米クアルコムが現地時間12月1日にオンラインイベントを開催し、次世代のハイエンド5Gスマホなどに搭載が期待されるモバイル向けSoCの新フラグシップ「Snapdragon 888 5G Mobile Platform」を発表しました。モデム・RFシステム「X60」を統合して、主要な高速5G通信技術をカバー。毎秒26兆回(26TOPS)の高速演算性能を実現するという、第6世代のAIエンジンを備える最新プラットフォームの概要をレポートします。

  • クアルコムが発表した、モバイル向けSoCのフラグシップ「Snapdragon 888 5G Mobile Platform」の概要を解説

次期フラグシップSoCは「Snapdragon 888」

クアルコムのSnapdragon関連の発表イベントは過去数年、毎年ハワイ・マウイ島に大勢のジャーナリストを集めて賑やかに開催されてきました。2020年は新型コロナウィルス感染症の影響を受け、「Snapdragon Tech Summit Digital 2020」として初めてのオンライン開催。日本時間の12月2日・3日にイベントを動画で配信し、発表の内容はクアルコムのホームページでアーカイブ配信もされます。

  • 2020年はオンラインでの開催となった「Snapdragon Tech Summit Digital 2020」に。クアルコムのクリスチアーノ・アモン社長が登壇

イベント初日には、5nmプロセスルールで製造される新しいフラグシップ、「Snapdragon 8シリーズ」の5G対応モバイル向けチップがベールを脱ぎました。 社長のクリスチアーノ・アモン氏は基調講演にて、過去にもスマートフォンの進化を押し上げる重要な技術革新をクアルコムが果たしてきたことを強調。いくつかのとても重要な技術が、モバイル向けSnapdragonシリーズの下位製品にも波及したことにも触れます。さらに、超低消費電力性能を備えるコネクテッドPCやXRデバイス、産業向けを含むEdge・Cloud AI製品、5G固定無線アクセスなど、他のカテゴリーにも派生することによって、モバイル通信の新時代が訪れていると語りました。

  • Snapdragon 888チップのモックアップ

  • クアルコムの調査によると、コンシューマーがスマホの買い換えを検討するとき、半数以上が「5G」対応を重視するというデータが

Snapdragon 888の概要については、モバイル部門の責任者であるシニアバイスプレジデント兼モバイル・コンピュート・インフラストラクチャー担当ジェネラルマネージャーのアレックス・カトゥージアン氏、プロダクトマネージメントディレクターのレーカ・モティワラ氏が語りました。

以下、2019年のイベントで発表された現行フラグシップ「Snapdragon 865 Mobile Platform」と比べながら、特徴を確認してみましょう。例年であれば、発表会の2日目以降に新Snapdragonの詳細がより深く掘り下げられます。

X60モデムを統合、5G技術を幅広くカバー

Snapdragon 865は、5Gおよび4G・3G・2Gの通信方式をカバーするマルチモード対応のモデムICチップ「Snapdragon X55 5G Modem-RF System」とともに、5Gのミリ波対応アンテナモジュール「QTM525 5G mmWave」をコアICチップに外付けする、5Gモバイルプラットフォームとしています。

Snapdragon 888は、第3世代のモデム・RFシステムとして2020年2月にクアルコムが発表した「Snapdragon X60 5G Modem-RF System」を、ひとつに統合しています。X60チップの進化によって、5G対応のSoCとして統合した場合でも、チップの実装面積がコンパクトになりました。また、フラグシップSoCに求められるパフォーマンスも効率よく引き出せることから、8シリーズとして初めて、5Gモバイルプラットフォームをシングルチップ化できたようです。

X60チップは世界各国の5Gミリ波、Sub-6の周波数帯をカバーします。加えて、ミリ波とSub-6による「5Gキャリアアグリゲーション(CA)」、FDD・TDDの通信方式を混在させた5G Sub-6のCA、5Gミリ波通信の非スタンドアロン(NSA)およびスタンドアロン(SA)の両モード、5Gと4Gのネットワークへ同時接続を可能にするダイナミックスペクトラムシェアリング(DSS)テクノロジーなど、幅広く5Gの通信技術をサポートします。5Gのピーク通信速度は、X55チップの下り7Gbps・上り3Gbpsから、X60では下り7.5Gbps・上り3Gbpsまで向上しました。

  • 進化を続ける5Gのソリューションを、新しいSnapdragonのプレミアムティア向けチップがフルサポート

  • X60チップは5Gのキャリアアグリゲーション技術にも対応

かつてSnapdragon 865を発表したときにも、クアルコムのカトゥージアン氏がそのパワフルさを「Beast(野獣)」に例えながら時間をかけて紹介しました。そのAI関連のソリューションも、Snapdragon 888ではさらにジャンプアップ。

6世代目を数える新しいAIエンジンは、毎秒26兆回という高速演算処理をこなせる業界最高クラスの性能(26TOPS)に到達しています(Snapdragon 865のAIエンジンは毎秒15兆回でした)。DSPのHexagonも設計を見直し、アクセラレータとしての機能を高めています。また、Snapdragon 865から搭載されているQualcomm Sensing Hubは第2世代へと進化し、駆動効率が向上しました。待機時にはチップが消費する電力を下げつつ、ウェイクワードによるAIアシスタントの起動など、モバイル端末におけるAIまわりの機能が使いやすくなりそうです。

  • パワフルになった第6世代のAIエンジンを搭載

  • 新しいAIエンジンが毎秒26兆回の高速演算処理をこなします

モバイルゲーミング、動画・写真体験がリッチになる

クアルコムが2018年にSnapdragon 855を発表したとき、モバイル端末でも据え置きゲーミングコンソールに迫るゲーミング体験を実現するSoCの性能をアピールするため、ゲーミングブランドの「Snapdragon Elite Gaming」を立ち上げています。今回のSnapdragon 888ではSoCに統合したAdreno GPUの性能向上も図り、最大144fpsのリフレッシュレートで滑らかなゲーム体験を実現できるとしています。「最先端のモバイルゲーミングに対応することはクアルコムが最も重視する課題のひとつ」であると、カトゥージアン氏とモティワラ氏は繰り返し述べていました。

そしてクアルコムはもうひとつ、高品位な動画・写真を撮影するスマートフォンのカメラ性能を支えることも、モバイル向けSoCの大切な使命に掲げています。アモン氏は「当社が2020年5月に実施した市場調査の結果では、消費者の約6割がスマホを買い換えるときにカメラ性能を重視して選んでいることがわかった」と話しています。

  • クアルコムの市場調査では、約6割のユーザーがスマホのカメラ機能を重視して買い換えを検討

  • パワフルなAIエンジンが、スマホによるオーディオ・ビジュアル体験を革新

SoCに統合されている画像信号処理プロセッサー「Spectra」は、Snapdragon 865から最大35%の高速化を果たし、Snapdragon 888では毎秒2.7ギガピクセルの写真・動画の処理を実現しました(865は毎秒2ギガピクセル)。8K動画、4K/HDR動画の撮影機能を、多くのスマートフォンに持たせることが可能になります。また、最大12MPの解像度で毎秒120枚を連写するハイスピード撮影や、スローモーション再生も軽々とこなせます。

オンラインイベントの中では、Snapdragon 888のパワフルなパフォーマンスを紹介するデモンストレーションも披露。ベライゾンとエリクソンの協力によって、Qualcomm Technologies社の研究施設内にプライベート5Gネットワークを構築し、Snapdragon 888とX60モデムチップを搭載する2台の「5Gラジオコントロールカー」を遠隔操作で走らせる実験動画を公開しました。

このレースをマルチアングルカメラで撮影して低遅延ストリームで送り出し、さらにリアルタイムでラジオコントロールカーの現在位置をマップ上で見ながら走らせる……ということも。5Gデバイスをラジオコントロールカーから別のものに置き換えて考えてみても、将来さまざまなことに役立てられそうです。

  • 5G対応ラジオコントロールカーによるデモンストレーション

ドコモ・ソニー・シャープが5G全力投球を宣言。Snapdragon 888搭載スマホの一番乗りは?

オンライン版Snapdragon Tech Summitでもまた、クアルコムの技術やSnapdragonを製品に採用するパートナーによる恒例のゲストスピーチが行われました。

NTTドコモの谷直樹氏は「人々の生活がより豊かで快適なものになるよう、ドコモは5Gネットワークの展開に力を入れている。2020年にはクアルコムのSnapdragon 5Gモバイルプラットフォームを搭載するモバイル端末も多数そろえた。今後もコンシューマーの5G体験を足下からしっかりと支えていきたい」とコメントしました。

  • オンラインイベントに登壇したNTTドコモ 常務執行役員CTO R&Dイノベーション本部長 谷直樹氏

ソニーモバイルコミュニケーションズの代表取締役社長 岸田光哉氏は、ゲーミングやデジタルイメージングをはじめとした「コト軸」のモバイル体験をクオリティ面でリードする、Xperiaシリーズの魅力について触れました。「2020年に発売したSnapdragonの最新SoCを搭載するXperia 1 IIXperia 5 IIは、世界中のスマホファンに高く評価されている」とした岸田氏は、今後もクアルコムと密接に連携しながらワールドクラスのモバイル体験を作り出していきたいと抱負を述べました。

  • 最新Xperiaのゲーミング性能をアピールしたソニーモバイルの岸田氏

シャープの通信事業本部 パーソナル通信事業部事業部長 小林繁氏は、ビデオメッセージを寄せました。小林氏は「シャープのAQUOSシリーズが推進する5Gを生かした8K・4K映像体験、AI・IoTのエコシステムが、最新Snapdragon 888の力を借りてさらに魅力的なものになり、ユーザーの手に届くことを期待している」と話します。

  • シャープの小林氏もSnapdragonを搭載するスマホAQUOSシリーズの開発に力を入れていくと宣言

そして中国シャオミのファウンダー兼チェアマン CEOのLei Jun氏はスピーチの中で、「Snapdragon 888を載せた次世代フラグシップスマホを近く発表したい」と宣言していました。例年、シャオミはSnapdragon Tech Summitの後にいち早く最新SoCを載せた端末を公約通り発表しています。次期モデルがどんなスマホになるのか楽しみですね。

  • シャオミのJun氏「Snapdragon 888を搭載したスマホをいち早く出したい」

  • Snapdragon 888のパートナーとして名前が挙がった端末メーカー

なぜ次期Snapdragonの名前が「875」ではなく「888」になったのか

1日目のオンラインイベント後には、アジア太平洋地域のジャーナリストを集めたグループインタビューが開催され、クリスチアーノ・アモン氏、アレックス・カトゥージアン氏が質問に答えました。

  • グループインタビューに答えるクリスチアーノ・アモン氏とアレックス・カトゥージアン氏

クアルコムのモバイル向けSnapdragonは通常、3ケタの型番で最初の数字がチップの性能(グレード)を表しています。毎年、新しいチップが発表されるたびに2番目の数字がアップデートされてきました。フラグシップの8シリーズは順当に行けば次期モデルは「875」になると予想されていましたが、なぜ一気にジャンプアップして「888」となったのでしょうか。

カトゥージアン氏は「Snapdragonのモバイル向けSoCは約10年間、8シリーズがフラグシップとしての進化を刻んできた。マーケットにもモバイル向けに最高のソリューションを提供するSoCとして認知が定着している。私たちにとっても『8』はとても大切な数字であり、次期SoCを特別にプレミアムなものにしたいという思いから、Snapdragon 888と名付けた。完成度の高さには自信を持っている」と説明しています。

この新たなネーミングを踏襲して、7・6・4シリーズにも展開していくのでしょうか。カトゥージアン氏は「現時点で詳細は言えないが、それぞれのティアに8シリーズの技術を落とし込みながら、2021年には順次各クラスのデバイスに期待されるSoCを送り出していきたい」と意気込みを語ります。

世界に5Gネットワークが広がりつつある一方で、その先進技術とサービスを手ごろに体験できるミドルレンジクラスのスマホにも注目が集まっています。フラグシップの8シリーズよりも、ハイクラスやミドルクラスのシリーズに注力していくことが、クアルコムにとって大事な戦略となることは考えられるのでしょうか。

質問に対してアモン氏は「フラグシップ端末を期待する市場の声は衰えていないと考えるし、ハイクラスやミドルクラスの5G端末からのアップグレード需要が今後も期待できると思っている。一方では、フラグシップの技術が下位クラスのSoCに浸透するスピードが速くなっている。より優れた技術、便利なサービスへの期待を生む良い循環となるよう期待したい」とコメントしました。