漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。
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今回のテーマは「食べ放題」だ。
前に「夜行バス」に乗れるのは、若者か推しのために命を燃やせるオタとバンギャだけ、という話をしたが、この「食べ放題」も年齢が関係あるシステムである。
「食べ放題」というのは、定額でいろんなものを腹いっぱい食える、お得なシステムなのだが、これが「お得」じゃなくなるのが加齢である。
そもそも食べ放題で元を取ろうと思ったら、メンバーにはギャル曽根、少なくとも「力士」ぐらいいないと厳しい、と言われている。
それが年を取ると、払った金に対してますます元が取れなくなるのだ。
そのうち、食べ放題の制限時間1時間半に対し、30分で腹いっぱいになるという「時間持て余し現象」が起きるようなる。
だったら30分で普通の飯を食った方が良いのだ。
このように人は段々「安いものをたくさん食べる」から「良いものをちょっと食べる」ようになる。
……はずだったのだが、加齢のスピードに収入が追いついていないので、「安いものを食ってすぐ腹いっぱいになる」という、ただの先細りになってきた。
今年のGW(ガッデムウイーク)に、夫と若い頃に行った少し小洒落たバイキングレストランへ行ったのだが、お互い「2巡」ぐらいで腹いっぱいになっていたし、当然時間が余った。思い出も胃粘膜の減少と共に色あせるのである。
「ビュッフェ」とかならまだ良いが「食べ放題」のように、たくさん食べてなんぼ、みたいな世界には、ある程度の年齢になったら足を踏み入れない方が賢明である。
千円以上払って大して美味くないものですぐ腹いっぱい、さらに翌日胃が「文鎮でも食ったのか」というような状態になり、どこにもお得が存在しない。自分の体積が増えるぐらいだ。
だが、バンギャが死ぬまで夜行バスに乗れるように、食べ放題界にも例外は存在する。
それはスイーツバイキングだ。
スイーツといえば、油と砂糖という二大要素で構成された、それこそ若い頃しか楽しめないもののように見える。
たしかにスイーツバイキングの客層は主に若い女性かもしれないが、良く見たら、元若い女性もけっこういるし、中には性別などとっくに超越された、伝説の老兵の姿も見受けられる。
そういうウオーリアたちは、スイーツを別腹という名の亜空間に収納するため、胃の老化など関係ないのである。
さらに、甘味というのは食べ物の中ではもっとも禁止薬物に近いため、食べれば食べるほど逆に満腹中枢がマヒし出す者がいるのだ。
よってスイーツバイキングは食べ放題の中でも生涯現役選手が多い。
ただ、生涯戦えるのは、体内に宇宙を持って生まれたか、脳内で砂糖と油を禁止薬物に変えられる錬金術師だけである。
よって、私はもうスイーツバイキングの元も取れそうにない。
スイーツバイキングは高校生の時に行ったことがある、当然若者らしく、動けなくなるまで食ったのだが、高校生の「動けない」は所詮比喩である、もちろん歩いて帰った。
これが中年だったら、本当に動けない、動くと、いずれかの穴から出るからだ。
私はその程度だったが、友人の中には、腹がいっぱいになると、店の外を走ってから再戦した者もいた、無敵のJKらしいエピソードだ。
もちろん中年が同じことをすると「出る」
しかし、食べ放題に魅力を感じなくなったかというと、そんなことはない。ホテルの朝食ビュッフェなど、好きなものを好きなだけ取って良いというシステムには未だワクワクする。
ただし年を取ると、食べ放題には若い頃とは違った作戦で挑まなければならない。
普通だったら、ご飯ものとか腹にたまるものは先に食うな、などが定石だが、そんなのは関係ない。
年を取ってからの食べ放題必勝法は「とにかく好きなものから食う」だ。
「とりあえず一通り」などという「様子見」をしていたら、様子見の段階で腹がいっぱいになる恐れがある、偵察で隊が全滅しては意味がない。
当然「栄養のバランス」とかは考えない。
考えると「草で腹いっぱいになる」という痛恨の事態が起こってしまう。そんなものは、腹に草をいれる余裕のある若者だけ食えば良い。
我々は食い物を「美味い」と感じられるタイムリミットが短いのだ、自らの胃を先手必勝、一撃必殺しなければいけないのである。
そもそも「食い放題」などという、食い過ぎること前提な場で、健康を気にする方がおかしいではないか、「ダイエットコーラ」ぐらいの矛盾を感じる。
食い放題というのはいろいろあるから、いろいろ食わなければいけない気がしてしまうが、それは間違いだ、同じものを狂ったように食っても良いのである。
若い頃より「自由に」 それが、中年の食べ放題である。