前回のお題は「標的機」、つまり「撃たれ役の無人機」だった。その標的つながりで、今回のお題は「標的潜水艇」。ただし、同じ「標的」でも、「標的機」とはだいぶ性質を異にする製品である。ついでと言ってはなんだが、「囮潜水艇」にも触れておきたい。

標的機と標的潜水艦の違い

標的機は、それを発見した後の追尾・交戦を実際にやってみるための「撃たれ役」である。訓練対象になる戦闘機、地対空ミサイル、あるいは艦対空ミサイルの側からは、射撃訓練を始める時点で、もう標的機は「見えている」ことが前提になっている。

ところが、標的潜水艇は事情が違う。本連載で何回も取り上げているように、海中に潜んでいる潜水艦を探知する手段は、主としてソナーである。自ら音波を出して、それが敵潜に当たった時に生じる反響音を用いて探知を成立させるアクティブ・ソナーと、敵潜が発する音響に聞き耳を立てることで探知を成立させるパッシブ・ソナーがある。

どちらにしても、まず「探知を成立させる」ところが難しい。敵潜は当然ながら探知されまいとして音を出さないように工夫しているし、アクティブ・ソナーの音波をできるだけ反射させないように、ゴム製の吸音タイルを表面に貼り付ける手法も一般化している。そして、海中での音波の伝搬に影響する水測状況は千差万別。

したがって、対潜戦(ASW : Anti Submarine Warfare) の訓練で主体となるのは、その「敵潜を探知すること」である。そして、その探知訓練の教材として標的潜水艦を使用する。

潜水艦部隊には「ターゲット・サービス」という言葉がある。つまり、水上艦や哨戒機といったASW資産のために自ら敵役を務めて、「ほらほら探知してごらん」といって訓練海域をウロウロする役だ。実は、海上自衛隊が最初に導入した潜水艦の主任務は、このターゲット・サービスだった。

もちろん、その際にできるだけ探知されまいとして、努力や工夫、権謀術数の限りを尽くす。しかし、時にはわざと、探知されやすくなるように潜望鏡やシュノーケルを海面上に突き出すぐらいのことはするかもしれない。いきなりハードルの高い訓練をするわけにも行かないから。

  • 潜戦演習のためにインド洋で会同した日米仏の艦。左にいるヘリコプター護衛艦「いずも」も対潜戦における重要な資産の1つ 写真:US.NAVY

    潜戦演習のためにインド洋で会同した日米仏の艦。左にいるヘリコプター護衛艦「いずも」も対潜戦における重要な資産の1つ 写真:US.NAVY

本物の潜水艦では高くつく

本物の潜水艦を使い、そこに本物の潜水艦乗組員が乗っていて、努力や工夫、権謀術数の限りを尽くしてくれれば、それはとてもリアルな標的であり、探知訓練の教材としては具合が良い。

しかし、いささか大がかりに過ぎるし、調達するにも運用するにも経費がかかる。経費がかかる資産をターゲット・サービスのためだけに保有し続けるのは、正直いって割に合わない。本物の潜水艦は、もっと潜水艦としての威力を発揮できる任務に回したい。

と思ったのかどうなのか、標的潜水艇というものができた。そんな製品のひとつが、サーブ社(Saab AB)の「AUV62-AT(Autonomous Underwater Vehicle Acoustic Target。以下ではAUV62と書く)」である。サーブというと真っ先に、JAS39グリペンなどの戦闘機を思い浮かべる方が多いだろうが、そのサーブの製品である。

AUV62は、サーブ社、スウェーデン軍の装備担当部門である国防資材局(FMV : Forsvarets Materielverk)、それとスウェーデン国防省の研究部門・FOI(Totalforsvarets Forskningsinstitut) が共同開発した製品で、外見は魚雷みたいな形をしている。

  • AUV62-AT 写真:The Association for Unmanned Vehicle Systems International

参考 : AUV62-ATの製品情報ページ

全長6.5m、直径53cm、重量1,250kgというから、だいたい潜水艦用の魚雷と同じサイズである。速力は0~12kt(1kt=1.852km/h)で、航続時間は20時間。動力源はリチウムポリマー蓄電池と電動機の組み合わせだが、燃料電池に変更すると、さらなる長時間運用が可能になるようだ。

もちろん、このサイズだから、アクティブ・ソナーの音波を浴びた時のターゲット・ストレングスは、本物の潜水艦と比べればはるかに小さい。だから、どこまでリアルなアクティブ・ソナー探知の訓練になるかどうかは分からない。それでも、反響音がまったく戻らないわけではないから、訓練にならないことはないだろう。

むしろ中心はパッシブ・ソナー探知の訓練と考えられる。そのため、AUV62には音響ペイロード、つまり潜水艦そっくりの音を発する装置を組み込めるようになっている。

このAUV62、地元のスウェーデン軍だけでなく、イギリスでも採用されている。本物の潜水艦よりもはるかに安価に、しかも実際に洋上でリアルな潜水艦探知訓練ができる、というところが買われたわけだ。

なお、AUV62は標的専用というわけではなくて、合成開口ソナー(SAS : Synthetic Aperture Sonar)を搭載して機雷捜索・偵察・海底マッピングといった用途にあてることもできるらしい。

自航式の囮

そこで、ちょっと考えてみてほしい。本物の潜水艦とそっくりの音を出す、無人の標的潜水艇があれば、囮として使うこともできないだろうか。AUV62みたいに、魚雷と同じサイズの標的潜水艇を作れるぐらいだから、それをベースにすれば、魚雷発射管から撃ち出せすことができる囮潜水艇だって作れるのではないか。

もしも、敵の潜水艦やASW部隊に遭遇してしまったら、とりあえず、魚雷発射管から囮潜水艇を発射する。敵さんがそちらに釣られてくれれば、その隙に三十六計を決め込むことができるかも知れない。

もっとも、その囮潜水艇が囮として成立するかどうかは、どれだけ本物の潜水艦を装えるかにかかっている。極端な話、スウェーデンの潜水艦が出す囮がロシアの潜水艦みたいな音を立てても、それでは囮にならない。

あと、魚雷発射管から囮を撃ち出すとなると、その囮のために貴重な魚雷搭載スペースを食われてしまう。それならむしろ、反撃するために魚雷を積んだ方が良くないか、という議論になるかもしれない。そんな事情によるのか、潜水艦が自航式の囮を搭載する事例は滅多にないようだ。

ちなみに、潜水艦用の囮というと、海中に薬剤入りのキャニスターを射出して、その薬剤でもって気泡を発生させるものもある。これはアクティブ・ソナー用の囮で、大きな気泡を発生させるから、それなりに大きなターゲット・ストレングスを確保できる。しかし、本物そっくりの音響を出してみせるというわけにはいかない。

つまり、アクティブ・ソナー用の囮ではパッシブ・ソナーには役立たずだし、逆もまた同様というわけで、なかなか難しいものである。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。