東京大学(東大)は10月16日、ガラス中の分子の熱運動をコンピューターシミュレーションによって詳細に観察・解析した結果、通常の固体では起こり得ない、特異な分子運動が生じていることを発見したと発表した。

同成果は、東大大学院総合文化研究科の水野英如助教、同・池田昌司准教授、中国・上海交通大学のトン・フア准教授、フランス・グルノーブル大学のモッサ・ステファノ教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学協会発行の学術雑誌「The Journal of Chemical Physics」に掲載された。

身の回りにある固体は、結晶とガラスの2種類に大別される。物理学的に単に固体というときは結晶のことを指し、ガラスはとても身近な物質だが少々特殊だ。ガラスには、シリカガラス、金属ガラス、セラミックス、プラスチックなどがある。

結晶とガラスの分子レベルでの大きな違いは、結晶は分子が規則的・周期的に配置しているのに対し、ガラスは分子が不規則・ランダムな(規則性・周期性がない)状態で配置しているという点にある。ガラスは、液体を急冷することによって得られる。液体を冷やしていくと分子の熱運動がどんどん遅くなり、やがては液体の不規則・ランダムな分子配置のまま運動が凍結してガラスとなる。ガラス化とは、配置変化を伴わない、動力学的な固化の過程を指し、規則的な分子配置(格子構造)への変化を伴う、熱力学的な転移である結晶化とはまったく異なったものなのである。

また結晶においては、分子はあるひとつの配置(規則的な格子構造)の周囲を振動している。この分子の振動運動は、音波あるいはフォノンとして理解されており、このことから、例えば熱容量や熱伝導率が温度の三乗で増加すると行った、固体物性を説明することが可能だ。

それに対してガラスにおいては、分子の振動運動だけでは説明ができない物性があることが、長らく指摘されてきた。要は、ガラスの分子運動には、振動以外に何か別の運動があることが示唆れていたのである。

国際共同研究チームは今回の研究で、コンピューターを用いた分子シミュレーションにより、ガラス中の分子の熱運動を詳細に観察・解析を実施した。分子シミュレーションは、物質を構成する分子一つひとつの運動を物理法則に則って模擬することにより、物質全体として生じる物性や現象を分子レベルから調べることを可能としている。

シミュレーションの結果、ガラス中の分子は、通常の固体(結晶)の分子と同様に振動運動を行うが、振動運動に加えて、「再配置」を絶えず行っていることが判明したという。今回は、25万6000個の分子からなるガラスの分子シミュレーションが実施された。また分子の再配置は空間的に局在化しており、1回の再配置で10から1000個オーダーの分子が変位し、分子配置が換わることも明らかとなった。

物質は、モルオーダーの膨大な分子から構成されることから、10~1000個の分子の再配置は微視的な現象といえる。ガラスの分子運動はこのような微視的な局在化した再配置を絶えず行い、分子配置を刻々と変えながら、振動運動を行っているということだ。つまり、この微視的な再配置は、ガラスが液体的な性質を有することを示しているということである。

ただし、ガラス中の分子は、液体の流動のように、不可逆的に遠方に拡散することは決してなく、あくまでも拘束された空間内において再配置を繰り返しながら可逆的に運動するということが、この微視的再配置の重要なポイントだ。要は、液体のように流動する運動とも、固体のようにひとつの配置の周囲を振動する運動とも異なり、これらの運動の中間的なものといえるという。

古くから「ガラスは固体か、液体か」という問いが考えられ続けてきたが、今回の発見は、ガラスは固体と液体の中間状態であることを決定づけるものであり、長年の疑問に対する明確な回答を与えるものとしている。

またこの微視的再配置現象を、固体の安定性という別の角度から見ると、微視的な“破壊現象”と捉えることができるという。今回の現象では、ガラスの微視的な破壊(=再配置)は、ほんのわずかな熱(温度)を与えたとしても発生することが確認された。

これは、ガラスがギリギリのところで安定性を保っている固体、つまり“限界安定な固体”といえるという。物質を液体状態から冷却していくと、不安定性がどんどん解消されていき、ついに安定性を得たタイミングで固化の過程が止まり、ガラスが形成されると考えられるとする。このときに得られたガラスは、ちょうど不安定領域と安定領域の境界線上で止まった状態、つまり限界安定な状態にあると考えられることができるとしている。

ガラスの限界安定性は、液体がガラスに固化するプロセスで生まれると考えられるため、ガラスのさらなる理解を得るには、形成過程にまで遡って研究を進めていくことが肝要だという。今回明らかになった分子の微視的再配置によって、これまでの熱振動のみでは説明がつかなかったガラスの物性や現象を含め、ガラスの基本的な理解が確立されることが期待できるとしている。

  • ガラス

    (左)分子シミュレーションによって模擬されたガラス。画像中の白丸と赤丸は分子を表しており、不規則な状態で配置している。(右)分子シミュレーションによって明らかとなった、ガラスにおける分子の再配置運動。画像の立方体の一辺は、分子1個の大きさの約63倍の長さというスケールになっている (出所:東大プレスリリースPDF)