辻元議員「総理!総理!」の元祖は…

――他に印象に残っているパネラーの方はいらっしゃいますか?

田原:91年に暴力団対策法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)というのを警察が作って、その時に僕は、当時山口組に匹敵する会津小鉄会の会長だった高山登久太郎っていう親分に呼ばれた。「俺たちは今まで警察に全面協力してきた。戦後の闇市で在日朝鮮人・中国人の暴力を抑え込んだし、薬物捜査でも何人か捕まるやつを作ってやったのに、今頃になって暴力団けしからんなんて言い出すとは、裏切られた」と。それで、暴力団をテーマにやる時(92年2月28日放送「激論!暴力団はなぜなくならないか!?」)に、彼らの主張も入れなきゃおかしいと。だけど、局には一切入れられないということもあった。

渡辺:あの時は暴力団の組長をスタジオに呼んじゃいけないということになって、高山さんだけ中継で参加したんですよね。

田原:パネラーでいうと、『朝生』出身のジャーナリストや政治家も多いんですよ。辻元清美(衆議院議員)も舛添要一(前東京都知事)も、姜尚中(東京大学名誉教授)もそうだよね。

渡辺:僕、辻元さんから聞いたことがあるんですよ。彼女が国会で小泉(純一郎)さんに「総理!総理!」って食いかかった時があったじゃないですか。あれは、『朝生』で話してる時に田原さんに遮られちゃうから「田原さん!田原さん!」って呼び止めるのと一緒なんですって(笑)

意外と盛り上がらなかった討論

――あらためて、ここまで番組が続いてきた理由は何だと思いますか?

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渡辺宜嗣
1954年生まれ、愛知県出身。77年に明治大学卒業後、全国朝日放送(現・テレビ朝日)入社。『トゥナイト』『モーニングショー』『ステーションEYE』『スーパーモーニング』などを担当し、現在は『朝まで生テレビ!』進行、『スーパーJチャンネル』メインキャスター。

渡辺:余人を持って代えがたい田原総一朗という人物がいたからこそだと思います。それと、日本を代表する言論人が出てきて話をしてくれるということのすごさ。特に80年代・90年代は日本でどこも取り上げなかったテーマを扱うという前向きな姿勢をもってやってきたスタッフとの信頼関係の中でできた番組ですよね。それは本当に痛感します。『朝生』って昔は5時間やってたんですよ。ということは相当いろんな話ができるわけですよね。白だって言う人、黒だって言う人、右だって言う人、左だって言う人が同席することの意義がこの番組のものすごく大きなポイントなんです。番組なので、こっちを聞けばこっちも聞かないといけないけど、それが生放送の中で完結できるわけですよね。これも、30年続いた大きな要素だと思ってます。

――昔、プロ野球の近鉄とオリックスの合併騒動が起きた時にそれをテーマにした放送を見たんですけど、1リーグ制移行賛成派がパネリストに全然いなくて、失礼ですが討論が盛り上がらなかった回があった記憶があるんですよ。今お話を聞いて、やっぱり片方の意見だけになっちゃうとダメなんだなと、あらためて思いました。

田原:他にもうまくいかなかったのがね、韓国と北朝鮮って仲悪かったでしょ? 日本には韓国系の民団と、北朝鮮系の朝鮮総連というのがあるから、両方出てもらって大激論してもらおうとしたんだけど、全然激論にならなかった。実は仲良かったんですよ(笑)

渡辺:まるで今の両国関係を写してるようですね(笑)。そう言えば、ソウルに韓国の学生がいて、こちらのスタジオに日本の学生がいて、中継を結んでやったことがありましたね。

田原:あの時面白かったのは、韓国の学生が一番嫌いな男は伊藤博文だった。で、日本の学生に「伊藤博文のことどう思う?」って聞いたら、「あ、千円札のおじさんね」って。全然知らないんだよね。

毎日のニュースを俯瞰できる

――教育のされ方が違うんですね。この平成という30年を通して、『朝生』が果たしてきた役割というのは、どのように考えていますか?

渡辺:僕の立場で言うと、今夕方のニュース(『スーパーJチャンネル』)をやらせてもらってるんですけど、ニュースを毎日毎日追っていくと、どうしても表面をなぞっていくことの繰り返しになるんですよ。それに加えて『朝生』もやらせてもらってとてもありがたい視点ができるのは、毎日追っていたニュースを、月に1回俯瞰(ふかん)で、その本質はなんだろうか、どういうことなんだろうかと、もう1回捉え直すことができるんですね。今、若い記者やディレクターたちを見て思うのは、物事に対してあんまり疑問を持たないんです。でも、僕は『朝生』で毎回「これって一体何のことなんだろう」ということを考えさせてもらえるんで、それがテレビという媒体の中における大きな役割だと思うんですよね。

――それは視聴者にとってもそうですよね。

田原:今月は、トランプ・金正恩会談について、トコトンやります(6月29日放送「激論!米・朝・中…ド~する?!日本の針路」)。トランプのやったことは良かったのか、逆に金正恩が良かったのか。今、新聞見てもテレビ見てもよく分かんないって話だよね。最初は、ポンペオ(米国務長官)がCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)を決意させるって言ってたのに、共同声明では出なかった。一般的にはトランプが妥協して北朝鮮の優位じゃないかと言われるけど、そうなのか。彼はこの会談で11月の中間選挙に勝つと見てただろうけど、全然決め手にならなかったから、これからどうするんだろう。そんな議論をトコトンやります。

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    『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系、毎月最終金曜 深夜1:25~)
    6月29日のテーマは「激論!米・朝・中…ド~する?!日本の針路」。パネリストは、柴山昌彦氏、松川るい氏、長妻昭氏、近藤大介氏、瀬口清之氏、中林美恵子氏、半田滋氏、三浦瑠麗氏、森本敏氏、李相哲氏。

渡辺:こういう深い問題について、1アナウンサーが前振りをやるって大変だと思うでしょう(苦笑)。アナウンサーって、取材したものを報告することは得意なんですが、田原さんと一緒に仕事すると、「君はどう思う?」といつも問われるんですよ。ところが、自分の意見を言うというのが、アナウンサーにとっては不得手なところなんですよね。

田原:特に社員は言えないよね(笑)

渡辺:でも、『朝生』によって、そこは慣らされましたね。夕方のニュースでも、どういうポジションでそのニュースを伝えるのかということを意識するようになりました。

田原:自分の問題として捉えるべきなんですよ。世界的に言うと、今トランプが貿易問題で中国とEUとケンカしてるけど、じゃあ日本はどうするんだと。事件で言うと、この前新幹線の中で人を殺した22歳がいたけど、死にたかったなんて言ってる。ここを新聞記者もテレビの記者も、自分の問題として考えなきゃいけない。どうしても、他人事になっちゃうんだよね。

渡辺:そして、それを見ている人にも考えてもらうきっかけに番組がなればいいなと、いつも思いますね。

戦争を知る世代がいなくなった結果

――タブーに挑むというのが『朝生』の大きなテーマだったと思うのですが、平成という30年の間で、テレビを取り巻くタブーの変化はどのように感じますか?

田原:昔は改憲の議論なんてタブーでしたよ。でも、戦争を知ってる世代がいなくなった。知ってる世代は、いろんな理屈抜きに戦争は絶対ダメだと言ってた。例えば、竹下登という総理大臣がいて、僕は竹下さんに「日本には自衛隊があるのに全然使わない。こんなのでいいのか?」と言ったら、「だからいいんだ。戦えないから日本は平和なんだ」と。自民党の歴代の総理大臣はそれでやってきたんだけど、戦争を知らない世代が出てきて、やっぱり憲法と自衛隊は矛盾してるんじゃないかという議論が出てきた。だから、安倍(晋三首相)さんになって憲法改正を言うようになってきた。

渡辺:昔は「日本が韓国を植民地にした時、良いこともやってあげたんだ」と言うだけで、大問題と叩かれましたよね。それも今は全然違います。

――『朝生』がいろんなタブーを打ち破ってきたのと、戦争世代が減ってきて自然と右寄りな意見が台頭してきたということですね。

渡辺:戦争体験を持っている方が、国民もそうだし言論人もそうだし、どんどんいなくなっているというのはすごく心配していて、田原さんが最後の砦みたいなところがあるんですよ。

田原:僕は戦争を知ってる最後の世代なんですよ。大島さんは僕より2つ上で京都の中学生だったんだけど、当時軍が本土決戦だと言ってて、教師が米軍は千葉の九十九里から上陸してくるから、京都まで来たら君らは切腹しろと、そのやり方まで習ったと言ってた。

――短刀で、ですか…?

田原:そう。だから大島さんは怒り狂ってるわけ。「戦争反対! 国なんか信用できない!」って。大島さんの映画には日の丸の旗が出てくると、真ん中は赤じゃなくて真っ黒なんですよ。野坂さんも「天皇制反対!」って番組で言うわけ。すさまじいよね。だけど、当時の言論界は左翼が圧倒的に強かったの。でも左翼だけじゃ討論にならない。そこで、今年亡くなられた西部邁さんに「あんた、悪役になるけど出てくれる?」って頼んだら、喜んで出てくれてね。それで大島さんと野坂さんと大激論。だから、僕は西部さんに借りがあるんだよね。