名古屋市立大学(名市大)は8月16日、水素から重水素への同位体置換が、シリコンナノ結晶表面において効率よく起こることを発見したと発表した。

同成果は、名市大大学院 芸術工学研究科 産業イノベーションデザイン領域の松本貴裕教授、日本原子力研究開発機構の大原高志研究主幹、京都大学 化学研究所の金光義彦教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が発行する材料科学を扱う学術誌「PHYSICAL REVIEW MATERIALS」に掲載された。

元素は、陽子の数が変わると中性子の数が同じであっても種類が変わってしまう。それに対し、陽子の数が同じで中性子の数が変わる場合は、それらはすべて同じ元素の「同位体」ということになる。この同位体は、中性子を持っていない水素にも存在する。普通の水素は陽子1個に電子1個という全元素中で最もシンプルな構成であり、なおかつ最も軽い元素だが、そこに中性子が1つ加わると「重水素」となり、2つ加わった場合は「三重水素」となる。

三重水素は放射性同位体(半減期は約12.3年)のため、重水素との核融合するD-T反応など、主に研究用途などで利用されているが、安定同位体である重水素は、研究用途以外の場面でも利用が進んでおり、今後、その利用が考えられているのが、エレクトロニクス分野だという。

シリコン半導体集積回路は、半導体表面を水素で「不動態化」することで、安定に動作させることが可能となり、集積回路から水素が抜けてしまうと回路が動作しなくなり、故障の原因となってしまうことが知られている。この水素を重水素に交換して不動態化処理を行うことで、故障の確率が約100分の1にまで下げられるとされており、その活用が期待されるようになっている。しかし、重水素は高価であることから、大量に使用することが求められるシリコン表面への導入は現状、高価な集積回路にのみ用いられているという。

研究チームは今回、重水素を含む溶液にナノ結晶シリコン(n-Si)を浸すだけで、n-Si表面の水素が重水素に積極的に置換されるという事象を確認。その交換プロセスを調査した結果、n-Si表面に結合した水素と重水素の量子力学的零点エネルギーの相違、つまり重水素を含むn-Siの方が、普通の水素を含むn-Siよりも、量子力学的に安定な材料であることが判明したという。

液相(液体)で行った実験では、n-Siの表面重水素原子の濃度を4倍に高めることが確認されたという。また、気相(気体)でのn-Si濃縮プロトコルを提案。理論計算によれば重水素濃縮率を15倍に高めることができるとしており、現在、気相での重水素濃縮実験に取り組んでいるところだという。

  • 重水素

    n-Siを利用した重水素濃縮プロセスの模式図。(a)は液相中での、(b)と(c)は気相中での濃縮が表されている(重水素:赤の球、水素:ピンクの球、酸素:緑の球、シリコン:青の球) (出所:名市大プレスリリースPDF)

なお、研究チームでは、今回の仕組みを活用することで、重水素の新たな活用を可能とする可能性がでてきたとするほか、三重水素を固体シリコン表面に高濃度で固定化することも可能となるため、汚染水浄化装置としての可能性を早急に見極めたいと考えているとしている。