国立がん研究センターを中心とする研究チームは、2名の小児がん患者の肺がんが母親の子宮頸がんの移行により発症したことを明らかにしたと発表した。

同成果は、国立がん研究センター 中央病院小児腫瘍科の荒川歩氏、小川千登世氏、熊本忠史氏、中島美穂氏、同臨床検査科の久保崇氏、角南久仁子氏、柿島裕樹氏、同病理診断科の元井紀子氏、吉田裕氏、同乳腺・腫瘍内科の米盛勧氏、野口瑛美氏、同小児腫瘍外科の川久保尚徳氏、同先端医療科の山本昇氏、国立がん研究センター研究所 ゲノム生物学研究分野の河野隆志氏、白石航也氏、同基盤的臨床開発研究コアセンターの市川仁氏、青木一教氏、同がんゲノミクス研究分野の柴田龍弘氏、新井康仁氏、同腫瘍免疫研究分野の西川博嘉氏、冨樫庸介氏らを中心に、東京慈恵会医科大学 産婦人科学講座の岡本愛光氏、黒田高史氏、山田恭輔氏、矢内原臨氏、高橋一彰氏、同病理学講座の清川貴子氏、聖路加国際病院 小児科の長谷川大輔氏、同女性総合診療部の小野健太郎氏、国立成育医療研究センター 小児がんセンター 腫瘍外科の菱木知郎氏(研究当時)、東邦大学 医学部 小児科学講座の松岡正樹氏、北海道大学病院 小児科の真部淳氏、平林真介氏らで構成された研究チームによるもの。詳細は1月7日(日本時間)付の国際学術誌「The New England Journal of Medicine」に掲載された

今回の研究の発端は、国立がん研究センターが開発したがん遺伝子パネル検査「NCC オンコパネル検査」の有用性を調べる臨床研究である「TOP-GEAR プロジェクト」の一環として、小児がん患者である男児2名の肺がんの遺伝子解析を行ったところ、患者本人ではない他人の遺伝子配列が検出されたことにあるという。この男児2名の母親もともに子宮頸がんを発症していたこともあり、男児の肺がんと正常の組織、母親の子宮頸がんと正常の組織についての遺伝子比較を実施。その結果、男児の肺のがん細胞は2名とも母親由来の遺伝情報を持っていることが明らかになったという。

また、男児の肺のがん細胞は、本来男性の細胞に存在するはずのY染色体がない女性の細胞であることが判明。さらに男児と母親のがんの両方から子宮頸がんの原因となる同じタイプのヒトパピローマウイルスの遺伝子が検出されたことから、男児の肺がんは母親の子宮頸がんが移行して発症したと結論づけたとしいう。

これまでも、母親のがん細胞が胎盤を通る血液を通して子どものさまざまな臓器に移行するケースは知られていたが、今回のケースは2名とも肺のみに見つかっている。このことについて研究チームは、母親の子宮頸がんのがん細胞が混じった羊水を、肺に吸い込むことによって、母親の子宮頸がんのがん細胞が子どもの肺に移行し、小児での肺がんを発症したと考えられるとしている。ちなみに、羊水の吸入による母親から子どもへのがん細胞の移行は世界で初めての報告だという。

  • 母親の子宮頸がんが子どもの肺に移行するメカニズムを示した図

    今回の研究から判明した、母親の子宮頸がんが子どもの肺に移行するメカニズムを示した図 (提供:国立がん研究センター)

なお、今回見つかった小児がん患者のうち1名は、免疫チェックポイント阻害剤「ニボルマブ」の投与により、がんが完全に消失する効果が見られたというが、母親のがんに対しては、ニボルマブはほとんど効果を見せなかったという。ニボルマブは、がん細胞に対する免疫細胞の攻撃を強めることによってがん細胞を攻撃し、減少させる効果があることが知られている。今回のケースでは、母親由来の細胞は、子どもにとって自分の細胞ではないことから免疫細胞が異物と認識するため、免疫応答が高まったと考えられるとしている。

研究チームでは、今回の症例はまれに起こる確率のものと考えられるとしているが、母親の子宮頸がんの発症予防を行っていくことこそ、子どもへの母親由来のがんの移行防止につながると説明している。また、今回の発見のきっかけとなった、がん遺伝子パネル検査「NCC オンコパネル検査」は、TOP-GEAR プロジェクトの成果により2019年6月1日より保険が適用されている。保険診療で、がん遺伝子パネル検査を受けた患者の情報が蓄積され、さらに研究が進むことにより、小児がんの治療開発の進展も期待できるとしている。