ロシアの国営宇宙企業ロスコスモスは2017年11月28日、「ソユーズ2.1b」ロケットの打ち上げに失敗。搭載していた計19機の衛星と共に失われる事態となった。

現在までの調査で、失敗の引き金となったのは「フレガート」と呼ばれる上段ロケットだったと考えられている。近年、ロシアの宇宙開発では失敗が相次いでおり、今回の事故もまた、ロシアの宇宙開発がいまだ没落の中から抜け出せないままでいることを強く示す一例となった。

連載の第1回では、そもそも上段ロケットとはなにか、そしてフレガートとはどんなものなのか、について取り上げた。第2回では、現時点で考えられている失敗に至るまでのシナリオについて取り上げた。

第3回では、この失敗の原因と背景、そしてロシアの宇宙開発の今後について取り上げてみたい。

  • 19機の衛星、そして「フレガート」上段を搭載したソユーズ2.1bロケットの打ち上げ準備の様子

    19機の衛星、そして「フレガート」上段を搭載したソユーズ2.1bロケットの打ち上げ準備の様子 (C) Roskosmos

失敗の原因と背景

12月3日現在、事故調査はまだ続いており、これから新たな発見、発表が行われる可能性はある。ロスコスモスでは12月15日まで委員会の会合を続け、その後最初の報告を出したいとしている。

仮に、第2回で紹介したシナリオが正しいとして、ではいったいなぜ、このような失敗が起こってしまったのだろうか。

まずひとつには、今回の失敗はヴォストーチュヌィ宇宙基地からフレガートを打ち上げた際にのみ起こりうるものであり、そしてヴォストーチュヌィからのフレガートの打ち上げは今回が初めて(そもそもソユーズ・ロケットの打ち上げもまだ2回目)だったことがある。

フレガートはこれまで、他のバイコヌール、プレセーツク宇宙基地や、ギアナ宇宙センターから60機以上が打ち上げられているが、今回のような理由での失敗は起きていない。

ただ、もちろんこれは「ヴォストーチュヌィから打ち上げなければよかった」という話ではなく、初めての発射台からの打ち上げだったにもかかわらず、いままでのやり方で問題がないかという、事前の検証が不足していた、という話である。

Anatoly Zak氏によると、何人かの専門家は、今回のような失敗が起こることを事前に見抜き、解決することは可能だったはずだと考えている、と紹介している。

第1回でも触れたように、フレガートの製造はNPOラーヴォチキンが担当しているものの、ソユーズ・ロケットの製造はRTKsプログレースという、まったく別の会社が担当している。

  • 組み立て中のソユーズ・ロケットとフレガート

    組み立て中のソユーズ・ロケットとフレガート。両者は異なるメーカーが製造している (C) Roskosmos

異なる企業の製品を合体させ、ひとつのロケットとして打ち上げることから、両社の間では膨大な量の書類を費やし、法的なことから契約のことまで、さまざまな打ち合わせが行われた。

ところが、関係者の証言によると、その書類や打ち合わせの中で、ヴォストーチュヌィ宇宙基地の発射台の向きが他とは異なっており、そのことが打ち上げに影響を及ぼすかもしれない、と注意を喚起するものは、ひとつもなかったという。

もちろん、発射台の向きがどうなっているかや、離昇後にロケットがどう動くかといった情報はあったそうだが、そこから「このまま打ち上げると失敗するかもしれない」という危険性に誰も気づけなかった、それに気付けるだけの知識や能力をもった人間がいなかった、と指摘している。

実は、NPOラーヴォチキンは過去にも、技術力をはじめとする技術メーカーとしての資質を疑うのに値する失敗を起こしている。

ラーヴォチキンは、ソ連時代から続く歴史ある企業(かつては設計局)で、多くの月・惑星探査機や天文衛星、そしてフレガートのような特異な性能をもつ機体の開発や運用を手がけてきた。ただ、そうした実績がある一方で、失敗も多く経験しており、完全な成功をもって運用を終えた機体のほうが少ないほどである。もちろん、探査機や天文衛星、フレガートの開発・運用がそれだけ難しいということでもあるが、一方で本来なら避けられたであろう失敗も何度か起こしている。

たとえばフレガートは2009年にも飛行に失敗しているが、このときは飛行プログラムのパラメーターの入力ミスが原因だったとされる(ただし衛星側のスラスターを噴射することで予定の軌道には到達できている)。さらに2014年に打ち上げに失敗した際には、フレガートの組み立て時に使う資料の表現が曖昧で、本来あってはならない組み方が可能であるように描かれてあり、その結果、不良品が製造されてしまったことが原因だとされている。

このときも、直接の原因となった設計図などの問題を修正するだけでなく、製造や組み立て、検査の全体における手順や書類の見直しが行われたとされるが、今回の失敗が起こったことから考えると、残念ながらその対策は不十分だったようである。

  • 組み立て中のフレガート

    組み立て中のフレガート (C) NPO Lavochkin

没落の中から抜け出せないロシアの宇宙開発

こうした背景から見えてくるのは、ロシアの宇宙技術が失われつつあるという、数年前から叫ばれている状況に、まだ終止符を打てないままでいるということである。

今回のような事前の検証不足による失敗は、宇宙開発の歴史を見渡すと、どこの国や企業も一度は経験していることではある。たとえば単位系を取り違えたり、旧型ロケットのソフトウェアをそのまま新型ロケットに移植して打ち上げたりして、ロケットや衛星を失った事例は少なくない。

しかしそれは、あるプロジェクト、あるいはある時期の宇宙機関や企業に限って起こったことであった。そのため、まだ救いがあり、少なくともなんども繰り返すことはなかった。

だが、ロシアにおいては、今回のような本来なら避けられたはずの失敗が何度も起きている。それもNPOラーヴォチキンに限った話ではなく、たとえばプロトン・ロケットを製造しているGKNPTsフルーニチェフなど他の企業でも、規定の部品や素材が使われていなかったり、部品を取り付ける向きを間違えたりといった、ずさんな原因での失敗が相次いで起きている。

その原因は、ロシア連邦の誕生後、あるいはソ連末期に、宇宙開発の現場では、主に資金難によるプロジェクトの停滞が相次いだことが挙げられる。

お金がなければ、新しいロケットや衛星を造ることはできない。すると新しい世代の技術者が経験を積む機会が失われるばかりか、熟練した経験豊かな技術者が定年などで現場を去り、これまでつちかわれてきた技術も受け継がれない。その結果、新しいものを造り出す力も、そして昔からあるものを正しく造り続ける力も失われつつあるのである。これはロシアに限った話ではなく、どこでも起こりうることであり、日本が新型の「H3」ロケットの開発を決めた理由のひとつにも、こうしたことへの危機感があった。

もちろん、当のロシアもこうした問題は認識しており、数年前から宇宙企業の統廃合や上層部や責任者の交代など、改革に向けた動きが続いている。たとえば「ロスコスモス」が、ロシア連邦宇宙庁からロシア国営の企業になったのもそのひとつである。だが、その成果はまだ出ていないか、あるいは糠に釘の状態で、ほとんど効果がないのかもしれない。

かつてロシアのロケットは、その低価格と高い信頼性で、衛星の商業打ち上げ市場で欧州と二分するほどの高い存在感をほこっていた。米国企業の衛星を打ち上げるという、冷戦中には考えられなかったこともこなしている。しかし、ここ数年は失敗の影響と、スペースXなど新しい世代の宇宙企業の興隆などもあって、見る影もなくなっている。

フレガートもまた、その特異な性能をいかして商業打ち上げ市場に食い込もうとしていたところだったが、今回の事故により、その望みも薄れつつある。

しかし問題はそれだけにとどまらないかもしれない。このまま、ロシアの宇宙開発が没落の中から抜け出せなければ、ロシアが自律的に、そして確実に、宇宙にものを打ち上げることすらできなくなってしまう危険もあろう。

  • このままロシアの宇宙開発が没落の中から抜け出せなければ、いつかまともにロケットを打ち上げられなくなってしまうかもしれない

    このままロシアの宇宙開発が没落の中から抜け出せなければ、いつかまともにロケットを打ち上げられなくなってしまうかもしれない (C) Roskosmos

参考

Soyuz fails to deliver 19 satellites from Vostochnyhttps://www.roscosmos.ru/24389/Soyuz Flight VS09: Independent Inquiry Board announces definitive conclusions concerning the Fregat upper stage anomaly - Arianespacehttps://www.laspace.ru/press/news/launches/20171130_INFOMATION/https://www.laspace.ru/company/products/launch-vehicles/fregat/

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info