちの端末値引き分の費用を負担していることになるため、実質的に大きな損をするという不公平感がありました。

そうしたことから総務省は、かねてより有識者会議を開いて、過熱する端末代の値引きを抑制し、その分通信料を安くするための仕組み作りを進めてきました。ですが、それでも携帯電話会社の端末値引き競争の過熱は収まらず、一方で通信料の値下げには消極的な姿勢を取り続けました。そうした携帯電話会社の姿勢が行政の怒りを買ったようで、2015年には安倍晋三首相、2018年には菅義偉官房長官と、政界のトップが相次いで携帯電話料金の値下げに言及するまでに至ったのです。

  • 2018年の菅官房長官の携帯電話料金値下げ発言を受ける形で実施されている有識者会議「モバイル市場の競争環境に関する研究会」。ここでの議論から分離プランの義務化が決められた

その結果、2018年には総務省が「モバイルサービス等の適正化に向けた緊急提言」を打ち出し、携帯電話会社が通信料から端末代の値引きをできなくする分離プランの提供を義務付けるよう、電気通信事業法が改正されることとなりました。この改正は、すでに今国会の衆議院・参議院で改正案が可決されていることから、今年の10月ごろには改正がなされるとみられています。大手3社が相次いで分離プランを採用した料金プランを提供したのには、そうした行政の動きを先取りし、改善をアピールする狙いがあったわけです。

分離プランが法律で義務化されてしまうだけに、今後は“通信料は安く、スマートフォンは高く”という仕組みが一般化していくと思われます。しかし、それで日本がハッピーになるかというと、必ずしもそうとは限りません。特に懸念されるのが、次世代通信規格の「5G」です。

2020年には、日本でも5Gの商用サービスが始まる予定ですが、その利用を拡大するには、消費者に5G対応のスマートフォンへと買い直してもらう必要があります。しかしながら、5G対応のスマートフォンは当初高額になるとみられ、値引き販売がなければ、これまでのように多くの人が手にすることはできないでしょう。

  • サムスン電子の5G対応スマートフォン「Galaxy S10 5G」。米国では1300ドル(約14万4000円)からという高額な価格設定がなされている。分離プランが義務化された日本では、こうした端末を値引きなしで購入しなければ5Gを利用できない可能性が高まっている

そうした状況が長く続けば、日本では5Gの利用がなかなか広まらないという状況にも陥りかねず、日本の通信産業が世界的に大きく出遅れてしまう可能性があります。法整備までして分離プランを義務化したことが本当に吉と出るかどうかは、当面の動向を見守る必要があるといえます。

著者プロフィール
佐野正弘

福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。