西九州新幹線(武雄温泉~長崎間)が9月23日に開業した。JR九州は開業当日の利用状況を発表し、9月23日15時までに下り列車13本で4,214人(定員の82%)、上り列車12本で3,838人(定員の81%)が乗車したという。下り始発列車「かもめ1号」(長崎行)の指定席は定員の99%、自由席は定員の139%、上り始発列車「かもめ2号」(武雄温泉行)の指定席は定員の97%、自由席は定員の112%。指定席を買えなくても、座れなくても最初の列車に乗りたいという人がいた。

  • 西九州新幹線「かもめ」。9月23日から武雄温泉~長崎間で運行開始した

9月26日、再びJR九州から発表があり、開業後3日間の利用状況が明らかになった。開業日(9月23日)の利用者は上下計1万4,300人、9月24日は上下計9,000人、9月25日は上下計8,900人だった。諫早~長崎間の利用者数に関して、在来線の特急「かもめ」が運行された2021年との比較で439%、2018年との比較で140%だった。2021年はコロナ禍で利用者数が少なく、2018年はコロナ禍前だから、2018年との比較を重視すれば上出来である。

比較材料として、他の新幹線における開業時の利用状況を見ると、北海道新幹線は2016年3月26日の開業から3日間、前年の中小国~木古内間の特急・急行列車と比較して249%。北陸新幹線金沢延伸時は2015年3月14日の開業から3日間、前年の糸魚川~直江津間と比較して306%だった。これらに比べると、西九州新幹線の伸びは小さい。時間短縮効果が小さいため、関西・東京方面の航空便からの旅客移動が少なかったようだ。

ANA・JALともに増減便はないが、一部の便に関して、定員の大きい機材に変更されたと聞く。西九州新幹線の開業で長崎の旅行需要が高まっているともいえるし、国際線の機材が余剰となっているため、機材ローテーションの都合かもしれない。

■西九州新幹線が「日本一短い新幹線」の理由は

西九州新幹線の武雄温泉~長崎間は実測で約66km、運賃計算に使う営業キロは69.6km。どちらを取っても「日本一短い新幹線」と報じられた。ちなみに実測と営業キロの差、3.6kmは諫早~長崎間で出る。西九州新幹線は直線的に建設され、在来線の長崎本線と比べて短い距離になるが、長崎本線の別線として扱われるため、長崎本線諫早~長崎間の運賃が西九州新幹線にも適用される。一方、武雄温泉~諫早間は並行在来線を分離したため、新線として実測値を適用する。他の新幹線もこの原則にもとづいており、並行在来線を分離すれば実測値、分離しなければ在来線に合わせる。

「日本一短い新幹線」という表現はトリビア的で、面白おかしく紹介するときのキーワードになるかもしれない。しかし、その背景を知る人にとっては好ましくないだろう。なぜ日本一短いかを解説すれば、どうしても「佐賀問題」に突き当たる。佐賀県は新鳥栖~武雄温泉間のフル規格建設に慎重な姿勢を示している。この問題の解決に尽力する人々にとって、「日本一短い新幹線」は気に障る言葉だと思う。深く考えすぎかも知れないが、揶揄(やゆ)と受け取られかねない。

もっとも、それまで「日本一短い新幹線」だった北海道新幹線(新青森~新函館北斗間)は約149km。今後、新鳥栖~武雄温泉間をフル規格で整備できたとしても、新鳥栖~長崎間の総距離は約120kmだから、構想通りに建設されてもずっと「日本一短い新幹線」のままだろう。関係者も敏感になる必要はないかもしれない。

■国・JR九州・長崎県・佐賀県の立場は

西九州新幹線はなぜ武雄温泉~長崎間で開業したか、新鳥栖~武雄温泉間はなぜつながっていないかといえば、佐賀県がフル規格新幹線に同意していないからだ。その理由について、「佐賀県にとって費用対効果がない」「佐賀県が自治体負担に合意していない」「並行在来線の分離を認めない」など、断片的な報道が多かった。

  • 西九州新幹線武雄温泉~長崎間と整備新幹線西九州ルート(地理院地図を加工)

ただし、佐賀県は九州新幹線西九州ルートの整備には合意している。武雄温泉~諫早間の在来線高速新線建設による「スーパー特急方式」だ。これはどういうことか。時系列を追ってみよう。

●1973(昭和48)年

政府が九州新幹線長崎ルートの整備計画を決定する。当時は国鉄だったから、国と国鉄が出資した日本鉄道建設公団(当時)が建設し、国鉄に貸し出すという枠組み。佐賀県の負担はない。

●1981(昭和56)年

全国新幹線鉄道整備法改正。予算不足で建設が進まない新幹線について、地元が建設促進のため建設費を負担できるようになった。

●1982(昭和57)年

国鉄の経営問題が深刻化。臨時行政調査会の答申を受けて整備新幹線建設計画は凍結。

●1984(昭和59)年

政府与党により整備新幹線開業時に並行在来線を廃止する方針が決定。1985年度予算に関する政府・与党の覚書に記載される。

●1985(昭和60)年

国鉄が九州新幹線長崎ルートを「博多~佐賀~早岐~長崎」と示す。早岐経由は長崎県の意向で、原子力船むつを佐世保港に受け入れる見返りの意味があった。

●1986(昭和61)年

日本鉄道建設公団(当時)がフル規格整備の環境影響評価報告書案を公表。佐賀県内では「地元負担が伴うのに駅がない」「農業基盤整備地域のど真ん中を通る」「並行在来線が廃止されると困る」などと5町村が反対した。

●1987(昭和62)年

国鉄が分割民営化され、JR九州が発足。新幹線建設は日本鉄道建設公団(当時)が継続。これに先駆けて1月、整備新幹線建設計画の凍結を一部解除。ただし財源は既存の新幹線の貸付料収入によるため、九州新幹線長崎ルートの進捗はなし。JR九州は「早岐ルートで全額公的負担で整備しても収支改善効果は現れない」とした。

●1988(昭和63)年

政府が新幹線建設を急ぐため、フル規格ではなくミニ新幹線やスーパー特急を提案。ミニ新幹線は在来線の線路軌間を広げて小型新幹線車両を直通させる方式。現在の秋田新幹線、山形新幹線がこれにあたる。スーパー特急方式は在来線の線路のまま、高規格の短絡線を新規建設する。新幹線ではないが、北越急行ほくほく線に似ている。新幹線を誘致している自治体は「ウナギを注文したらドジョウが出てきた」と不満を募らせる。

●1989(平成元)年

北陸新幹線高崎~軽井沢間のフル規格建設のため、新幹線建設費用分担の枠組みを決定した。JRが50%、国が35%、地方自治体が15%。地方自治体(都道府県)の負担分のうち90%は地方債、10%は市町村負担も可能。

●1991(平成3)年

1998年冬季オリンビック開催地が長野に決定し、北陸新幹線軽井沢~長野間がミニ新幹線からフル規格に格上げされる。他の地域でもフル規格化を望む声が大きくなる。

●1992(平成4)年

JR九州がスーパー特急方式による肥前山口~諌早間の経営分離の試算結果を公表。沿線自治体6者協議により、スーパー特急方式を地元案として合意。

●1996(平成8)年

政府・与党が新幹線建設費用分担の枠組みを見直し。JRは受益の範囲内の貸付料(営業赤字にしない)、国が3分の2、地方自治体が3分の1(JR負担分を除く)。地方自治体は90%の地方債を発行し、国の地方交付税交付金で元利合計から最大70%を補填できる。地方自治体の実質負担額は約12~18%になる。東北新幹線の盛岡以北(八戸までフル規格、以北はミニ新幹線)・北陸新幹線の長野~金沢間(スーパー特急方式)・九州新幹線鹿児島ルート(スーパー特急方式)着工決定。JR九州が肥前山口(現・江北)~諫早間の経営分離希望を表明。

●1998(平成10)年

日本鉄道建設公団が武雄温泉・新大村間ルート(スーパー特急方式)を公表。工事認可申請。佐賀県は並行在来線分離に難色を示した。

●1998(平成10)年

政府与党、スーパー特急方式の「九州新幹線鹿児島ルート」「九州新幹線長崎ルート」「北陸新幹線敦賀以西」についてフリーゲージトレインを検討。

●2004(平成16)年

佐賀県知事が「JR九州の並行在来線分離はやむを得ない」と国に回答。

●2005(平成17)年

佐賀県に配慮し、佐賀県と長崎県が「九州新幹線長崎ルート」を「九州新幹線西九州ルート」と呼び始める。JR九州も倣う。後に政府も「九州新幹線(西九州ルート)」を用いる。事実上「九州新幹線(西九州ルート)」が公式表記となった。

●2007(平成19)年

JR九州、長崎県、佐賀県が基本同意(スーパー特急方式)

●2008(平成20)年

政府・与党整備新幹線検討委員会は着工条件が整っていると確認。

●2009(平成21)年

政府の整備新幹線問題検討会により「着工5条件」を制定。「安定的な財源見通しの確保」「JRの30年間の平均収支がプラス」「費用便益比(B/C)が1以上」「JRの同意」「自治体が並行在来線のJRからの経営分離に同意」。北海道新幹線(新函館北斗~札幌)、北陸新幹線(金沢~新大阪)、九州新幹線西九州ルート(武雄温泉~長崎)の着工が決定。

●2010(平成22)年

政府は引き続きフリーゲージトレインの実用化を検討。

●2011(平成23)年

東北新幹線、北陸新幹線、九州新幹線鹿児島ルートがすべてフル規格に変更されたことを受けて、九州新幹線西九州ルートのフル規格化要望が高まる。政府・与党はフリーゲージトレインの実用化を見込み、武雄温泉~長崎間のフル規格化建設を決定。

●2012(平成24)年

国土交通大臣は西九州ルート(武雄温泉~長崎間)の着工を認可。

●2014(平成26)年

国土交通省はフリーゲージトレインの性能確認試験を開始。

●2017(平成29)年

国土交通省はフリーゲージトレインの開発において車軸の摩耗問題が見つかり、九州新幹線西九州ルートの2022年度完成目標には間に合わないという見解を示した。JR九州は摩耗問題を抱えたままでは維持費が大きく採算が合わないと表明。JR西日本も自社の北陸新幹線の導入を断念し、九州新幹線西九州ルートのフリーゲージトレインの山陽新幹線乗入れに対して、線路保守費用の増大を根拠に難色を示した。JR九州は新鳥栖~長崎間の全線フル規格整備を求めた。長崎県も全区間フル規格を強く要望した。

佐賀県から見れば、スーパー特急方式で合意したはずの九州新幹線西九州ルートについて、沿線の一員である佐賀県の合意がないまま、武雄温泉~長崎間がフル規格に変更されてしまった。フリーゲージトレインにするというなら、新鳥栖~武雄温泉間は現状と変わらないから黙認できたが、「フリーゲージトレインが間に合わないから、フル規格にして当然ですよね」とばかりに、長崎県や政府与党PTは盛り上がってしまう。

しかし、この時点で佐賀県との合意はなく、「着工5条件」を満たしていない。与党PTは佐賀県、長崎県、JR九州に対する意見聴取を始めた。佐賀県としては、「福岡への時間短縮効果は少ない上に建設費負担を強いられ、並行在来線の分離に同意できるはずもない」という立場だった。

ところが、政府与党PTは「フリーゲージトレイン」「ミニ新幹線」「フル規格」の3案について、費用と所要時間の試算を公表した。これは佐賀県の合意であったスーパー特急方式を一方的に破棄したにも等しい。なぜ地元が整備に合意していない区間の試算が行われてしまうのか。鉄道だけに「スジが違う」話だった。

■解決の糸口は謝罪と「属地主義」撤廃

佐賀県にとって、現在の「西九州新幹線+在来線特急列車」こそ合意通り。全線開業である。だから西九州新幹線の開業について、「部分開業」「先行開業」とは言わない。2019年、佐賀県知事は政府与党PTの検討会で、「佐賀県は(新鳥栖~武雄温泉間について)新幹線の整備をこれまでも求めていないし、今も求めていない」と発言した。

そこで、1973(昭和48)年以降の年表を振り返ってみてほしい。たしかに求めていないし、建設に合意もしていない。つまり、新鳥栖~武雄温泉間に新幹線の建設計画はない。それにもかかわらず、「フル規格が一番」という試算表が出てしまった。これが国鉄時代であれば、国の全額負担だったから反対する理由もないだろう。しかし、いまは佐賀県も負担する。並行在来線がJR九州から分離されれば、それも引き受けなければならない。「お前は要らないって言うけど、新幹線を作るから金を出せよ。赤字の在来線は経営分離するから、必要なら負担してね」という話になってしまう。これはやはりおかしい。

国にとって、利用者にとって、現状の乗換方式で良いはずはない。九州新幹線鹿児島ルートは新八代~鹿児島中央間で先行開業したが、これはフル規格建設が決まっていたためにできた暫定措置だった。一方、西九州新幹線の乗換解消は約束されていない。そこで現在、政府与党PTと佐賀県は、佐賀県の要望に添う形で「幅広い協議」を始めている。国にとっても、佐賀県にとっても、現状より良い形を探っている。

佐賀県にも少し変化が出てきた。「新幹線整備を求めていない」ではなく、「フル規格にするなら佐賀市北部、あるいは佐賀市南部の佐賀空港を経由する案も検討してほしい」と伝えている。国にとって新幹線整備は国の高速鉄道ネットワークを視野に入れているから、県庁所在地の佐賀駅を通らないルートは受け入れがたい。県外の乗客も佐賀駅停車を望むだろう。そこに話し合いの余地がある。

  • 佐賀県が「幅広い協議」で示した北ルートと南ルート(地理院地図を加工)

朝日新聞電子版9月23日付記事によれば、佐賀県知事は開業に際し、「佐賀県はフル(規格での整備)をやらないと言ったことは一度もない」と語ったという。「新幹線整備を求めていない」から大きく転換したと見ていい。西九州新幹線の開業区間には、佐賀県の武雄温泉駅と嬉野温泉駅もある。この地域は福岡方面や山陽新幹線各方面との結びつきを深めたいのではないかと考えられる。

佐賀県側が柔軟になりつつあるいまこそ、問題解決のチャンスといえる。まずは国土交通大臣など、国の然るべき立場の人物が、いままで佐賀県抜きでフル規格を規定のように進めてきたことを謝罪したほうがいい。あくまでひとつの前例だが、成田空港の反対闘争では、現職の運輸大臣(当時)だった江藤隆美氏が反対派の拠点に出向き、「農民をいじめないでくれ」と土下座する人に触れ、「オレも農民だ、気持ちはわかる」と語ったという。後日、反対派住民のもとを訪れ、説得している。過激派も跋扈した空港反対派と佐賀県を等しくするわけでないが、スジを通せば心も通じると思う。

精神論だけでなく、政治力も必要になる。「地元に建設費を負担しろ」という考え方は「属地主義」とされる。日本の公共事業の地元負担はほとんどこの考え方だった。しかし、これからは利益を受ける者が負担する「応益主義」がいい。新鳥栖~武雄温泉間のフル規格で恩恵を受ける自治体は長崎県、佐賀県の西部、新幹線ネットワークを作る国、そしてJR九州。得られる利益に応じて建設費を再配分すれば、佐賀県が納得できる費用負担額になるだろう。

関係各方面が納得した上で、九州新幹線西九州ルートの全線フル規格開業を迎えたい。新幹線建設費の枠組みは、いままでに2度、新区間建設時に見直されている。今回も見直しがあっていい。