東京大学(東大)と産業技術総合研究所(産総研)、科学技術振興機構(JST)の3者は1月22日、無秩序な分子集合体から結晶核が形成される過程をナノスケールの世界を高速録画できる「原子分解能透過電子顕微鏡」でスローモーション映像として記録することに成功したと共同で発表した。合わせて、1分子レベルでの動的挙動解析の結果、これまでその性質が明らかでなかった結晶化前の分子集合体について、結晶とは異なりその構造が動的に変化していることを発見したことも発表された。

同成果は、東大大学院 理学系研究科 化学専攻の中村栄一特別教授(東大名誉教授)、同・中室貴幸特任助教、産総研 環境創生研究部門 反応場設計研究グループの灘浩樹研究グループ長らの共同研究チームによるもの。詳細は、米化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

結晶は、ガラス(アモルファス)と共に物質が固体の時に取る構造のひとつである。人類と結晶とのつき合いは長く、塩のように紀元前より人類が利用してきたものもある。物質の結晶化に関する技術や知識は現代社会においては医薬や材料など、さまざまな分野において欠かせないものであり、その研究は重要だ。

1913年にX線結晶構造解析法が提唱され、結晶中の原子配列といった静的な構造は明らかにされてきた。しかし、結晶化という動的な過程を原子レベルで詳細に観察することは困難だったため、結晶の機構はまだ不明な点が多い。

特に、結晶化現象の最初期過程である核生成は、その確率論的な挙動と微小な時間・空間スケール事象であることなどの理由から、従来の実験手法による解析が困難だ。そのため、主にシミュレーションによる理論研究や、コロイド粒子によるモデル系を用いた研究がなされてきたが、これらの手法にもモデルの妥当性などの問題が指摘されており、決定的な成果が得られていないのが現状である。

東大の中村特別教授らは2005年以来、「原子分解能単分子実時間電子顕微鏡(SMART-EM)イメージング法」と呼ばれる、分子電子顕微鏡技術の開発に取り組んできた。透過電子顕微鏡の一種で、原子を一つひとつ区別して観察可能な性能を持つ原子分解能透過電子顕微鏡を用いて、原子よりもその上のスケールの分子一つひとつの構造や形状を、単分子のみならず分子の集合体の時間変化を原子分解能で追跡する(動画撮影する)分析手法である。

共同研究チームは今回、SMART-EMイメージング法と新規に開発した試料調製法とを組み合わせることで結晶化の瞬間を撮影することに挑んだ。その結果、自発的に集合した分子がその構造を秩序だった結晶構造へと変化させ、さらには結晶として成長していく過程を連続的に高速撮影し(40ミリ秒/フレーム)、解析することに成功したのである。

  • 結晶化

    今回の研究の概念図。従来のマクロな研究では結晶が生成する瞬間の詳細な観察は不可能であったが、今回、CNTをナノフラスコとして利用することで原子レベルでの観察が達成された (出所:東大Webサイト)

  • 結晶化

    CNT内でNaCl結晶核が形成される様子をとらえた原子分解能電子顕微鏡動画(40ミリ秒/フレーム)。画像中の数字は動画撮影開始時からの経過時間。円錐状のCNT内で幅4原子、高さ6原子の直方体型NaCl結晶核(5.04秒)が形成される様子がとらえられている。赤色の破線はNaCl分子集合体の位置を示したもの。右下のスケールバーは1nm (出所:東大Webサイト)

今回の研究では、塩化ナトリウム(NaCl)水溶液を水分散性円錐状カーボンナノチューブ(CNT)に内包させ、その後乾燥により水を除去することで、CNT内部に導入されたNaClが真空下で結晶化する様子が撮影された。

原子レベルでの実時間観察は、円錐という異方的な形状がCNT先端におけるNaCl分子の自己集合・核形成を誘起し、さらにCNT内部というナノメートルサイズの制限空間が分子拡散を抑制することで達成されたものだという。撮影された動画では、CNTの先端部に1nm程度のNaCl結晶核が再現性よく繰り返し形成される様子がとらえられている

  • 結晶化

    今回の研究においては、CNT構造に誘起され、同じサイズ・構造を示すNaCl結晶核が再現性よく9回繰り返し形成される様子が観察された(5.04、21.76、31.44、47.36、56.24、63.64、77.76、103.72、126.84秒)。核形成にかかる時間も2~10秒以内に再現性よく分布していた(平均5.07秒)。カッコ内の数字は結晶核の二次元上の大きさを示したもの。右下のスケールバーは1nm (出所:東大Webサイト)

9回繰り返すNaClの結晶化スローモーション映像(論文から一部改訂されてYouTubeで公開された動画)

これらの結果は、適切な空間を設計することで、制御困難とされてきた核形成過程を原子レベルで精密に制御することが可能であることを示すものであり、結晶サイズや結晶多形制御手法としての展開が予測されるとしている。

また、従来の手法では研究の対象となり得なかった結晶化以前の分子集合体が、離合集散することで結晶に類似した秩序だった構造と無秩序な構造との間を行き来していることが、今回の研究で明らかになった。これまで、結晶化以前の分子集合体の性質・構造は明らかにできていなかったが、今回の原子分解能での連続高速撮像により、これらの集合体が結晶とは異なり極めて流動的な構造を持つことが実証されたとする。

  • 結晶化

    今回の研究によって、結晶核を形成する以前の分子集合体の性質が明らかとなった。流動的に構造を変化させながら、無秩序な構造だけでなく結晶に類似した秩序だった構造をも過渡的に取り得ることが示された (出所:東大Webサイト)

この結果は、核形成過程において分子集合体のサイズだけでなくその構造ダイナミクスが重要な役割を果たすことを示唆しているとし、1分子ごとの振る舞いを観察することによって初めて見出すことのできた新たな知見である。

結晶化現象を初めとする自己集合過程や相転移現象は、多くの分子が互いに動的に相互作用することで引き起こされる現象だ。従来、分子集合体中での原子レベルの運動を観察することは極めて困難であったため、マクロな視点から取り扱うしかなかった。

しかし今回開発された技術によって結晶化過程の直接観察が可能となり、これらの現象をミクロな視点から研究できる可能性が示された。自己集合・相転移現象の新たな研究展開につながるだけでなく、望みの形状や性質を持つ新材料を分子レベルでの観察に基づいて設計・開発する、といった革新的分子技術への応用が期待されるとしている。