今回のテーマは「旅」だ。純粋な旅行などもう5年以上はしてない。

ここ数年私の旅行と言ったら、仕事で上京するついでにDB(ドスケベブック)即売会に参加することになってしまっている。

険しい道のりを越えて、肩が抜けんばかりの土産を持ち帰る、もはや旅行と言うより冒険であり、トレジャーハントと言っていい。

それ以外は外にもろくに出ない。そもそも外出嫌いなので、旅行とか進んで行こうとは思わないのだが、よく考えたら外出や旅行を嫌がっていたのも、一重に時間と体力、つまり「元気」がなかったせいかもしれない。

旅行というのはメチャクチャ元気がいるのである。まず現地まで、何時間も乗り物に軟禁状態、しかもその間ずっと小刻みに体を揺らされているのだ、しかも私は乗り物酔いがひどいので酔い止めはマストである。

最近の酔い止めは良く効くが、眠気などの副作用も強い。よって私は旅先に到着した時点ですでに真っ直ぐ歩けなくなっているのである。

現地で旅行会社が「カレー沢様御一行」と書かれた車椅子を携えて待っているなら良いが、そんなラグジュアリーな旅は無職の私には難しい。

それでなくても、旅に徒歩はつきものだ。どこに行くにも何を見るにもマイカーがないので、日常生活の3兆倍歩かねばならないし、公共移動機関も座れるとは限らないので立っている時間も長い。

宿泊先だって、どんな豪華なホテルや旅館だろうが、自分んちより寛げる、というのは滅多にない。どれだけ布団が柔らかかろうと、枕から自分のスメルがしないのである。

つまり、いつもより疲れる行動をして、いつもより疲れが取れない場所で休むのだ、疲れないわけがない。

よって、旅行を楽しむにはその疲れを凌駕する「元気」がいるのだ。それがなければ、ただ純粋に疲れるだけで「自宅の素晴らしさを再確認するためだけの旅」になってしまう。

ここ数年、会社と原稿でその元気が全くなかった。よってDBを買いに行くときは「気力」だけで行っていた。常に心霊台を突かれた、北斗の拳のレイみたいな面構えで、大手サークルの列に並んでいたのである。

毎回、家に着いた瞬間、体中から血を吹き出して死んでいたが「大量のDBを担いでその日のうちに持ち帰る」ことだけは譲らなかった。余命幾ばくもないからこそ「その日の内に読む」ことが重要だったのである。

DBを買いにいくのでさえ、それだけの覚悟が必要だったため、普通の旅行などするはずがなかったのだ。

しかし、これから無職になり、時間に余裕が出て、体力が回復し元気が出てくれば旅行に行こうと言う気にもなるかもしれない。少なくとも時間はあるのだから、長期旅行だって行こうと思えば行ける。

だが、行きたい場所もやりたい事もないのだ。48個も都道府県があるのだから1個ぐらいあっても良さそうなのだが、一つも思いつかないのである。

考えている内に「旅行」がゲシュタルト崩壊してしまい、夫に「旅行とは一体何をするのか? 」と聞いてしまった。

夫からは「観光地を見たりする」という至極当然の返答があったのだが、また見たい観光地が一つも思い浮かばないのである。

温泉とか南の島とか、漠然としたイメージはあるが、そこで何をするかと言われたら「プールサイドでエゴサ」「旅館から1歩も出ずソシャゲ」になってしまう。

つまり、時間が出来る、元気になる=生まれ変わる、では決してないのだ。どれだけ時間と元気があっても、それによって「今まで理解できなかった花鳥風月の良さが理解できるようになった」なんてことはないのだ。

だから、いくら有名な観光地を見てもピンとこないし、ここで何をしたら良いのか、となってしまうのだ。

私が集めるべきなのは、キレイな風景が見れる旅行パンフレットではない「刀剣乱舞ミュージカル」とかのパンフやチケット情報である。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。