東京大学(東大)、熊本大学(熊大)、東海大学、宮崎大学の研究者らで構成される研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan(The G2P-Japan)」と、日本医療研究開発機構(AMED)は6月16日、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の“懸念すべき変異株”であるイプシロン株(B.1.427/429系統 カリフォルニア初出)」と、デルタ株(B.1.617.2系統 インド初出。B.1.617系統としては、このほか、B.1.617.1系統:カッパ株とB.1.617.3系統が知られている)に共通するスパイクタンパク質の「L452R変異」が、約60%の日本人に見られる白血球型の細胞性免疫である「HLA-A24」からの逃避に関わることを明らかにしたと発表した。またL452R変異は、ウイルスの感染力を増強する効果があることが確認されたことも合わせて発表された。

同成果は、東大医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野の佐藤佳准教授(G2P-Japanコンソーシアム主催)、熊大 ヒトレトロウイルス学共同研究センター 感染予防部門 感染免疫学分野の本園千尋講師、東海大 医学部医学科 基礎医学系分子生命科学の中川草講師、宮崎大 農学部獣医学科 獣医微生物学研究室の齊藤暁准教授、熊大 ヒトレトロウイルス学共同研究センター 国際先端研究部門 分子ウイルス・遺伝学分野分野の池田輝政准教授、熊大 ヒトレトロウイルス学共同研究センター 感染予防部門 感染免疫学分野の上野貴将教授らG2P-Japanコンソーシアムのメンバーによるもの。詳細は、分子生物学や細胞生物、微生物などを扱う「Cell Host & Microbe」にオンライン掲載された。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対し、現在、世界中でワクチン接種が進んでいるが、未だに不明な点が多く、感染病態の原理やウイルスの複製原理、免疫逃避と流行動態の関連についてはほとんど明らかになっていないという。

ヒトの免疫、中でも、獲得免疫(後天的にウイルスなどの異質な物質に対して一度獲得されると、それが「免疫記憶」として維持される仕組み)は、ワクチンの作用においても利用されるなど重要な免疫応答として知られている。獲得免疫には、B細胞によって産生される中和抗体による免疫システムである「液性免疫(中和抗体)」と、主にキラーT細胞とヘルパーT細胞が担う感染細胞を殺すことなどを行う「細胞性免疫」に大別される。

アルファ株(B.1.1.7 英国初出)やガンマ株(ブラジル初出)などのSARS-CoV-2の“懸念すべき変異株”が、液性免疫から逃避する可能性については世界中で研究が進んでいるが、細胞性免疫からの逃避の可能性については報告がなかったという。

そこで同コンソーシアムでは今回、SARS-CoV-2が細胞に侵入するための“鍵”であるスパイクタンパク質の一部が、「HLA-A24」という、日本人の6割が持つとされる型の細胞性免疫によって強く認識されることを、免疫学実験によって実証したという。

また、75万配列以上のSARS-CoV-2流行株の大規模な配列解析を実施したところ、スパイクタンパク質のHLA-A24で認識される部位に、2つの重要な変異があることを見出されたという。1つ目は、2020年秋にデンマークで一時的に流行し、すでに収束しているB.1.1.298系統で見つかったY453F変異で、2つ目が、2020年末に出現し、2021年はじめに流行拡大したが現在は収束しつつあるB.1.427/429系統と、2021年3月にインドでの感染爆発から始まって現在世界中で流行が拡大しているB.1.617系統のL452R変異というアミノ酸変異だという。

さらに免疫学実験により、これらの変異はいずれも、HLA-A24による細胞性免疫から逃避することが実証されたという。

今回の研究で見出されたY453F変異とL452R変異はどちらも、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質の中でも、SARS-CoV-2の感染受容体に結合するモチーフの中の変異だという。研究チームでは、これらの変異が、ウイルスの感染と複製効率に与える影響がウイルス学実験にて検討したところ、L452R変異は、ウイルスの膜融合活性を高め、感染力を増強させることが明らかになったとする。

今回の結果を受けて研究チームでは、L452R変異は、日本人に多いHLA-A24による細胞免疫から逃避するだけでなく、ウイルスの感染力を増強しうる変異であることから、この変異を持つデルタ株は、日本人あるいは日本社会にとって、ほかの変異株よりも危険な変異株である可能性が示唆されるとしている。

なお、G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、SARS-CoV-2の変異の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響を明らかにするための研究を推進するとしている。

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    今回の研究の概要図。今回の研究では、流行株の大規模な配列解析により、HLA-A24によって認識されるエピトープ(抗原認識)部位の変異、Y453FとL452Rが同定された。Y453F変異は、HLA-A24から逃避し、感染受容体ACE2への結合性を高める能力を持つが、この変異を持つB.1.1.298系統はすでに収束している。一方、L452R変異は、HLA-A24から逃避するのみならず、感染受容体ACE2への結合性を高め、ウイルスの膜融合活性を高めることによってウイルスの感染力を増強させることが判明した。L452R変異を持つ流行株には、B.1.427/429系統とB.1.617系統がある。現在、B.1.427/429系統の流行規模は減少傾向にあるが、B.1.617系統が世界中で流行しており、日本人と日本社会にとっても注視すべき変異株となりつつある (出所:東大医科研Webサイト)