ISR(Intelligence, Surveillance and Reconnaissance:情報収集・監視・偵察)は、この連載では頻出しているなじみの言葉だ。では、その頭に「NT」が付くと、どうなるか。New Technology? 違う、違う。今回のお題は「NTISR(Non-Traditional)」だ。

伝統的手段によらないISR

NTISRのNTとは、Non-Traditional。読んで字のごとく、「伝統的手法によらない」という意味になる。アフガニスタンやイラクで、いわゆる「対テロ戦争」が始まってから、しばらく経過した辺りで出てくるようになった言葉だ。

Non-Traditionalがあるからには、TraditionalなISRも存在することになる。それはすなわち、もともとISRの目的で作られたセンサーを使用するもの、という意味になる。偵察機の場合、機体に内蔵するカメラ類や、前回に取り上げた偵察ポッドが該当する。

では、それと対をなすNon-Traditionalな手段とは何か。それはいわゆるターゲティング・ポッドのこと。

本連載の第85回や、第212回で触れたことがある。

  • ポッドで、NTISR用のツール。奥はSPK39偵察ポッドで、こちらはトラディショナルな偵察手段。どちらもスウェーデン空軍のJAS39グリペン搭載用 撮影:井上孝司

    手前がLITENINGターゲティング・ポッドで、NTISR用のツール。奥はSPK39偵察ポッドで、こちらはトラディショナルな偵察手段。どちらもスウェーデン空軍のJAS39グリペン搭載用

ターゲティング・ポッドは、目標を捕捉するために可視光線カメラや画像赤外線センサーを内蔵している。当節ではどちらも当然、デジタル式である。解像度は、以前の製品では640×480ピクセルとか1,024×768ピクセルとかいう、大昔のノートPCが備える液晶ディスプレイみたいなレベルだったが、最近ではハイビジョン相当のところまで上がってきている。

それは本来、誘導爆弾やミサイルに目標指示を行う前段として、攻撃対象となる目標を捕捉・追尾するために使用するものだ。しかし、昼夜を問わずに地上の状況を監視できるセンサーがあるのだから、それをターゲティング以外の用途にも活用しては、という発想が出てきても不自然さはない。必要な探知能力と映像の品質さえ確保できていればいいのだ。

とうわけで、ターゲティング・ポッドを搭載した戦闘機が、表芸である対地攻撃の代わりにISR資産としても働くようになり、それをNTISRと呼ぶようになった。

NTISRの利点とは

もちろん、「餅は餅屋」だから、専業の偵察機を使用するほうが好ましい部分がある。

特に対テロ戦争では、敵がそんな強力な防空網を持っているわけではないから、生残性の高さはそんなに求められない。すると、足が遅いMQ-1プレデターやMQ-9リーパーといった偵察用UAV(Unmanned Aerial Vehicle)でも問題なく使えるし、むしろ滞空時間が長い分だけ常続監視には向いている。足が遅いと、目標地域との行き来に時間がかかるという問題があるけれど。

では、ターゲティング・ポッドを搭載した戦闘機をISR用途にあてる利点はどこにあるのか。これは個人的な推測だが、対地攻撃任務に出るついでに(といっては失敬だが)センサー能力を生かして、ISR資産としても働ける、というところではないだろうか。

ちょうど、もともとISR資産として登場したMQ-1が、後に「捜索・監視任務でターゲットを見つけたら、その場で攻撃したい」というニーズを受けて武装化したのと逆のパターン。「攻撃任務に出ているが、捜索・監視任務 “も” やってくれると助かる」というわけ。

もちろん、ISR任務で質の高い情報を継続的に提供するのであれば、偵察用UAVの方が強い。映像だけでなく、いつシグナルが飛んでくるかわからないELINTやSIGINTではなおのことだ。

しかし、戦闘機を使用するNTISRには「足が速いので、迅速に駆けつけられる」という利点がある。もっとも、その足の速さは足の短さ(航続距離や航続時間の短さ)と表裏一体であるわけだが。

  • 陰になってしまっていてわかりにくいが、胴体下面にLITENINGターゲティング・ポッドを吊したJAS39Cグリペン。他国で、この形態のグリペンをNTISRに活用した事例がある 撮影:井上孝司

    影になってしまっていてわかりにくいが、胴体下面にLITENINGターゲティング・ポッドを吊したJAS39Cグリペン。他国で、この形態のグリペンをNTISRに活用した事例がある

今後はすべてNTISRになるのか?

戦闘機が搭載するターゲティング・ポッドの性能が向上したり、F-35みたいにターゲティング・ポッドと同等の機能を最初から内蔵したりするようになると、「今後はすべてNTISRになるのか?」という疑問が出てくると思われる。

しかし、個人的にはそれはないと思う。先にも書いたように、偵察用UAVにも、ターゲティング・ポッドでNTISRを行う戦闘機にも、それぞれ長所と短所、得手と不得手がある。

専用の偵察機材を備えた戦闘機ベースの偵察機でも、事情は同じ。

以前にRF-4EファントムIIに言及したが、

もっと新しい機体だと、ATARS(Advanced Tactical Airborne Reconnaissance System)偵察システムを機首に内蔵したF/A-18ホーネットがある。

これは、最初から偵察に使うつもりで開発されたセンサー機材を備えている。これならおそらく、NTISRで用いるターゲティング・ポッドの内蔵センサーよりも質の高いデータを得られる。しかも機体は戦闘機だから、飛行性能は戦闘機と同等。生残性や迅速性が求められる場面では、偵察用UAVよりも有利になる。

理想をいえば、どれか1つの資産に集約できるほうが合理的だ。しかし、これだけ得手・不得手が分かれていると、現実的には難しいのではないだろうか。ただ、戦闘機から派生した偵察機を保有・運用できるだけの余裕がある国は、そんなに多くないと思われる。現実的には、戦闘機に偵察ポッドを搭載するほうが多数派であろう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。